小説 | ナノ


▼ だってフロイド先輩が彼女ほしいって言うから(TWST)


※夢主=監督生

この世界に飛ばされて、ナイトレイブンカレッジで生活を送るようになってから、"女の子"という存在から無縁になってしまったように感じる。
男の子に囲まれて学園生活を送ることも、最初こそ一挙一動にドギマギしてしまったが、もう日常の一部になったし、こんなにボロい屋敷に住むなんて耐えられないと思っていたのも遥か昔のことのようだ。今は、どんなにデカい虫も一撃で仕留められる自信がある。

そんなわたしを見かねて、エースが女友達を紹介してくれたのは少し前のことである。マジカメのダイレクトメッセージでやり取りをして、数回遊びに行った。そこはやはり女の子同士、住む世界が違えど、やっぱり普段周りにいる男の子たちとは桁違いで気が合う。美味しいケーキを食べたり、可愛い服を買ったり、それはそれは楽しかった。エースの友達ということもあって、みんなノリが良くて優しい。わたしに女の子の友達が少ないことを知るや否や、どんどん別の女の子を紹介してくれて、わたしの交友関係は以前とは桁違いに広がったのだった。

「なまえ。この子、この前話した子だよ。なまえに話があるんだって」
「え?」

ーーそんなある日。友達とパンケーキが美味しいカフェでおしゃべりをしていたとき、ひとりの女の子が合流してきた。
髪はミルクティーみたいに甘そうな茶色。鎖骨の下くらいまであるそれは、下の部分はふんわりと巻かれていて、なんだかいい匂いがしそうだ。
シャツから覗く白い肌は白くて、鎖骨なんかはちょっとぶつかったら折れてしまうんじゃないか。目だってすごく大きくて、ぷっくりした涙袋にはきらきらのラメが乗っている。
とにかくすんごく可愛いその女の子は、わたしの手を柔く握って、こう言ったのである。

「なまえちゃんって、フロイドくんって知ってる……!?」
「フロイドクン………?」

ーー思考が止まってしまった。フロイドクン、いや、この場合はフロイド、くん、だろう。まさかとは思うが、あのオクタヴィネルの、フロイド・リーチのことを言っているのだろうか。

「あの、私、フロイドくんのファンなの。マジカメもずっと前からフォローしてるし、モストロ・ラウンジにも何度も行ってるんだ。もしポイントカードが貰えてたら、たぶん5枚くらい溜まってると思う!」
「そっか、ポイントカードは内部生しか貰えないもんね」
「そうなの!でもいいんだあ、自分で作ってるから。見て、次でフロイドくんに会うの57回目なんだ」

だいぶガチやんけ。この子、外見は超ゆるふわなのに、中身は結構固かった。純粋にすごいなあ、と感心してしまう。

……それにしても、フロイド先輩か。正直、同じリーチでも、またジェイド・リーチの方が希望があると思う。ありがたい(かは分からない)ことに、あの双子、並びにフロイド先輩と話す機会は多くあるけれど、彼の情緒はいまいち分からないのだ。
ああ、でも、最近はなんだか優しい気がする。モストロ・ラウンジのシフトに入るたびに、お手製のまかないを出してくれる様子は、ヘンゼルとグレーテルの魔女を彷彿とさせるが。ーーこんなこと、絶対本人には言えない。

「それでね。ほんとに、できればでいいんだけど、……フロイドくんに、彼女いるのか聞いて欲しいの」
「か、彼女………?」
「うん。大変なのは分かってるし、はじめましての子に頼むなんておかしいよね。でもでも、NRCに通ってる男友達に相談しても、既読無視か断られちゃうから……あの、お願いできる?」

名も知らぬNRC生にちょっと同情した。気が触れたって、あのフロイド・リーチに「ね〜、彼女いんの〜!?」とは聞けない。半分特攻みたいなものだ。ケイト先輩ならやりかねない、とも一瞬思ったが。

でも目の前のふわふわちゃん(わたし命名)は、なんだか泣きそうな顔でこちらを見ている。さっき見せてくれた、お手製のポイントカードの上に乗ったままの白い手は、ぷるぷる震えていた。
こんなに可愛い子が、わざわざ時間を作ってわたしに話をしに来ているというのに、相手が海のギャングだからという理由で跳ね除けていいものか。せめて、ぎろりと一睨みされる手前くらいで撤退すればいいのではないか。
わたしはふわふわちゃんにバレないように、口の中だけで大きいため息をついた。覚悟のため息だ。

「聞いてみるだけ聞いてみるね!!」


**


「彼女ですか?」

ーーそうやって見栄を張った数日後、わたしはなんとも情けなく、逃げの一手に出ていた。彼女に奢ってもらったパンケーキが、なんだか質量を増して胃の中に居座っているように感じる。

でも、思ってしまったのだ。何も、フロイド先輩に直接話をすることはないのではないかと。そういう話をノリノリでしてくれそうな方、つまりジェイド先輩に話をしようと思って、モストロ・ラウンジ閉店後のオクタヴィネル寮へやってきたのだ。そして冒頭に至る。
廊下に出てきてくれたジェイド先輩は目をぱちぱちさせて、そしてにんまりと笑った。あ、嫌な予感。

失礼、と一声かけて、ジェイド先輩はわたしの手首を握る。そして自室の扉を開けて、遠慮なしにわたしを放り込んだ。

「フロイド!監督生さんが話があるようですよ」
「ひい」

思わず引き攣った声が喉から漏れる。慌てるわたしに構うことなく、ニコニコ笑顔のジェイド先輩の手によって、非情にもドアは閉められた。
部屋の壁沿いにあるベッドのひとつが、こんもりと膨らんでいる。そこから唸り声のようなものが聞こえて、突然シーツが吹っ飛んだ。吹っ飛ばした。ベッドの主ーーフロイド先輩が。

「……小エビちゃんっ!?」
「ひえ、……は、はい」
「え?ヤバ、ちょっと待って。オレ、スウェット……」
「そうですよね!!突然来てすみませんでした!!わたし、帰りま」
「は?」
「帰りません!」

ーー先輩の今の目つき、人を殺せる気がする。
シーツの中から出てきたフロイド先輩は、お休み中だったのか少し髪が乱れていて、緩めのスウェットを着ていた。だる着だろうと、着る人によってはなんだかそういうおしゃれ着のように見えてしまうのだから不思議だ。
フロイド先輩は少しわたわたと慌てたあと、服装は流石に諦めたのか、髪の毛を軽くいじってから、ややバツが悪そうな顔でこっちを見た。いつも緩い服装でいることが多い彼だから、こんな反応をされるだなんて思わなくて、少しだけ意外に感じた。

「小エビちゃん、オレに用事なの?」
「あ、はい。話がーーでも本当にちょっとしたことで」
「ン、別にいいから。話ってなあに」

この返しも意外だ。めんどくさい、後にしてくんね、それくらい言われるだろうと思っていた。というか、それでオンボロ寮に逃げ帰る大義名分ができることをほんのちょっと期待していたまである。
でも、色違いの双眼は、今まさにわたしを真っ直ぐに見ている。ここまで来たらなるようになる、わたしは勢いのまま口にした。

「フロイド先輩、彼女っていますか!?」
「んえ」

ーー暫し時が止まる。

「オレに?カノジョ……?」

10秒にも100秒にも感じられる時間が流れて、フロイド先輩は小さく呟いた。ーーそんなん、いねーけど。なんだか顔が赤い。

「てかさあ、小エビちゃん。ココ男子校だからね。カノジョなんて、いる方がスゲーでしょ」
「まあ、そうですよね。……フロイド先輩ならいる可能性もあるって思ったんですけど」
「エッ」

