小説 | ナノ


▼ 仗助くんが泣いちゃう(JOJO)


気の迷いで履修登録してしまった4限のドイツ語が、今日はなんと講師の体調不良で休講となった。いつもだったら杜王町の駅に降りるのは17時を回るのに、今はまだ15時。おやつの時間だ。
れんが亭でテイクアウトのケーキをふたつ買って、わたしは半分スキップするような心持ちで帰路を歩いた。ふたつ買ったのは選びきれなかったからだけど、4時くらいになって、高校の放課の時間になったらお付き合いしている仗助くんの家に電話してもいいかもしれない。

マンションのエレベーターに乗って、自分の会の番号を押した。すぐに機体が上がって、5階で重たいドアが開く。廊下に足を踏み入れたとき、廊下の奥に黒い塊が見えた。もしかして、わたしの部屋の前?

ーーおそるおそる近付く。黒い塊はぴくりとも動かないーーいや、塊だと思っていたものは、蹲っている人間であった。どうしてピンポイントにわたしの部屋の前で?何かあればスタンド攻撃も辞さない覚悟で、ゆっくりと近付く。……あれ?

「仗助くん?」
「………… なまえちゃん」

黒い改造学ランにちょっと青みがかった立派なリーゼント。わたしの部屋の前で、拗ねた子どもよろしく体育座りをしていたのは、3歳年下の彼氏の東方仗助くんであった。
優しく垂れた目は水気を纏っていて、高い鼻は何度も擦ったのか少し見てわかるほどに赤い。わたしとばちりと目が合うと、仗助くんはゆっくりと立ち上がった。

「どうしたの?」
「……やっぱ迷惑だったよな。おれ、今チコっとチョーシ悪くて」
「迷惑なんかじゃあないよ!風邪?鍵開けるから待っててね」

仗助くんと知り合ったのは小学生くらいのころだ。そこからお付き合いを始めたのは最近のことだけれど、彼の、年下だと微塵も感じさせないようなしゃんとしたところが好きだった。それ以外の色んなところも、もちろん好きだけれど。
だから、そんな仗助くんが、ちょっと弱そうなことを言って俯いているなんて、わたしはただ心の底からびっくりした。そしてちょっと面白かった。なんかかわいい。
部屋のドアを開けているのに、棒立ちしたままの仗助くんの手を引っ張って、中へと誘導する。ちょっと机の上を整理して、クッションを机の前に並べると、仗助くんはこれまた小さな声で謝ってそこへ座った。

「熱は測った?」
「風邪なんかじゃあねーっス。ただ……その、」
「?」
「スタンド攻撃……受けちまって」
「えっ!」

心臓が跳ね上がった。もしかして、どこか怪我を?仗助くんのクレイジー・ダイヤモンドは、自分の怪我は治せないのだ。大きな声を出してしまったわたしに、仗助くんはただ黙ってわたしの右手を握った。その体温は確かにあついけれど、熱があるようなものではなくて、いつも通り安心する仗助くんの温度だった。ぽつぽつ話し出した彼の声に耳を傾ける。

「説明しにくいんだけどよォー、なんてーの、欲求ってか、情緒ってか……なんか気持ちが安定しねーんだよ」

昼休み、昼食を買いに行こうと学校の外に出たときに、突然見知らぬスタンド使いに襲われたのだという。その能力は、相手のあらゆる気持ちを大幅に増幅させるものだったらしい。いろんなものに気が散って、少々苦戦したらしいが、結局は髪型を貶された怒り(こちらも例に漏れず増幅した)でボコボコにして終わりだったらしい。問題は、その能力が5時間ほど続いてしまうことにある。

「学校で暴れちまうのも後で困るからよォ、早退しようと思って……そしたらなまえちゃんに会いてえなァってふと思って、もうどうしようもなくなってよ」
「うんうん」
「家まで来たのはいいけど、なまえちゃんの帰ってくる時間とか知らねーしよ。大学生と高校生でちげーところたくさんあるなとか、こんなトコで座って迷惑だろとか、でも会いてーし、さびしいしで」

途中から仗助くんの声が震えだした。優しい垂れ目にあっという間に水が張って、ぼろぼろと決壊する。ーー仗助くんが泣いている。
小さな嗚咽を零しながら、口元に手の甲を当てて、漏れる息を必死に押し殺しているようだった。でも涙はぼとぼと下に落ちていく。わたしは、仗助くんに握られたままの手を、何度もにぎにぎ力を込めた。

「てか、ッ、チョーカッコ悪いっスよォ、こんなの〜ッ!」
「わたし的にはちょっと楽しいけどなあ。仗助くんがカワイイ」
「カワイイとか言うな〜ッ!」

鼻をぐすぐす鳴らす仗助くんの頭を、自慢の髪型が崩れないように優しく撫でる。隣で彼が、すき、と呟いたのが聞こえた。気持ちって、そういうのも増幅されるのか。なんて素晴らしいスタンド能力だ。

