小説 | ナノ


▼ ジョセフに迫られるの満更でもないかも(JOJO)



耳に届く波の音が、もう外が夜になったことを教えてくれた。皿を戻したばかりの戸棚の扉を閉めて、キッチンの裏口から外に出る。やっぱり、外はもう真っ暗だった。
ヴィネチアのこの無人島に近い島を、エア・サプレーナ島という。雇い主のリサリサ様がおひとりですべてを管理されているこの島は、建物の外観もさることながら、環境そのものが美しい。こんな場所で働けることは、ごくごく庶民の家の出のわたしからしたら考えられないことである。

仕事の最後、部屋に戻る前に、明日の分のじゃがいもがないことを思い出した。地下室に降りていくつか取ってこなければ。
そう思って、大理石でできた階段を降りていくと、目の前に人影が現れた。遠くからでもわかる、大柄な影。立ち方で分かってしまうけれど、心当たりがあるうちの、"もうひとり"だったらいいなあなんて密かに考えながら脚を進めた。人影は、通せんぼをするようにわたしの行手を阻み、おまけに長い腕を壁に付け、腰をかがめてわたしの顔を覗き込んだ。

「なまえちゃんっ、今日もいちんちおつかれさんだぜ」
「ジョセフ…………」
「どこ行くの?おれも行っちゃおっかな〜」

街灯の仄かな灯が照らした顔は、さっきこっちがいいなあ、と"思わなかった"方の男だった。ジョセフ・ジョースター。みどりの瞳にいたずらな色を浮かべて、ごく自然な流れでわたしの隣を歩き出した。そしてさらりと腰に手を回してきたので、それを思いっきり抓ってやる。筋肉でむちむちの肌はうまく掴めなかったけど、いやん痛い、なんてふざけたことを言うから、今度は手の甲をちょっと強めに叩いてやった。

「なあー、ちょっと仲良すぎじゃない?」
「誰が?」
「なまえちゃんが、シーザーと!あんなスケコマシ野郎、何されるか知ったもんじゃあねーぞ」
「確かに女性の扱いには慣れてる感じだよね。今日も花を一輪くれたし。褒め言葉と一緒に」
「はあ〜〜ッ!?おれ聞いてないんだけど!」
「ジョセフに言う必要あるのかな」

隣でぶすぶす文句を垂れているこのイギリス人らしくない男と、わたしは昔会ったことがあるらしい。"らしい"というのは、そのわたしの中の思い出と、目の前のジョセフという男があまりにかけ離れているからだ。
わたしの父は国際的な仕事をしていて、成人して独立するまではわたしも家族とイギリスに住んでいた。中学生のころ、近所で仲良くなったのが、当時10歳のジョセフだった。
ジョセフはとても綺麗な格好をしていて、お金持ちのおうちの子どもだというのは一目瞭然だった。父親も母親も幼い頃に死別し、血の繋がった家族はおばあさま1人だけだという彼は、5歳も年上だったわたしに姉の理想を見たのだろう。わたしが高校生になるまで、毎日のように遊び、わたしが外で遊ぶような歳ではなくなっても、またイタリアへ引っ越すことになっても、手紙でのやりとりを続けるくらい仲が良かった。

ーー素直に言ってしまえば、彼は、わたしの中で思い出のひとつだったのである。幼少期の、うすぼんやりとした綺麗な記憶。手紙のやりとりも、思い出を風化させたく無い気持ちだけであったし、心のどこかでジョセフともう一度会うことはないだろうと確信していた。手紙の返事をしっかり寄越すジョセフに、しっかりしてるなあと関心していたくらいである。

「言う必要だって?……照れてんのもカワイーけど、たまには素直になってくれてもいいんじゃあねえの?ジョセフちゃん悲しくなっちゃうワ」
「わたしはいつだって自分に素直に生きてるつもりだけどね。あ、そこ開けて」
「はあい」

そんなことだから、遡ること1週間前、リサリサ様の弟子であるシーザーが、一緒に帰ってきたこの男を紹介してきたときだって、わたしの心は全く動かなかった。あれ、聞いたことある名前だなあ、どこでだっけーーそんなことを考えていたら、ジョセフとはといえば、なまえちゃん!とデカい声でわたしの名を呼び、勢いそのままにキスをしようとした。もちろんそれを阻止したシーザーにぶん殴られていた。

そしてジョセフは、10歳のころに私に恋をしていたのだと主張したのである。ずっと好きで、自分が成熟したら迎えに行こうと思っていたとーー迎えに来られる謂れはないのだが、そこは彼の思い出補完が凄まじかったようだった。ここで会ったのはもう運命の導きってヤツだ、好きだ愛してるお付き合いしてくれ、そんな怒涛の告白を浴びせかけられる生活にも、慣れてきてしまった自分がいる。

