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▼ 結婚式からエースを取り返す話A(TWST)



「生徒がいなくなるなんて……ああ、ナイトレイブンカレッジが始まって久しい失態です」
「三人とも、寝る時までエースが隣にいた、というのは確かだね?」
「絶対、ぜ〜ったい居たんだゾ!!ゴーストも、エースが出ていくところなんて見てないって言ってたんだゾ」

ーー朝起きて、隣にエースがいなかった。
確かに手を繋いでいたはずの温もりはどこにもなく、布団は冷たかった。起き上がった跡すらない。混乱する頭を無理矢理動かして、ハーツラビュルの先輩たちに連絡をした。そうして集まってくれたリドル先輩、トレイ先輩、ケイト先輩と連れ立って、まだ朝早い学園長室へ向かったのだ。

「まさかだけどさ、昨日話してたあの夢の話。関係してるわけじゃないよね……?」
「いや、でも……。正直、心当たりはそれくらいしかないな」

ケイト先輩とトレイ先輩の会話を聞いて、学園長が首を傾げる。デュースが話し出した。

「エースのやつ、変な夢を毎日見るって言ってたんです」
「変な夢……?話してくれますか」

話を聞き終わった学園長は、深いため息をついて、椅子の背もたれに体重をかけた。不味いかもしれません、という学園長の言葉に、リドル先輩が綺麗な顔を顰める。

「まずいとはどういうことですか?本当に、死者が生者を連れ去ったということなのですか」
「ゴーストマリッジーー冥婚とも言います。ご存知ですか?」
「……あ、」

冥婚。その言葉に聞き覚えがあって、思わず声が漏れた。頭の上に乗っていたグリムが、オマエ知ってるのか!?と騒ぐ。その場のみんなの視線が集まるのが分かって、おっかなびっくり口を開いた。

「わたしの故郷での話なんですけど。生きてるうちに結婚できなかった人が、あの世で結婚できるように、絵馬ーーえっと、木の板に、絵や文字を書いて神様に見てもらうんです。その絵馬に二人の名前を書いてお祀りすると、死後の世界でふたりは結ばれるんです」
「それは死んだ人同士の話か?」
「死んだ人の名前しか書いちゃいけないの。ここからは都市伝説みたいな話なんだけど、もし、死んでる人の結婚相手として、生きてる人の名前を絵馬に書くと」

「生者が死後の世界に連れて行かれる、ですか?」

学園長がわたしの言葉を引き継いで言う。その言葉に頷くと、グリムがふな、と情けない声を出した。先輩たちやデュースも、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「やはり世界は違えど、似たような話があるんですねえ。今の話と違うところは、板を捧げるのではなく式を挙げること。本日催される死者たちの結婚式に、花婿としてトラッポラくんが選ばれてしまったと言う訳ですか」
「待ってくれ学園長、そうしたら、エースは」
「放っておくのは大変不味い。婚姻が成立して仕舞えば、トラッポラくんは死後の世界に引っ張られてしまうことになります」
「そっ、それ、死ぬってことなんだゾ……!?」

サッと顔から血の気が引いていくのが分かった。視界の端でバチバチ火花が散る。は、は、と短い息が漏れる唇が戦慄いている。

エースが、死ぬ?昨日隣で笑っていたエースが。
もっとしっかり、話を聞いてあげればよかった?何とかなるのかなあ、なんて、他人事みたいな言葉でーー手を繋いだまま、わたしが眠らなければ、エースは、居なくならなかった?

「なまえちゃん!落ち着いて。大丈夫だよ」
「ケイト先輩……」
「ああ、ケイトの言う通りだ。きっと、婚姻に間に合えば問題ない」
「クローバーくんは冴えていますねえ。そうです、誓いを立てる前に、花婿を攫って仕舞えば良いのですよ!」

学園長が大袈裟に両手を掲げて宣言する。
ーー花婿を結婚式から攫う。同じような話があったような気がするが、あれは花婿だっただろうか。
タイムリミットは、ゴーストが活動を始める日没まで。それまでに、ツイステッドワンダーランドの何処かから、エースを見つけ出さなければいけない。

「それって、結構無理ゲーじゃない……?」
「ケイト。それでもやらなければいけないだろう」
「分かってる分かってる!そうじゃなくて、場所を絞らないと」

「海の近く……じゃないですか」

黙り込んでいたデュースが口を開く。昨日聞いたエースの夢、その中で言っていた。ーー潮の匂いがする、と。
潮風が吹いてくる場所。結婚式場。そこまで分かれば、或いは。

「ゴーストは廃墟を好みます。式ができるような、大きな廃屋。そして海の側だとすればーー少し待ってくださいね、みなさん」

学園長が立ち上がり、自らのマジカルペンを翳す。空中に地図が映し出された。学園長が何やら呟くと、その地図の中で、いくつかの場所が光り出した。十箇所以上はあるだろうか。

「これが全ての該当箇所です。少し遠いですがーーここにいる全員で潰していけば、日没には間に合うはずです」
「俺とリドル、ケイトはホウキで行った方がいいな。グリムとデュース、監督生はどうするんだ?」
「僕が後ろに乗せられれば良かったんですが……」

デュースが苦々しげに呟く。わたしたち一年生はまだホウキの練習を始めたばかりで、後ろに人を乗せるなどとんでもないことだ。デュースとグリムもその自覚があるようで、うんうんと唸っている。

「ーーいや、待てよ。監督生、グリム!」

と、デュースが大きい声を上げた。びっくりして彼の方を見ると、デュースは目を輝かせて言った。

「あるぞ!風になれる方法が!!」


**


ぐんぐんと周りの景色が線になり、後ろに流れていく。顔に当たる風が冷たい。

「監督生!大丈夫か!」
「うん!大丈夫!」

風を切る音が大きくて、声が掻き消されてしまうから、わたしもデュースも声を張り上げる。デュースのお腹辺りに回した腕に、更に力を込めた。

ホウキ以外の行動手段。デュースが魔法の鏡で一度家に帰り、持ってきたものは、自らのマジカルホイールだった。
そしてわたしとグリムはその後ろに乗り込みーーグリムはヘルメットを付けられないのでわたしの腹部にしがみついているがーー俗に言うニケツというやつで、わたしたちはエース探しに精を出していた。

さっきと違うことがもう一つ。それはわたしとデュース、そしてグリムの格好だった。

「なあ、これ!絶対悪目立ちしてるんだゾ!!」
「はは!僕は悪くないと思ってるぞ!」

グリムの言葉をデュースが笑い飛ばす。そんなデュースは、上から下まで真っ白の、結婚式用のタキシードに身を包んでいた。そしてわたしはウエディングドレス姿。ご丁寧にベールまで付いている。流石にスカートのボリュームは抑えられているが、バイクに乗る格好ではないのは確かだ。
そしてグリムも、普段首につけているリボンを真っ白なものに変えている。側から見れば、新郎と新婦が、バイクに乗って結婚式場から逃げているみたいな様子だ。

「でもこれ!あの世の花嫁さんに、喧嘩売ってるみたいにならない!?」
「何言ってるんだ、売りに行くんだろ、喧嘩!」

デュースの言葉に、確かに!とわたしとグリムも笑った。先輩たちが、こっちのほうがいいと魔法をかけてくれたのは、そういった意図のものだったのか。

「早く花婿を奪い返すんだゾ〜!!」
「ああ!飛ばすぞ、捕まってろよ!!」

デュースが更にアクセルを捻る。わたしとグリムは必死に目の前の人物にしがみ付いた。


**


ーー白い空間にいる。
鼻を刺激する微かな潮風の香りに、きっと俺は、あの夢の中にいるんだと分かった。
不思議なことに、以前のような恐れはなかった。来るんだろうな、という妙な確信を持って、白い空間の先をじっと見つめる。そのうちにすうっと、半透明の影が現れた。花嫁だ。

花嫁は、ベールを後ろに下ろしている。俯いているせいで顔は見えないが、静かに泣いているのは分かった。

ーーどうして泣いてんの?

自然と口が動いて、花嫁にそう問いかけていた。彼女は相変わらず、ほろほろと涙を流す。

「だって、貴方が好きだから」

貴方の心が好きなの。その恋心を、わたしに向けて欲しいの。

彼女はそう言ってーーそして、ゆっくりと顔を上げた。そこにいたのは、監督生とそっくりな顔の女だった。

「でも知ってるわ。あの子から顔を借りても、貴方の心は貰えそうもない」
「そうだよ。だって、きみが言う"オレの心"ってさ」

きっと、"あいつ"に向けた、恋心だから。
だからそれは、他の誰かにはあげられない。


**


「その結婚っ!待ったーーーーっ!!!」

タイヤが床を擦る激しい音が耳を劈く。チャペルの廊下の真ん中くらいまで、黒い機体が突っ込んだ。ばらばらと降ってきたピンクの花びらを振り落として、デュースの後ろから飛び降りる。

