小説 | ナノ


▼ デュース・スペードと恋とはなんたるか@(TWST)



※監督生=夢主

ーー監督生、なんでお前水泳の授業見学してんの?

7月。教室内のじんわりと湿った空気。窓から入ってくる風に乗ってやってくる、ほのかな塩素の匂い。大半の生徒は、男の子らしく濡れた髪をそのままにしてシャツの肩あたりを僅かに濡らしている。
水泳の授業後特有の雰囲気がいっぱいに漂う教室で、例に漏れず髪を濡らしたままのエースがわたしに尋ねた。

「あ、まさか脱ぎたくないとか?ほっせえもんな〜、なまえクン」
「ちょっと、濡れる!」

軽口を叩いて、エースが無遠慮にわたしの腹回りを掴む。彼の渇ききってない身体から僅かに水滴が飛んできた。

「は?なにこれ。お前筋肉マジでねえじゃん。エペルより無いわ」
「エース、そろそろ怒るよ」
「へいへい」

わたしの腹の肉を摘む力が普通に痛くて、エースのその手を強めに叩いた。軽い返事を返しながらも触る手を止めようとしない彼の手を、第三者が掴む。

「おい、やめろエース。嫌がってるだろ」

デュースだ。小さくため息をついて、少々強めにエースの手を引き剥がした。エースはへらへら笑うだけで、デュースは全く、と呟く。彼の髪はしっかり拭いてあって、いつもよりへにゃりと潰れているだけだった。湿った肌に、ワイシャツが所々貼り付いている。

「筋肉の付きやすい、付きづらいはあるからな。監督生は細身だからーー」

デュースの言葉の途中で、がらりと教室のドアが開く。クルーウェル先生だ。日頃しっかり躾けられた我がクラスは、さきほどのざわめきが嘘のように静まり返る。わたしたちもそれに倣って、席についた。
ーーこれが、今日の3限のこと。

「プールの授業さあ、やっぱり羨ましいな」

そして今は放課後。エースもデュースも予定が無いらしく、いつものようにオンボロ寮に押しかけてきていた。彼らが持ってきたお菓子を摘みながら、わたしはふと思いつきで呟く。

「え?なまえ泳げんの?」
「泳げるよ。バタフライまで余裕」
「じゃあどうして水泳の授業不参加なんだ」

二人が不審そうな顔でこちらを見る。わたしはクッキーをジュースで流し込んでから言った。

「だってさすがに、大量の男子に混ざるわけにいかないでしょ」
「は?」「ん?」

なんだか変な声が聞こえた。おかしなこと言ったかなあ、と思いながら、手元の雑誌に目を落とした。一瞬部屋が静かになって、エースがいつもより小さな声を出す。ちょい待って、と。

「……なんだよお前、女子とじゃないとプール入りたくないって?言うねえ〜」
「な、なんだ。変なことを言うな」
「女子とじゃないとって言うか、だって」

ーー自分が女子だし。

ずこ、ストローが氷を吸う音が部屋に響く。ジュース無くなっちゃったな、注ぎ直そう。そう思ったとき、目の前の二人が大きな大きな声を出した。

お、お、お、女ァーーーーーーッッ!?!?

そういえば、伝える機会を失っていた。エースもデュースも、顔を白くさせて口をぱくぱくさせている。顔を上げると、向かい側に座っていたエースが腰を上げて詰め寄ってきた。勢いよくわたしの肩に両手を置く。そして、うわ、と叫んでぱっと離した。

「おま、は!?えっ、へ、変な冗談やめろよ!!」
「いや別に冗談じゃないし。言うの忘れてた」
「胸!胸ないじゃん!!」
「風紀が乱れるから潰してろって言われたんだよね。なんならサラシ取ってこようか」
「やめろ!!!」

エースとふたり、ぎゃあぎゃあ騒いでいると、さっきからデュースが静かなことに気が付いた。さっきまでエースの隣、わたしの向かい側に座っていたデュースは、同じ場所に腰をかけたまま、微動だにしていない。
それに気付いたわたしとエースも、彼につられて静かになる。なんとも言えない空気が部屋に充満した。

「ぼ、……僕は」

「え?」「なんて?」
「僕は。全然……ぜんぜん、気付かなくて」

ぼそぼそとデュースが言葉を漏らす。なんだか震えているようだ。様子がおかしいーーエースと顔を見合わせて、デュースの顔を覗き込んだ時だった。……デュース、泣いてる?