「うう、好き、好きっスなまえちゃん」
「うんうん、わたしも好きだよ」

でも困った。これじゃあいつまで経ってもこの手を離せないし、仗助くんは無断で早退してきたことになる。せめて家には連絡しないと、と提案すると、彼はいま動いて、いろんな方面で恥を晒さずに帰れる気がしない、と呟いた。確かにそれはその通りである。次第に泣き止んできた仗助くんの隣で、わたしはウンウン考えた。そして思い立つ。

「あ」
「なまえちゃん?」
「分かった、露伴くんだ。露伴くんになんとかしてもらおう」

露伴くんのヘブンズ・ドアーで、いつもの仗助くんに戻るように書き加えて貰えばいい。そう提案するわたしを、仗助くんは潤んだままの目でぽかんと見ていた。そして、ぐぐっと眉間に皺が寄る。うわ、すごい嫌そうな顔。

「……やだ」
「もー。露伴くんのこと嫌いなのは知ってるけど、今日くらい頼ってみるのはどう?」
「そういうんじゃあねーけどよォ」
「じゃあせめて、承太郎さんに連絡しようよ。何か対応してくれるかもしれないし」
「なまえちゃんよォ」

わたしの名前を呼んで、仗助くんは少し黙り込む。続きを努めて優しく促すと、彼は不安そうな顔をしながら、それでもちょっぴりの怒りのようなものをその目に滲ませていた。

「おれといるのに、他の男のこと考えてたのかよ」
「ん!?」
「やだぜおれ、今まで言えなかったけどよォ、ホントはチコっとだけ嫌だった」
「チコっと?」
「ほんとはだいぶ」
「え〜んかわいい」

思わず頭が悪そうな感想が口から漏れ出した。感情を曝け出させるスタンド、そんなもので仗助くんの本心を知るのは少し気が咎める部分もないわけではないが、目の前の可愛いの大渋滞がわたしを襲う。へらへら笑っていると、手を繋いでいただけの仗助くんがそっとわたしを抱き寄せた。

「……おれ、怒ることってあんまりないんだぜ」
「知ってるよ。仗助くんは優しいもんね」
「ただでさえ歳下だし、余裕あるトコ見せたくて、いろいろ見栄張ってた」
「そうなんだね。わたしのためにありがとう」

ーーでもわたし、仗助くんが好きだよ。いつもの頼りがいのある仗助くんも好きだけど、わたしに会いたいって言ってくれるのもすごい愛されてるなあって思うし、嫉妬してるのも嬉しいよ。わたし、きっと仗助くん自身が思ってるより、仗助くんのこと好きだよ。

彼の胸に頬をつけながら、とろとろと言葉を溢していく。いつのまにか、彼の腕がわたしをもっと強く抱きしめていた。
仗助くんの大きな胸に体を預けて、逞しい腕に抱きしめられていると、本当に、心の底から安心する。頬をもっと擦り寄せると、ちょっと整髪料の匂いがした。 

「なまえちゃん」
「なに?」
「こんな状況でアレなんスけど、……チコっと離れてもらうことってできるっスかね」
「ええ、どうして?」
「いやあ。えーっと、そのォ」

仗助くんが言葉を濁している。離れて、と言う割には、その身体はぐいぐいとわたしとの距離を無きものにしているし、手はなんだか怪しい動きをしている気がした。ーー怪しい動き?

「なまえちゃんのこと好きって何度も言ってたら、その気になっちゃったっていうかよォー…… なまえちゃんとアレコレしてーなァ、仗助くん」
「アレコレ!?」
「できれば今すぐ。なァだからよォ、おれ今普通じゃあねーし、離れてくれると嬉しいんスけど……」

本当に、言っていることと仕草が釣り合っていない。言葉こそ控えめで優しいものの、手はさっきから色んなところを撫でくりまわしているし、目はぎらぎらと光っている。わたしはう、と言葉に詰まった。仗助くんの体が動いて、床に向かってわたしの身体も傾いていく。待って、これは本当にまずい。わたしは必死に足りない腹筋を使って、なんとか押し倒されないように抵抗した。

「なまえちゃん、好き、好きだから逃げてほしいんだよ。でも逃がしたくねー」
「矛盾してる!」
「分かってるけどよォ、うう、正直もうキビシーぜ」

仗助くん自身のかおりと、整髪料のにおい。そして眼前に迫る綺麗な顔。厚い唇がセクシーで、心が揺らぎそうになった。いや、でも、いま仗助くん変だし。スタンド攻撃を受けてるって分かってるのに、こんなことしてる場合じゃない。でも、でも。

「だから、黙ってこのまま、抱かれてくれるって流れは、ナシっスかね」

仗助くんの目がまた潤みだした。ずるいよ、そう思うのに、頭の片隅で、こう感じる自分もいた。

ーーこのスタンド攻撃、やっぱりわるくない。

prev / next

[ list ]






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -