エスナティック

職業アイドルな彼氏の貴重な一日オフの日に、私の休みを許してくれなかった会社は後日呪うことに決めた。今日も朝からたくさん働いたな、と大きく伸びをする。

会社を出る前に疲れた脚で向かうのは御手洗で、どれだけ疲れていても化粧直しはしなくてはいけない使命感に駆られた。というのも、一日オフだったにも関わらず朝から私の家で過ごしている彼がいるからであって、普段なら一目散に帰り秒でお風呂に入ってしまう。洗面台の大きな鏡の前に立つ自分は綺麗に見えるだろうか、疲れた顔をしていないだろうか、そんなことを頭の隅で考えながらお気に入りの口紅を手に取る。彼氏の前では、可愛くありたい。

いつも寄り道する本屋さんや、ご褒美のスイーツを買うコンビニ、少しでも早く会いたくて今日はどこにも寄らないで家への道を歩く。最寄り駅近くの大きな公園で子供たちが遊んでいるのを微笑ましく思えるくらいには心が豊かだった。日が長くなったと沈みかけている太陽と不思議な色をした空を見て思う。

「ただいまぁ」

いつもは重く感じる自宅の扉も、綺羅が家にいるという事実があるだけでなぜか軽く感じた。ただいま、といえることに感謝しながらにこにことリビングへ行くと綺羅の姿がない。とりあえず鞄や上着を脱いで寝室に行くと、ベッドの上で布団を抱えながら可愛らしく丸まっている綺羅を見つけた。布団を自分に掛けてないあたり寝るつもりがなかったことがうかがえる。

なるべく起こさないようにゆっくりベッドに近づいて彼の傍らに座る。彼のふわふわな髪の毛に触れても気がつかない。自分の部屋に彼がいる幸せを噛み締めながら、優しく頭を撫でると少しだけ身じろぎをした。

「…かわいいなぁ」

日頃アイドルとして最上級のパフォーマンスをするために、空いている時間はレッスンに費やすだけはあって疲れが溜まっているんだろう。キラキラと輝いてる綺羅ももちろん好きだけど、こうやって私にしか見せない顔はもっと好き。このささいな時間も私を幸せにしてくれる、大切な時間。

もう少し寝かせてあげようと思い、ベッドから腰を浮かせたとき、ガサッと綺羅が動いた。そして私が振り返るよりも先に腰を捕まれてそのまま抱き寄せられる。

「ちょ、あぶな」
「……おかえり」

ただいま、と少し呆れ気味に微笑みながら言うと満足したように頷く。寝起きだからか彼の声は少し掠れていて、なんだかえろいなぁと思ったがその考えは頭の隅に追いやる。そのまま逞しい腕に引っ張られ、今まで寝ていた場所に一緒に寝転がるように強引に後ろから抱きかかえられた。さっきまで彼の腕の中にあった布団が床に落ちる。

「ゆっくり休めた?」
「……あぁ…、時間がありすぎて……逆に困った……」

まだちゃんと起きてないのか、いつもより話す速度がゆっくりで愛らしい。私はすっぽりと彼の中に埋まってしまう。180cmもある彼との体格差には慣れたし、包まれている感覚が私の心まで包んでいるようで大好きだった。

「…名前も、お疲れさま…」

彼の手が私の頭を何回も撫でてくれる。小さく、よしよし、と言いながら。疲れきった身体に彼の声は毒で、今なら何処まででも堕ちてゆけるような気がする。私も小さくありがと、と言って身体をもぞもぞと動かし、綺羅と向かい合うように体制を変えた。

「綺羅の匂い、落ち着く」

抱き締められたときからずっと鼻腔を刺激してくる彼の暖かい香りに引き寄せられるように、私は綺羅の胸板に顔を埋めた。少しだけ心臓が早く動いている彼は、優しく背中に腕をまわしてくれる。綺羅のことが好き、という感情が溢れでて苦しいなと思ってしまうほどに、私は綺羅に心底惚れている。

ギシッ…と私たちが動くたびにベッドが軋む音が部屋に響く。ずっとこうしているのもとっても幸せでいいんだけど、ご飯だったりお風呂を済まさなくては。私はまた目を瞑っている綺羅の唇に触れて起き上がろうとした。

「……ずるい」
「え?」
「…そんなことされて……離すわけが、ない」

微かに開けられた瞼から覗く金色の瞳に魅せられて、私はまたゆっくりと彼の元に戻る。少し離れた身体の距離は最初よりもずっと近くなった。

またベッドに戻った私に彼は覆い被さるように身体を起こすと、さっきのキスでは足りないというように唇を重ねてきた。でも触れたそれはとっても優しくて、その優しさに頬が緩んでしまう。私はそれに答えるように、綺羅の首に腕を回した。

「貴方には、到底かないそうにないなぁ」
「それは……、お互い様、だ」

私に甘い綺羅が好きだし、綺羅に甘い私も、好き。



エスナティック
(疲れたときは、思い出して)




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