贖罪のデザイア

その意味は、】の裏話になります。
そちらを読んでいない方は、そちらからお読みくださいませ。
閲覧は“自己責任”でお願いいたします。




これは、レイジングエンターテインメント所属のアイドルグループ、HE★VENSとして活躍している“皇綺羅”の、同級生だった“俺”の昔話。

画面の中に映る綺羅は、あの頃と変わらなかった。無表情で、凛としていて、丁寧に喋る。表情は乏しいが綺羅の人柄が冷たいわけではなく、寧ろ話してみると個性的で面白い奴。俺と綺羅は、特別仲がいいとか親友だとか、そんな名前の付くような関係ではないが、俺は他の奴等が知らない綺羅を知っていた。

高知にある、ごく普通の高校に通っていた俺はごく平凡な生活を送っていた。綺羅とは同じクラスで、席が近いこともあって休み時間だとか放課後に多少話す程度の関わり。それでも塵も積もれば山となると言ったもので、他の奴らよりはコミュニケーションが取れているような気がした。昨日見た猫の動画が可愛かったとか、休みに寺に行ってきたとか、体育の成績はいいのに実はそんな好きじゃないとか、話す内容は様々でどうも男子高校生さには欠けるがそこがまた綺羅らしいといえば府に落ちる。

「今日の数学ぜんっぜんわかんなかったんだけど俺だけ?」
「…教え方が、悪い」
「だよな」

俺は大きくため息をつく。ホームルームの終わりを知らせる鐘が鳴り、椅子を動かす音や話し声で教室は溢れかえった。俺も帰ろうとバッグを持ったところでスピーカーから教師の声が聞こえたと思ったら、内容は俺の所属する委員会の召集で鬱々とする。綺羅に“また明日”と声をかけ、教室を出た。

気がつけば結構な時間が経っていて、日が伸びたこの季節でも辺りは薄暗くちかちかと街頭が光る。暗くなる前に早く帰ろうと、いつもより少し早く足を動かした。

歩き慣れた道にバカでかい家があるのは知っていた。というか道からは門しか見えなくて、肝心の家がどうなっているだとかそんなところは見えない。しかし、見えないということはやっぱりでかいのだ。それくらいの認識しかなかったのだが、今日それが変わる。

「え、綺羅じゃん」

門の前に車が一台、それと綺羅。なんでわかるかって、見た目もそうだが遠くからでもその姿勢の良さとか、物腰の柔らかさとか、そういうところが見慣れたそれだった。まだ学校の制服を着ていて、車と門に挟まれたそこで誰かと話している。俺はなんだか気づかれてはいけないような気がして、息を潜め様子を伺った。

空に浮かぶ大きな月が夜道を照らす。今日は満月だったのか、こんな状況で今さら気づく。そんな明るい月に照らされた綺羅の表情はなんとも柔らかく、学校では見ることの出来ない顔だった。と、不意に綺羅の影から話し相手であったであろう 人間が出てきた。

女性だ。

今まで密かに女子から支持を得ていた綺羅だが、浮いた話は一切なかった。アタックしては玉砕している女子が続出し、そんな噂を聞く度に、こいつは女とか彼女とかに興味がないんだろうな、と勝手に俺は思っていたのだ。だが、目の前にいるのは紛れもなく女性で、ここら辺では有名な女子高の制服を着ている。様子からして姉や妹の類ではないだろう。女性は綺羅に手を振ると、停まっていた車の中に乗り込み、綺羅もゆっくり手を振り返すと、スムーズに動き出した車が見えなくなるまでそこに立っていた。

あの女性は誰なのか、気にならない訳ではない。先生の声とチョークが黒板にぶつかる音が響く教室で昨日のことを思い出していた。あの家が綺羅の家だってことも相当驚いたが、それよりも何よりも健全な男子高校生としてはあの女性の方が自分の興味を惹く。

「あのさ、昨日の帰り、たまたまお前のこと見かけたんだよ。あのでっかい家って綺羅の家だったのな」
「……知らない方が、珍しいな」
「まじか」
「あぁ、…人は、噂が好きだからな」

休み時間、いつも通り騒がしい教室、窓から入る日光、次の授業の準備をする綺羅。俺と綺羅はお互い家のことを話したことがなかったかも知れない。どこかでそんな話をしたのなら、俺はこいつの物悲しげな顔をきっと覚えているはずだと、そう思った。なんの考えなしにこの話をしたのは間違いだったか、と後悔するが口に出してしまったからにはあの女性のことも聞いてみたいと俺の好奇心が疼く。

「……、彼女のこと、か?」

綺羅のノートをめくる手は止まらない。ただ、一瞬だけその金色の目と俺の目が交差した。

「え?」
「…見ていたんじゃ、ないのか?お前、…さっきから目が、泳いでるぞ」

ふっ、と綺羅の口元が緩む。そんなこいつとは裏腹に俺の心臓はどくどくと激しく脈を打つ。好奇心はあったものの、いざ相手から話を振られると人間はこうも酷く動揺するものなんだな。綺羅によって投げ掛けられた質問に嘘をつく必要はなく、俺はおとなしく隠れて見ていたことを謝り彼女が誰なのか訪ねた。

「幼馴染み、だ」

そう言った瞬間、授業が始まるチャイムが鳴った。

綺羅がなんで俺にあの女性の話をしてくれたのかは謎だが、そのあとの授業が驚くほど記憶にないことは今でも覚えている。幼馴染み、そう言った綺羅の顔には恐らくいろいろな感情が含まれていたのだろう。彼女に対する幼馴染みとしての感情だけではなく、異性としての愛情。薄っぺらい人生を歩んでいた俺にもわかるような、あからさまな恋慕の情。あいつはあのとき、いや、それ以前から学生同士のちんけな恋愛ごっこなんて視界には入っていなくて、幼馴染みの彼女のことを一生を添い遂げる相手として考えていたはずだった。

テレビの中でキラキラとした衣装を着て、人々を魅了する歌を歌う綺羅は変わらない。かくいう俺は高校を卒業し、有名大学に進学して、その後は実家の企業に勤めた。学生が終わってからというものの、親に甘えて生きていた時間を返上するような忙しない生活を送っている。社長の息子ということもあってコネだなんだ言われるが、そんなこと俺が知るか。

そんなある日、お見合い話が舞い込んだ。同い年の、可愛いというよりは綺麗な女性。お互い断る理由もなく、あれよあれよと話が進み俺のこれからの人生を彼女に預けた。そして結婚に必要なことがすべて終わったある日、彼女は数日間だけ実家に戻った。俺は引き留める理由もなく、快く送り出す。

実家から帰ってきた彼女は特に変わったようすはなかったのだが、ひとつだけ気になることがあった。リビングの一番目立つ場所に飾られた一輪の薔薇。

「綺麗だな、その薔薇」
「でしょう?贈り物なのよ」
「誰からだ?」
「私の、幼馴染みから」

結婚してから聞いた彼女の話の中には、よく“幼馴染み”が出てきた。その話を聞くたびに、俺は綺羅のことを思い出し、彼女に罪悪感を抱き続けるのだろう。

「よかったな、名前」



贖罪のデザイア
(俺の事なんて忘れて、あわよくば逃げてくれ)




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