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友情と言えばコレ



 清掃ボランティアが終わってから早数日。あれから特に大きな出来事はなく、通常通り日々は過ぎていく。唯一変化があったとすれば、鶴谷さんからの挨拶に驚かなくなったことだ。だって毎回挨拶される度に肩をビクッ、と跳ねさせるのって失礼だし……。ああ、あと――

「タカやん、鶴谷さん、おはよーっす!」
「ああ、おはよう。コウキ」
「おはよう。栗山くん」

 今までクラスの人と殆ど交流を持たなかった鶴谷さんが、コウキやチュウさんとも言葉を交わすようになったことだ。
 
 事の発端は、コウキが今はまっているという音ゲーアプリについて語り出した日に遡る。

『オレ、世界一目指すから』
『は?』

 数日前の放課後、突然スマホを片手に真剣な顔をして宣言して来たコウキに「何言ってんだコイツ」という目を向けた。だがコウキはポジティブが服を着てダンスをしているような男だ。こちらの訝る視線をものともせず、掲げていたスマホの画面を見せてきた。

『この音ゲーマジやばいんだって!』
『音ゲー?』

 正直、音ゲーは苦手だ。リズム感がないことに加え、反射神経もよくないから落ちてくるバーを目で追いきれない。だからタップも遅れる。結果的にスコアは伸びず、評価も上がらないからプレイすることはなかった。
 だけどコウキはゲーム好きなだけあってどんなジャンルでもプレイする。特に俺が苦手な反射神経が必要とされるゲームや、判断力や直感が働くものも得意だ。あの、あれ。FPSとか。ホラーゲームなんかも大好きだ。
 流石に乙女ゲームはやったことないみたいだけど(同性、しかもイケメンに耳が痒くなる台詞を沢山言われるのが苦痛なんだとか)ギャルゲーはやったことがあるらしい。
 まあ、結局のところ頭がよくないと出来ないゲーム以外は大体手を出していると言える。(囲碁や将棋も頭を使うので苦手らしい)

 で。そんなコウキが嬉々として語ったのが、最近リリースされたばかりという音ゲーアプリだった。
 音ゲー自体は沢山あるし、斬新なシステムや耳に心地いいサウンドを扱っているものも沢山ある。が、コウキ曰くこのアプリは特に『難易度が高い曲が最高に楽しい』のだとか。

『やっべえんだってコレ! マジ脳汁ドッバドバだから!』
『脳汁って……アドレナリンって言えよな』
『いーから聞けって! つーかタカやんもやってみ! イージーはマジで簡単だから、音痴でリズム感のないタカやんでも出来るって』

 全然フォローになっていないうえ、プレゼンの仕方が最高に下手くそだったから元々なかったヤル気が更にマイナスになった。だけどこっちのテンション急下降に気付かなかったコウキは小躍りでもしそうな上機嫌さでアプリを起動させると、俺に見せるためかイージーモードでゲームを始めた。

『ほら、イージーだと下りて来るバーが三つだけだから、タカやんでも絶対出来るって』
『適当言いやがって』

 目の前で始まったプレイと解説に半ば呆れながらも付き合っていると、隣の席だったから聞こえていたらしい。帰り支度を進めていた鶴谷さんが不意にこちらを向いた。

『それ、ピアノを習ったことがある人ならすぐに出来そうね』
『へ?』
『え?』

 俺とコウキが同時に画面から顔を上げて鶴谷さんを見れば、彼女は俺たちの視線をものともせずに『それ』とスマホを指さした。

『ピアノの鍵盤に似てるから。案外覚えたら簡単かもしれないわよ?』
『な、なにをう?! 鶴谷さん、音ゲーを舐めてもらっちゃあ困るぜ!』

 この日、チュウさんは家の事情で早々と帰宅していた。それに、普段意味もなく遊びに来る野瀬くんも来ておらず、委員会もなかった。だから鶴谷さんも暇だったのだろう。あるいは興味惹かれただけなのか。とにかく、威勢よく言い返すコウキを一瞥した後手を出した。

『貸して。私がやってみるから』
『へ?』

 その日二度目の『へ?』を口にする俺だったが、対抗心に火がついたらしい。コウキは『どうぞ!』と威勢よくスマホを差し出した。
 鶴谷さんは真っすぐ差し出されたスマホを躊躇なく受け取ると、それを自身の机ではなく俺の机の上に置き、自分の椅子を引っ張って来て俺の斜め横に座った。

『私もこの手のゲームは始めてやるけど、これぐらいならすぐできると思うわ』
『ほっほーう? それじゃあお手並み拝見と行こうじゃないっすか!』

 腕を組んで上から目線を意識するコウキだったけど、鶴谷さんは画面しか見ていなくて気付く様子はなかった。
 そうして適当に選ばれた曲が始まると共に落ちてくる大量の音源たち――。
 見ているだけで気が遠くなりそうな画面に俺はすぐさま白目をむいたのだが、驚くことに鶴谷さんは白くて細い指を蝶の羽のように動かしながら画面をタップし始めた。

『お、おお? 意外とやりますな……』

 集中しているのだろう。無言で画面をタップし続ける鶴谷さんの指に迷いはない。時々落ちてくる音源の位置を確認するかのように視線が上下するが、それでも戸惑うことも酷いミスもすることなく、初プレイとは思えないほどの高得点を叩き出した。

『ほら、出来た』
『ぐぬ……! 俺の初回プレイより得点がいい……!』

 悔しがるコウキとは反対に、鶴谷さんは軽く指を曲げ伸ばしすると珍しく好戦的な笑みを浮かべてこう言った。

『当然でしょ? 私、昔ピアノ習ってたんだから』

 ――鶴谷さんは、案外負けず嫌いらしい。

 それをキッカケにコウキとも話をするようになり、今では対戦仲間になっている。

「今日こそ勝つ!!」
「昨日も私の勝ちだったじゃない」
「いや! 今日こそ絶対オレが勝つから!!」
「……何で俺の机の上でやるの?」

 朝のHRが終わり、移動教室じゃないのをいいことに二人が俺の机の上で対戦を始める。だから一応突っ込んでみたのだが、先生が来る前の僅かな事件で一ゲームしたいらしい。真剣な眼差しで画面を見つめ、忙しなく指先を動かす二人に溜息しか出て来ない。

「今日もやってるねぇ」
「チュウさんも何か言ってよ」
「え〜? でも楽しそうだからよくない?」
「よくないよ……」

 せめて自分の机の上で対戦してくれ。
 肩を落としつつ呟けば、決着がついたらしい。コウキが「ぐあーっ! 負けたー!」と両手で頭を抱えてのけ反りながら叫び、鶴谷さんは満足げに口角を上げた。

「今日も私の勝ちね、栗山くん」
「くっそー! 鶴谷さんマジ強えぇ〜!」

 どうやら今日も負けたらしい。
 スマホを片手にすごすごと席に戻るコウキの背を目で追えば、鶴谷さんも満足そうにスマホを鞄に戻して教科書を取り出した。

「正直、今までああいうのまともにしたことなかったんだけど、案外楽しいわね」
「え? そうなんですか?」
「ええ。アプリもゲームも、興味がなかったから」

 じゃあ、今回はどうして食いついたんだろう。
 不思議に思いながらも聞く前にチャイムが鳴ってしまい、同時に入室して来た教師に「席つけー」と声をかけられ、結局聞けなかった。
 それでもあまり、勉強をしている以外の姿を見たことがなかったから、この時間が少しでも彼女の息抜きになっているのならそれはそれでいいのかもしれない。なんて思いながら号令に合わせて席を立った。



2022/07/26 23:13
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