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▼ 結婚式からエースを取り返す話(TWST)



※ゴスマリ自解釈
※監督生=夢主

ーー最近、エースの顔色が頗る悪い。
顔色どころか、行動もおかしい。トレイン先生の授業で机に突っ伏し開けっ広げに居眠りしたり、グリムがウザい発言をしても聞き流したり。今日なんて錬金術の鍋の中に顔からダイブしそうになって、クルーウェル先生に死ぬほど怒られていた。何と言うか、普段ではあり得ないほど、エースらしくないのだ。

そして今。ハーツラビュル寮で催されたお茶会でも、大好物のチェリーパイが出されたというのに、手元のフォークを持ち上げようともせずただ俯いている。見かねたケイト先輩が、少し困った顔をしながらエースの背中を軽く叩いた。

「どったの?なんか辛いことでもあった?」
「いや、別に大丈夫っす」
「大丈夫には見えないぞ。食欲無いのか?」

向かい側に座っていたトレイ先輩も声をかける。彼の言葉通り、エースの顔色は土のように暗く、目の下には色濃い隈ができている。いつも手入れされている唇はガサガサで、トレードマークの赤いハートもなんだか寄れているようだ。

「大丈夫じゃないですよ。な、なまえ。グリム」

わたしの隣に座っていたデュースも続けて声を上げる。こちらに話が振られて、わたしとグリムは顔を見合わせて頷いた。

「エース、ずっと体調悪そうで」
「今日なんて錬金術の鍋に頭から突っ込みそうになってたんだゾ」

様子がおかしいと思い始めてから一週間くらいは経っただろうか。日に日に窶れていくその姿に、わたしもグリムも、デュースもジャックも、何度も心配の声をかけた。でもエースは、大丈夫だの一点張り。

話を聞いていたリドル先輩が、眉間に深い皺を寄せた。フォークを所作良くケーキ皿に置いてから、エースの名前を呼ぶ。

「人に無闇に心配をかけるものではないよ。追い詰められる前に、近くの人に相談すべきだ。それとも君の周りの、先輩や友人たちはそんなに頼りないとお思いかい?」

エースは言葉を詰まらせて、小さくため息をついた。ケイト先輩が背中を摩っている。
歳上特有の頼れる雰囲気だったり、言葉を引き出す力が羨ましい。わたしたち同級生に対しては硬く閉ざしていた口を、彼は開ける気になったようだ。

「……笑わないでくださいよ」
「笑わない笑わない!だってシャレになってないもん、エースちゃんのその顔」
「ーー夢見が悪いんです。ずーっと。ただそんだけ」

ーー夢見が悪い、とな。
一体どんな夢だ、とグリムが聞く。エースは視線を彷徨わせて、ぽつりぽつりと話しだした。

夢の世界で彼は、白い空間にいる。辺りを見渡すと、なんだか潮風の匂いがした。海があるのか、と思って、その風が吹いてくる方へ歩く。そうしていると、向こうから人が歩いてくる。
ーー花嫁だ。そう称されるに相応しく、その人影は真っ白いドレスに身を包み、顔は長いベールで覆われている。ベールのおかげで顔は見えない。手には小さな花束を持っている。
その花嫁が、足音もなく自分のほうへ近づいてくるのだ。自分もまた同じく、花嫁の方へ足を運ぶ。そして、二人以外何もいないはずの空間に、声が響く。

ーーあなたと一緒にいたい。地獄の底まで。


「何それコッッッワ!!!!」

話を聞き終わると同時に、ケイト先輩が大きな声で叫んで立ち上がった。リドル先輩が視線でそれを諫めて、ケイト先輩はやや罰が悪そうな顔をして着席する。
元気がないせいで抑揚のないエースの語り口が、怖さを倍増しているような気がする。要するに、彼は毎晩、夢の中で、見知らぬ女に求婚されているというのだ。

「まじないの類を掛けられた可能性もあるね」
「昔、ジョークグッズでそういうのあったな。ミドルスクールで問題になって、罰則ものだった」
「……ってことは誰かがいたずらで?」

魔法がある世界のジョークグッズは恐ろしすぎる。何でも、好きな相手の髪の毛をアレコレすることで、その人の夢に登場することができるというおまじないグッズが昔発売されていたらしい。今は生産中止になっているらしいが。なまじ魔法があるがゆえに、おまじない止まりではなくなってしまうところが怖いと思った。

「いや、あれは人間じゃないと思います。たぶん……ゴースト」
「ゴーストって、オレさまたちの寮にいる奴らか?」
「待ってくれ。じゃあエース、お前」

ーー夢の中で毎晩、この世のものじゃない女に求婚されてるってことなのか?