「バカ監督生!!お前がだらしないから、デュース傷付いてるだろ!?」
「ごっ、ごめん!デュースごめん!!」
「ち、違う。違うんだ。謝ることじゃない……」

デュースの青い瞳には溢れんばかりに滴が溜まっていた。あ、と思った時にはそれは決壊して、ぼろぼろと頬に線を作る。やってしまった。わたしの無頓着が友人を傷付けてしまった。きっとデュースは、もう二度とわたしをマブだと呼んでくれることはないだろう、だってずっと男だと思ってた人間が女だったなんて。

「僕が勝手に思ってただけだから……だからいいんだ、気にしないでくれ」

ーー気にするどころか、泣きたいのはこっちなんですが。でも明らかに加害者はわたしだし。隣のエースなんて、いじめっ子を見るような顔でこちらを見ている。こんなことなら、最初からみんなに混ざってプールに入っておけばよかった。いやあ、それは無理か。


**


僕の名前はデュース・スペード。16歳。かの高名なナイトレイブンカレッジに入学を許されたばかりの一年生である。
全く自慢できる話ではないが、ミドルスクール在学中、ろくな友人がいなかったのが僕という男だ。理由は明白で、世の中に反抗しまくっていたからである。校内で、そんな僕とわざわざ仲良くしてくれるような奴はいなかったし、なんだったら目があった瞬間に泣かれることも珍しくなかった。
ーーそんな僕にも、ナイトレイブンカレッジに入って、友人が出来たのだ。

一人はクラスも寮も同じであるエース・トラッポラ。一匹は魔獣のグリム。部活では、ジャック・ハウルにも良くしてもらっている。

そしてもう一人の友人は、なまえという名前の小柄なやつ。あだ名は監督生。なんでも異世界からこのナイトレイブンカレッジに飛ばされてきて、体良くグリムのお守りを押し付けられているらしい。オンボロ寮というセキュリティ皆無の建物にゴーストと共に住み、魔法が使えないどころか存在すら知らなかったような、なんだか浮世離れしたやつ。

黒い髪に黒い目、男にしては白い肌。自分からすると、みんなの髪色の方が珍しいけどね、と言って笑っていた。なまえの国では、黒髪黒目が基本なのだという。

そして、そんな監督生は今日、衝撃的な事実をぽろりと零した。
ーーなまえは、女だったのだ。

あまりの衝撃に醜態を晒した僕は、今現在トイレの個室に閉じこもっている。心を落ち着かせようと、不必要にトイレットペーパーを大量に巻き取った。用を足すどころかズボンさえ脱いでいないのに。
掌でトイレットペーパーをぐちゃぐちゃに握りつぶし、大きくため息をついた。はああ。ーーそして。

「よっしゃあ!!」

……なるべく小さく叫んだ。いくらエースとなまえがいる談話室から離れていると言っても、隙間風が吹くこの建物では、聞こえている可能性もなくはない。なら叫ぶなという話だが、そうもいかないのだ。なぜなら僕はーー他ならぬなまえのことが、好きで好きで堪らなかったからである。さっきは、嬉しさのあまり思わず涙が出てしまった。

最初は、気がつけば側に居るなというくらいにしか思っていなかった。ある日冷静に考えてみて、待てよ、なまえが側にいるんじゃなくて、僕がなまえの側に居るのではないかと思い当たった。彼の、いや彼女の近くはなんだか居心地が良かった。良い匂いがするし、笑顔も可愛い。どうして本人に言われるまで、女の子だということに気が付かなかったのか。

そんなことは思いも付かない数ヶ月前の僕は、胸の高鳴りを正しく恋だと認識してーー心の底から焦った。だって僕は男で、なまえも男だ。この多様性の社会、どんな恋の形も認められるべきであるとは思うけれどーーなまえは僕と違って、女の子に恋をするだろうと思ったのだ。同性の友人に、いつの間にか想いを寄せられていたなんて、本人が知れば鳥肌モノだろう。無理だ。僕はあいつのマブなんだ。
その頃のインターネットの検索サジェストは、「同性 好きになった」「友人 恋人」「男子校 同級生 好き」のような不穏なワードで埋め尽くされていた。


しかし、そんなことで思い悩む日々もこれでもう終わりである。だって、なまえは女だったのだ。僕の好意は、特別隠さなければいけないものではなくなった!
便座から勢いよく立ち上がり、トイレットペーパーに謝罪しながら手の中のそれを一思いに流した。僕の今までの葛藤をすべて捨てるように。念のため手を洗って、ゴーストたちのちょっかいを躱しながら談話室に戻った。

「デュース!」

エースと並んで座っていたなまえが顔を上げた。なんだかエースにも腹が立ってくる。距離が近い、もっと離れて座れ。

「ごめん、あの、隠してるわけじゃなかったの。本当にごめん」
「い!いや、あの、……いいんだ」
「でも、騙してたようなものだよね」

なまえが椅子から立ち上がり、僕の目の前に来る。背が低い。制服が大きいから分からなかったが、首元なんかは線が細くて華奢だ。女の子なんだ、と実感して、なんだか挙動不審になってしまって、思わず目を逸らした。

「僕は本当に気にしてない。さっきは驚いてしまったんだ、こちらこそ悪かった」
「本当に?」

彼女の問いかけにこくりと頷く。不安そうだった彼女の表情がふわりと柔らかくなって、胸が高鳴った。なまえが口を開く。

「ありがとう、デュース!だって自分ーーいや、"わたし"たち、」

マブだもんね!

ーーまさかその関係性が、ここまで僕の障害になるだなんて、この時の僕は、思ってもみなかったのだ。


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