「電気付けるゥ?」
「ううん、もう見つけたから大丈夫」

地下室の隅に置いてあるじゃがいもの袋に手をかける。両手で持ち上げようとしたとき、横から伸びてきたがっしりとした腕がそれを片手で攫っていった。ジョセフを見上げると、けろっとした顔でもう行こうぜ、なんて言ってくる。スマートな仕草に、ちょっとドギマギしながらお礼を言った。

ーージョセフは、思い出の中のひとなのだ。彼はわたしの中で、いつまでも少年のままだった。
そんなひとが、突然何の準備もなく目の前に現れて、それがとんでもない美青年なのだ。わたしが知っている少年の気配はもうどこにもなく、成熟した男性の雰囲気を纏っている。首が痛くなるほどに高い背も、低い声も、鍛えられて太い手足も、わたしは全く知らないものだった。

「運んでくれてありがとうね。もう自分の部屋に戻るから、ジョセフもおやすみ。修行で疲れてるんでしょう」
「何言ってんだ、部屋まで送るに決まってんでしょーよ」
「え?いいよ、そんな……」
「ハイハイ、電気消しまーす」

修行と称される過酷な特訓が、何のためのものかわたしは知らない。今のジョセフを構成するほとんどすべて、わたしとは無関係のものだ。そのなかに、わたしのへの気持ちが混ざっていることが何だか信じられない。それだけが過去の遺物として、成長した彼の中に居座っていることが奇妙でならないのだ。

「なあ、なまえちゃん」

ジョセフの、立派なマスクのせいで少しくぐもった声が静かな廊下に響く。木の葉っぱが擦れ合う音、わたしたちの足音、そしてその声だけが世界をつくっていた。

「おれ、マジでなまえちゃんのこと好きなんだぜ。ガキのころから忘れたことねーんだ、すげーと思うぜ、自分でも」
「ジョセフ……」
「な、もうどっからどー見てもオトナだろ?一緒に歩けば、カップルか夫婦に見られるだろうぜ」

マスクは彼の表情を半分くらい隠してしまう。それでも、目元が優しく細められているのが分かって、わたしの体温はじわりと上昇した。わたしが言葉に詰まったのをめざといこの男は見逃さず、肩に手を回して身体を引き寄せた。さほど強い力でもないのに、わたしの身体はジョセフのそれにすっかりもたれかかってしまう。

「こんな一途な男、イギリスでもイタリアでもそうそうお目にかかれるもんじゃあないぜ。オマケにあんたにゾッコンと来てるしよォ。どうだ?今の男とは別れて、このジョジョを選んでみるってーのは」

心臓が高鳴る。苦しい息を何とか吐いて、恋人なんていないよ、と小さく返した。
うれピー!とか何とか言って、おちゃらけてくれるだろうーー脳裏によぎった考えはすぐに覆されて、ジョセフはただ熱のこもった目でわたしを見ていた。そして、小さく、そうか、と呟く。色をはらんだ雰囲気は消えず、より一層わたしの頭は熱をあげた。

「そりゃラッキーだぜ。……なあ、抱きしめてもいいか?ちょっとだけだ」

わたしが答えを口にだす前に、ジョセフの腕が背中に回ってくる。突然のことに身体が強張った。ーーでもなぜか、突き飛ばすことができない。
ジョセフのあたたかな体温がわたしを包んで、胸の中をかきむしりたくなるようなどうしようもない感覚がする。離してほしい。離れてほしくない。わたしの腕を、彼の背中に回してみようか。でも、そんなことをしたら、戻れなくなってしまう気がする。ーーどこに?

「愛してるぜ、ずっとだ、なまえ。だからよォ」

耳元で低い声が響く。たまらなくなって、目の前の熱い体温を宿す胸板に、自分の頬を押し付けた。もうわたし、どうにかーー

「……今日こそ部屋に入れてくれると、ジョセフちゃん嬉しいなァ〜!!」

わたしはゆっくりと顔を上げた。目の前には、先ほどとは違いにんまりとした笑顔を浮かべるジョセフ。迷わず足を振り上げて、渾身の力でそのデカい足を踏んづけた。

「オーノー!!いってえッ!!!」
「うるさいッ!!ひとりで寝ろ!!」

暗い廊下を大股で走り去る。うしろから、身体冷やすなよ、なんて声が聞こえた。
そんな優しい言葉かけたって、もう、もう二度と、絆されてなんてやらないんだから。……たぶん。

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