だってフロイド先輩、内情を知らない者からすれば、だいぶ優良物件だ。背は高い、顔立ちも恐ろしく整っている。色違いの目は、クールでミステリアスな雰囲気。魔法も、料理も、得意なことがたくさんある。実際、ふわふわちゃんがあそこまで入れ込んでいるわけだし。
これは迷った甲斐あって、彼女にいい返事ができるかもしれない。わたしは何だか嬉しくなってきた。

「なに、オレに彼女いないのがそんなに嬉しい?」
「え?……分かります?」
「ウン。さっきからすげーニマニマしてる」

ウケる、とフロイド先輩は頬に赤をさしたまま控えめに笑った。それが初めて見る表情だったから、わたしの心臓は何だかざわめいた。

「ちなみにオレ、カノジョ募集中だから」

ーーこれは、SSR確定演出なのではないか?

**

その日の収穫をマジカメのメッセージでふわふわちゃんに伝えたら、1秒後に既読がついて電話がかかってきた。あそこまで号泣しながらお礼の言葉を連呼されたのは、その日が生まれて初めてである。

「…………なまえちゃん、もう一個お願いしてもいい……?」
「も、もしかして」
「ここまで来て諦めたくないんだ……お願い、モストロ・ラウンジでいいの。もちろんお金はわたしが全部払うから、お願い!好きなもの食べていいから!!」

ーーフロイド先輩にわたしを紹介して!!

半端に手を出してしまって、途中で投げ捨てることへの罪悪感。そしてなにより、モストロ・ラウンジのフードとドリンクがタダ。それが、フロイド先輩に誘いをかけることの恐ろしさを掻き消したのだ。
なんか今日話した感じ、大丈夫そうだし。ふわふわちゃん、可愛いし。彼女募集中の人が、可愛い女の子とご飯を食べることを断るわけがない。よし。

来たる金曜日。そんなこんなで、わたしとふわふわちゃん、そしてフロイド先輩は、三人でご飯を食べることになったのだ。ちなみにふわふわちゃんがいるということはフロイド先輩は知らない。

ーー金曜日、モストロ・ラウンジでご飯を食べようと思うんです。先輩の予定はどうですか?

そう先輩に声をかけたのが水曜日。恐怖で心臓が飛び出しそうなわたしに、フロイド先輩は自分の休憩時間を教えてくれた。18時から30分間。それが、わたしとふわふわちゃんの勝負の時間である。

わたしの目の前に座るふわふわちゃんは、初めて会った時とは違い、髪をさらさらストレートにしている。この方が男の子にはウケがいいらしい。甘い香水も、今日はシトラスのような万人受けする香りだ。お化粧はナチュラルメイクだが、ナチュラルメイクこそ自然に見えるように死ぬほど時間をかけているというヴィル先輩の言葉を思い出して、思わず感嘆のため息をついた。すげえな、恋心。

注文した机の上のパスタやピザは、誰も手をつけないまま冷めてしまった。ふわふわちゃんが余りに緊張しているから、そんな彼女を見ていたら、わたしも心臓が喉から飛び出してきそうな気持ちなのだ。

ちなみに、わたしだってちゃんと作戦を立てている。ふわふわちゃんには、フロイド先輩の横に座ってもらおうという算段だ。
なぜだかは知らないが、人間は、真向かいにいる人よりも隣にいる人に心を許すらしい。見つめ合いながら話すなんて、お見合いみたいだし。だからわたしとふわふわちゃんは、今まさに向かい合わせに座っているのだ。

時間は18時を回っている。先輩がいつ来てもおかしくない。顔色の悪いふわふわちゃんが、あ、と小さく震えた声を出した。ーー来た。

「小エビちゃん?」
「フロイド先輩こんにちは!!どうぞこちらに!!」

ーー来、来、来!!
緊張に負けて、わたしは思わずデカい声を出した。先輩はなんだか不思議そうな顔をしながら、手に持っていた賄いの入ったお皿をテーブルの上に置いた。……わたしの横に。

これはまずい。いや、冷静に考えて、わたしとふわふわちゃん、両方の隣が空いていたら、いくら先輩でも知り合いのわたしの隣に座るだろう。自分の思慮の浅さに冷や汗が出た。あ!!