「エース!!!」

聖書台の奥。花嫁と向かい合う、花婿姿のエースがいた。参列していたゴーストたちが騒めきだす中、わたしはドレスの裾を上げて走った。

「……なまえ?」
「そうだよエース!帰ろう!!」
「は?……え、これ……!?」
「ボケッとしてんなよエース!行くぞ!乗れ!」
「……っ、ああ!」

ぼんやりした目をするエースの手を強く引っ張る。デュースが半ば叫ぶように声を掛けると、エースは靄を振り払うように頭を左右に振った。そして、強く返事をする。
わたしとエース、手を繋いでデュースのマジカルホイールに乗り込んだ。そのまま、ゴーストたちの野次を他所に、デュースが強くアクセルを捻る。
獣の咆哮のようなエンジンの音が響いて、式場がどんどん遠くなっていった。

「お前ら!なんで花に塗れてんだよ!」
「デュースが無茶して、植え込みに突っ込んだんだゾ!!」
「いいだろ!間に合ったんだから!」
「ていうか!三人乗りは法律違反なんじゃないの!?」

風の音に負けないように、今度は三人と一匹で声を張り上げる。わたしとデュースとグリムは、ピンクの花びらを頭につけながら笑った。エースもそれを見て、子供みたいに笑った。

「三人乗りだってバレなきゃいいんだろ!?」
「ぐえ!!」「ふなあ!?」
「あはは!変な声!!」

エースが強くデュースに体を押し付ける。もちろん、エースとデュースの間にいるわたしとグリムはぐいぐい押されて潰れた。エースの胸と、デュースの背中に挟まれて、暑くて苦しくて涙が出るほど笑ってしまう。

「見ろ、みんな!海だぞ!」

バイクは海を脇に、高台を下っていく。沈んでいく太陽の輝きで輝く海面。顔を上げて、それに歓声を上げるエースの顔を見た。

彼の瞳に、海の光が反射している。それはとてもキラキラしていて、エースの笑顔と相まって、宝石のように輝いていた。

ーー新郎二人、花嫁一人。そして猫が一匹。そんな世にも珍しい組み合わせを乗せた黒いバイクは、どんどんスピードを上げて、海沿いの坂道を下っていった。

**


「いやあ!本当に良かった!頑張った甲斐がありましたねえ!」
「頑張ったのは僕たちですが。とは言え、本当に良かったよ」

ニコニコと画面の下で学園長が微笑んでいる。そしてそれをジト目でリドル先輩が睨んでいる。とにかく今日は、酷い目にあった。

「ああ。警察にも見つからなくて済んだみたいだしな?」
「警察ですって?」
「何でもないです!」

トレイ先輩の言葉に、デュースが即座に返す。先輩たち三人の笑い声が部屋に響いた。

あの後、あの廃墟からしばらく距離を取ったところで、ホウキに乗った先輩たちが空から降りてきた。無事エースを取り戻してきたことを褒めてくれたあと、それでも法律違反はいけないとこってりお叱りを受けた。
そして、エースはリドル先輩のホウキの後ろに、グリムはトレイ先輩の後ろに乗って、それぞれ学園に帰ってきたというわけだ。

「ゴーストの花嫁についての問題は解決したんですか?もししつこいようなら、生徒を預かっている身としてビシッと……」
「あー、たぶん、大丈夫です。ばっちり振ってきたので」

なぜかエースはわたしを見て、な?と悪戯に笑う。よく分からなくてとりあえず笑い返すと、何が楽しいのか、わたしの頭をぐしゃぐしゃに掻き回して声を上げて笑った。

そして一通り話をしてから学園長の部屋を出た。お泊りの荷物を持ってくるから、と、先輩たちとは鏡の間で別れ、わたしとグリム、デュースとエースはオンボロ寮に足を向けた。あたりはすっかり暗い。

「ほんと、散々だったなあ」
「でも、デュースのマジカルホイールは悪くなかったんだゾ」
「そうか?じゃあまた乗せてやる」

デュースとグリムは喋りながらやや前を歩いている。
わたしの隣を歩いていたエースが、ふと足を止めた。それに気づいて、わたしも足を止める。月明かりに照らされた彼の姿は、昨日の布団の中を彷彿とさせた。

「オレも、今日は悪くなかったかも」
「ええ、何で?」
「何でも!」

エースがわたしの手を引いて急に走り出した。突然のことにつんのめりそうになるわたしを振り返って、エースは笑って言った。

「次は、オレだけのために、その服着てくれよ!」

言葉の意味を理解して、顔がわっと熱くなる。何も言い返す暇もなく、エースはそのままわたしを伴って、前を歩くデュースの背中に突っ込んだ。
ーー笑い声が響く。この時間がずっと続けばいいのにと、心から思った。




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