デュースが言う。エースは大きく大きくため息をついて、言葉に直すとマジで追い詰められるからやめてくんない、と呟いた。
人に言うことでスッキリしたのか、エースは俯いていた顔を上げる。でもやっぱり、顔色と隈は酷い有様だった。

「毎晩っすよ毎晩。またあの夢見るのかって思ったら眠りたくなくて」
「結構メッセージ強烈だもんね〜。心当たりとかないの?」
「幽霊の女に好かれる心当たりがある奴って中々いないと思うんだゾ……」

グリムの言葉に、その場にいたほぼ全員がうんうんと頷く。わたしは思い当たるところがあって、あ、と呟いた。

「エース、彼女欲しいってよく言ってたじゃん。その気持ち?思念?が伝わっちゃったんじゃない」
「は!?お前なあ、それはーー」
「そんなこと言ってたのか、知らなかった」

エースが突然大きな声を出して、その後言葉に詰まる。わたしとエース、デュースのやりとりを見て、トレイ先輩とケイト先輩はにんまりと笑った。

「そういうことか。じゃあ幽霊と結婚するわけにはいかないな」
「ちょっと、先輩……」
「大丈夫、オレたち口硬いから。ね、トレイくん」

ーー眠れないんだろ、いい方法があるよ。
そう言ってトレイ先輩はなぜかわたしを見た。ばちりと眼鏡越しに目が合って、わたしとグリムはただ首を傾げた。


**


トレイ先輩とケイト先輩の提案はこうだった。一人では恐ろしくて眠れないのなら、誰かと一緒にいれば少しは和らぐんじゃないか、と。要するに雑魚寝をしろということだった。
ハーツラビュルの一年生は一部屋に四人。それぞれにベッドが割り当てられていて、ジャパニーズスタイルの雑魚寝は無理だ。ということで、出る結論は一つ。

「昨日死ぬほど掃除したのが、ここになって生きてくるとは……」
「ごめん監督生、世話んなる」
「全くなんだゾ」

エースとデュースは最低限の荷物を持って、オンボロ寮に来ていた。デュースも付き合ってくれるあたり、優しい性格をしていると思う。
夕食と入浴はもう済ませてあるので、もう寝るだけだ。クローゼットから発掘した布団も少し前に綺麗にしておいたから、それを使えばいいだろう。客間に二人と一匹を置いて、わたしはリネン室代わりに使っている部屋に来た。

「なまえ」

突然声が掛けられる。振り向けば、今日の昼までよりかは幾分か顔色が良くなったエースだった。何?と問い掛ければ、小さい声で、ごめん、なんて言われたものだから、まだまだ本調子には程遠いなと思う。

「何がごめんなの?」
「いや、ふつーに……ガキ臭いじゃん」
「そうは思わないけどな」

これ持って、と畳んだ布団の何枚かをエースに押し付けた。そのまま部屋を出て、並んで歩く。

「みんなで雑魚寝するくらいで、何とかなるものなのかなあ。しかもゴーストだらけのこんな寮だよ、逆にごめんって感じ」
「言えてる。まあでも、一人で寝るよりだいぶマシ」

そう言ってエースは少し笑った。それにちょっとホッとして、わたしも釣られて微笑んだ。

**


消灯してしばらく。すぴょすぴょと聴き慣れたグリムの寝息が響いている。もう一つ聞こえる寝息は、隣で寝ているデュースのものだろうか。反対側の隣からは寝息は聞こえない。

エース、やっぱり起きてるのかな。そう思って彼のいる方に寝返りを打つ。
部屋のカーテンがぼろぼろなせいで差し込んだ月明かりが、同じくわたしの方を向いていたエースをぼんやり照らしている。
昼間とは違う雰囲気だ。月明かりのせいか、エースの目はなんだか潤んでいるように見えた。じんわり見つめ合って、エースが少し笑った。

「……何見てんの?」
「エースが見てるから」
「そーね。……ね、なまえ。笑うなよ」

エースがそう言って、少し距離を詰めてくる。言われた言葉通り、わたしはこの変な雰囲気に笑わないように口を噤んだ。

「ーー手、繋いでよ」

そしたら眠れるから。
デュースとグリムに聞こえないように、ほのかに細められた声。そんな密やかなお願いに、なんだか胸が切なくなって、ずぼっとエースの布団に片手を突っ込んだ。

「っ、おい」

驚いたのか、エースが一瞬息を詰まらせるような音を出して、声を抑えて笑う。わたしも喉の奥で音を噛み殺すようにして笑った。
エースの手が、布団の中で触れて、そっとわたしの手を握る。布団の中にあったせいか、少ししっとりしていて、そして男の子らしくごつごつした手だった。握り返すと、エースからの圧も強くなる。

「手ぇちっさくね?」
「エースが大きいだけだよ」

こんなところで、この友人が男の子だと、異性なんだと確認する。なんだか釈だった。
照れ臭さを消したくて、眠れそう?と声をかける。エースは、ああ、と少しとろけた声で呟いた。

「おやすみ、なまえ」
「おやすみ、また明日ね。エース」

エースが綺麗な赤い目を閉じたのを確認して、わたしも同じく目を閉じた。
繋いだ手はとても温かい。深い微睡の中でも彼の存在を感じて、胸の奥がじんわりと穏やかな気持ちになった。

ーーだから。

「なまえ!なまえ!!」

「ーーん……?デュース?」
「エースのやつ、どこ行った!?」

朝が来て、隣に彼がいないなんて、想像すらできていなかった。
 





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