「そうだあ〜!!バッグこっちに置きなよっ!」
「あっありがとう!!」
「エッ」

わたしの言葉に目的を察したのか、ふわふわちゃんはすごい勢いで自分のバッグを差し出した。それを謎な距離を空けてわたしの隣に置く。どん、と音が鳴った。そして何も言われないうちに、フロイド先輩の持参した賄いをふわふわちゃんの隣の席へと押しのける。勝った。恋心の前に、女の友情は無敵である。
フロイド先輩は、首を傾げながらも大人しくふわふわちゃんの隣に腰を下ろした。当の彼女は目を見開いて、目線をきょときょと落ち着きなく動かしている。がんばれ!!

「先輩、彼女はわたしの数少ない女友達なんです。今日偶然予定が合ったので」
「へえ〜。小エビちゃん、女の子の友達なんていたんだあ」
「は!!はじめまして!!私、ーーと申します!!」

ふわふわちゃんの自己紹介に、ウン、とフロイド先輩は頷いて、自分の持ってきた料理に手を付ける。一度途切れた雰囲気を繋ぎ直すべく、ふわふわちゃんは、食べよっか!と明るくわたしに話しかけた。

「あ、フロイド先輩、それ食べてるのグラタンですか?」
「んー?カネロニってやつ」
「カネロニ……!?フロイドくん、おしゃれですね……!!」
「別にい。これ、ただの試作だから」
「新メニューですか?」
「あ、小エビちゃん、知らなそーな顔」

フロイド先輩はにやりと笑って、フォークでカネロニとやらを切り分けた。そしてそれを、無遠慮にわたしの口に突っ込む。歯とフォークがぶつかって、ガキンと良い音が鳴った。あ、でも、おいしい。

「これ、中にも具が入ってるんですね。おいしい。メニューに加えるんですか?」
「うまいでしょ?でもこれ作るのめんどくせーし、腹持ちわりーし、オレははんたーい」

フロイド先輩は茶化すように言う。隣のふわふわちゃんと目が合った。ソワソワしている。がんばれ、と目線で訴えた。

「フロイドくん、フロイドくんは、今日はキッチン担当なんですか?」
「そうだけど」
「すごい、たくさんお料理作れるんだ」
「別に。普通じゃね」

弾んでいるーーとは言い難いかもしれないが、話はできている。フロイド先輩が、ちゃんと受け答えをして会話を成立してくれているだけ奇跡だ。わたしは冷め切ったパスタを口に運んだ。あ、でも美味しい。

「あ、あの、フロイドくん」
「あのさ、それ、やめてくんね」
「えっ?」
「呼び方。慣れねーし」

ふわふわちゃんの表情がぴしりと固まった。慣れない?フロイドくん呼びが?
まさか、リーチって呼べと言ってるのか。さすがに17年間双子をやってきて、隣に同じ"リーチ"がいる中生きてきて、そんな無茶苦茶な言い分ないだろう。

「ファミリーネームで呼んでってこと」
「り、……リーチさん……」

押し通した。意味が分からない。ふわふわちゃんの顔も引き攣っている。その証拠に、さっきは"くん"付けだったのが、今は"さん"付けになってしまった。これが心の距離なのか。

「フロイド!……失礼。おまえ、ドルチェの件はどうなっているんですか」
「え〜?知らねーよお?」

そのとき、革靴の音を響かせて、ラウンジの奥から近寄ってくる人影があった。アズール・アーシェングロット先輩。なんだか今日は少しご立腹のようである。
席から一つ分出たフロイド先輩に向かってきたらしく、声をかけてからわたしたちの存在に気が付いたらしい。

「朝にメッセージを送っているんだ。スマホを見ろ!全く!」
「ええ〜?……あ、マジだ」
「休憩が終わったらでいいので、すぐに手をつけてくださいよ。それでは、失礼しました」

フロイド先輩は緩慢な動作でスマホを取り出す。アズール先輩のメッセージに気がついていなかったらしい。溜息をついてから去っていくアズール先輩の背中を見送りながら、フロイド先輩は、スマホなんていつでも見てるわけねーじゃんね、とへらへらしていた。

「ま、アズールがうるせーし。オレ休憩あがろっかなあ」
「あ、じゃあわたしたちもお会計します。ね」
「そ、そうだね、なまえちゃん」
「ウン、じゃあ出口までね」

待ってて、と告げてから、空になったお皿をフロイド先輩が雑に回収してキッチンの奥へと消えていく。ふわふわちゃんの顔をちらりと見ると、なんだか複雑な表情をしていた。

「大丈夫?」
「あ、うん、大丈夫!……あんな感じの対応だもんね、フロイドくんは、誰にでもね」

彼女の言葉は、自分に言い聞かせているような響きだ。何と声をかけていいのか分からず、ひとまず席を立つと、ふわふわちゃんに小さな声で呼び止められた。

「ユウちゃんは、フロイドくんと……仲良しなの?」
「うん?う〜〜〜ん……仲良しではないかな」
「そ、そっか」

お皿の処理が終わったのか、奥からフロイド先輩が帰ってきた。その姿を視界に入れたのか、ふわふわちゃんが、行こっか、と笑いかける。さっきの妙な雰囲気はどこかに消えてしまったようだ。

**

「んじゃ、ありがとうございましたあ」
「ありがとうございました」

そして、お店の外。モストロ・ラウンジの大きい入り口の前で、わたしとふわふわちゃんはフロイド先輩と向き合っていた。
ーー今日は機嫌が悪かったのかな。
それでも、先輩は一緒にいたくない人にはそれ相応の対応をする。はっきりとした言葉で伝えるし、何だったらすぐにその場から離れる。そこには遠慮なんて文字はない。だから、そもそも今日付き合ってくれたということ自体が、フロイド先輩の気まぐれの一種だったのかもしれない。

「美味しかったです、ありがとうございました。……リ、リーチくん……、あの」

ふわふわちゃんがモジモジしている。ここで最後の勝負の一手に出るらしい。なかなか肝が座った子である、わたしも唾をごくりと飲んだ。

「リーチくんの連絡先、教えてください!!」
「オレさあ、スマホ持ってないんだよね」

ーー即答。迷う余地もないほどの即答だった。は?と、思わずわたしの口から大変失礼な声が漏れる。さすがのふわふわちゃんも、口をぽかんと空けていた。
だって、さっき、スマホ出してたじゃん。アズール先輩のメッセージ読んでたじゃん。きっと、彼女とわたしの思っていることは一緒だったと思う。

ーーこれは結構、マジでヤバい。わたしとふわふわちゃんの目が合った。どちらともなく、こくりと頷いて、形だけの挨拶をしながら、わたしたちは競歩ばりの早歩きでその場から立ち去ったのだった。

**

「なまえちゃん、今日はお願い聞いてくれてありがとう」
「ううん、大丈夫」
「今度またご飯行こうね。それじゃあ……」

校門前。手を振ってから消えていくふわふわちゃんの背中を見送って、わたしは溜息をついた。
ふわふわちゃんは、会うのは2回めだけれどきっといい子だ。この帰り道、期待してたものとは大きく違っただろうに、彼女はわたしに文句の一つも言わなかった。料理がおいしかったね、とか、フロイドくんはやっぱり格好良かった、とか、そういう話だけをした。
でも、去っていく彼女は振り返らない。諦めた、のだろうか。

「フロイド先輩は、なんで」

小さく呟く。嫌なら嫌だと、会った時から言葉にすればよかったのに。
いや、そんなのは傲慢か。そもそもわたしが、誘いをかけた時点で、ふわふわちゃんがいることを伝えるべきだったのだ。全ては浅はかなわたしの野次馬根性のせいだった。明日にでも、彼女とフロイド先輩と、両方に謝ろう。

ーー辺りはもうすぐに暗くなる。はやくオンボロ寮に帰ろう、と踵を返した、そのときだった。

物陰からにょきりと手が伸びてきて、わたしの腕を強く掴む。声をあげる暇もなく、ぐいと強く引かれて、建物の陰に引き摺り込まれた。
思わず上げそうになった悲鳴を、すんでのところで押し留める。嗅いだことのある香りがしたからだ。密やかに芳るコロン。

「一体何のつもりなの?小エビちゃん」

ーーフロイド先輩?

冷たいコンクリートの感触が、洋服越しに背中に伝わってくる。フロイド先輩は、その大きな手で、ぶらんと下に降ろされたわたしの手首を握っていた。すぐ目の前に立っているだけなのに、威圧感に押し潰されそうで目が離せない。薄暗闇の中で、色違いの瞳がらんらんと光っているように見えた。

「ねーえ」

聞いてるの?フロイド先輩が、わたしの頬を軽くつつく。動作は可愛らしいのに、表情は全然笑っていない。はひ、と、声にならない声を吐き出して、怒ってますか、と小さく尋ねた。

「怒ってる?オレが?ーーふふ、どう思う?」

どうって。だって、見るからに怒ってる。やっぱり、さっきまで考えていたことは間違いじゃなかったみたいだ。ごめんなさい、震えた声で伝える。

「知らない子がいたら、嫌ですよね。すみません、最初に言えば良かった」
「…………」
「本当にすみません。なんか、わたし、調子乗ってて」

私の言葉に、フロイド先輩は何も答えない。ただ、小さく、笑った気配がした。

「ーーよく分かってんじゃん、小エビちゃん」

オレ、すっげー傷付いたんだよ。わざわざ部屋に来て、彼女いないのとか聞いてきて、それで一緒にご飯も食べたいとか言うし。オレ、すんごくすんごく嬉しくて、期待したのに。
なのに、行ってみたらなんか知らない奴がウルセーし。でもオレ、頑張ってたでしょ?
だって小エビちゃんの友達だからさあ、そしたらちょっとくらいガマンしなきゃダメだなあって。マジでしんどかったあ、ねえ、どうしてくれんの。

水が流れるように喋っているフロイド先輩の言葉が、わたしの思考をどんどん狭めていく。だって、そんな言い方。もしかしてって思ってしまう。まさか先輩は、わたしが。

「チョーシ乗ってるっていうかさあ、小エビちゃんも中々いい性格してるよね。オレが小エビちゃんのこと好きなの知ってて、オレのことが好きなあの子を連れてきたんでしょ。見せびらかそうと思ったの?」
「ち、ちが、違います。わたし、そんな」
「いーよ、いい子ちゃんぶらなくてさあ。それともなあに、オレが小エビちゃんのこと好きなの、知らなかったとかいうわけ?」

言葉も返せなくなって、フロイド先輩の言葉にこくこくと頷く。フロイド先輩は、にんまりと笑みを深くした。闇の中ではっきりと見える黄色い瞳。それがどんどん近づいて、わたしの逃げ場を無くしてしまう。

「じゃあ、今日はその言葉信じてあげるよ。好きな子の言ってることだしね」

だから、と先輩が続ける。牙の生えた彼の口が、がぱりと開く。みっともなく震えている両の手を、フロイド先輩の大きな手が包み込んだ。安心させるような仕草と、あたたかな体温と、それとは正反対の捕食者の表情。

「教えてあげんね。オレは、小エビちゃんが、だーいすきだよ、って」

ーーああ、もう、どうにでもなってしまえよ。
フロイド先輩の唇が、わたしのそれに噛みついた。なんで、もう。すごい柔らかいじゃん。



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