赤い肌

綺麗だと思う。俺とは違い、ころころと変わる表情に話す度によく動く身体。口下手な俺とは全く正反対のような彼女に惹かれたのはいつからだったか。

俺たちの共有スペースで今度のタイアップに使う曲の相談をしようと声をかけたのは瑛一だった。いつもの会議室に先客がいて、それでも今日しか全員が集まれる日がなかったが故の選択だが、新鮮で俺はいいと思う。

「私はね、あなたのお母さんじゃないのよ」
「えー、でもお母さんみたいなもんじゃん?HE★VENSのお母さん」

ナギは名前のことを気に入っている。身長こそ変わらないが年の離れた姉弟みたいで、ナギの性格をよく理解しているし気さくになんでも相談できる、らしい。いつだったかナギ自身が話していた。あの警戒心が強いシオンでさえ、心を許している。俺らからの信頼が一番厚い作曲家であることは、第三者から見ても明白だった。

「こんな手に負えない子供たちを持った覚えはありません」
「おい、俺らも入ってんじゃねぇーか!」
「自覚あるんじゃない」
「ぐっ」

先ほどから言い争っているのは、ナギが名前の作ったご飯が食べたいと言い出したのがきっかけだ。名前が来る直前に今日の夕飯の話をしていたから。

「まぁまぁ、それくらいにしておいて。ナギも名前に甘えたいのはわかるけど、とりあえずお仕事の話をしよう?」
「あっ、甘えたいわけじゃないもん!」

瑛二のそのひとことでナギは掴んでいた彼女の腕を離した。名前は持ってきた鞄を持ち直していつも通り俺の隣に腰を下ろす。なぜか初めて会った時から俺の隣の席は彼女の特等席になっていて、ほかのメンバーが気を遣って俺の隣をあけるくらいには浸透している。彼女の体重がかかったソファは軽く沈んだ。

「はいはい、後で構ってあげるから。で、今回のタイアップの曲なんだけどね…」

書類を鞄から出すその行動まで愛おしく思えた。女性特有の細長い指が紙の上を滑り、隣に座ってるせいで視界の大半を彼女が奪って自身の鼓動が早くなるを感じる。自分がこんなにも彼女のことを想っていたのかと疑ってしまうくらいには信じられないことだった。

「で、綺羅のソロを入れたいんだけど…。綺羅?」
「っ、…あぁ…」
「聞いてた?」
「いや、すまない…」

名前のことを見てたから、なんて言えるわけがなくて俺はただ謝ることしか出来なかった。

「具合でも悪い?大丈夫?」

彼女は俺の頭を撫でて心配そうに顔を覗いた。少し俺が年下だからとこんな扱いをするのが嫌な気持ちもあるが、嬉しくて恥ずかしい気持ちの方が勝ってしまって頬が熱くなってしまう。

「…大丈夫だ、すまないが…もう一度いいだろうか」
「今回のCMが女性用化粧品でしょ?それでこのメーカーはセクシーさが売り。1番も2番もBメロにソロ入れてるんだけど、そこはセクシー担当の綺羅に歌ってもらえないかなって。まぁCMに入るかはわからないけど」
「俺は…セクシー担当、だったのか?」
「え、違った?」

彼女はら発せられた言葉に思わず疑問で返してしまう。少し、嬉しかったのかもしれない。先程みたいに年下扱いしていながら、彼女の中では俺はそんなふうに見えていたのかと思うと収まってきた鼓動がまた早くなる。

「ワイが居るで、名前ちゃんっ」
「ヴァンはお笑い担当でしょ?」
「それ歌関係あらへんがな!」

ヴァンがそんなふうに彼女に言うが本当にそうだと思った。嘘をついているにも思えなくて、俺はただ名前の言葉に翻弄される。

「名前が、……そう言うなら」
「えへへ、ありがと!」

純粋な笑顔に俺の心が満たされる。瑛一がこちらを見てニヤニヤしている気がするが俺は気づかない振りをした。そのあとも彼女は、ここのソロはヴァンに譲ってあげるとかここはきっと瑛二がいいとか、本当に俺たちのことが、歌が好きなんだなとわかる。

話はそのまま盛り上がり、ほかのメンバーが意見を出し合っていた。彼女はそれをすべて文字にしていく。そんな彼女の横顔を俺はただ見つめるだけ。綺麗だなと、好きだ、と。そう思っていたつもりだった。

「え、?」
「……?」

こちらを振り返った彼女は頬を赤く染めていて、俺のことを見つめていた。もしかして…

「声に………出ていた……?」

綺麗だとか好きだとか。知らないうちに声に出していたのかもしれない。それしか心当たりがない。次第に自分の頬も熱くなるのがわかって思わず両手で顔を覆って下を向いた。

「っ、」
「綺羅どーしたのぉ?やっぱり具合悪いとか?」
「名前も顔が赤いけど、どうかした?」

ナギと瑛二が俺たちに気づいて寄ってきたけど、俺はきっと顔も上げられない。名前が“なんでもないよ”と誤魔化すが、少し遠くで笑っている瑛一には、もうバレているかもしれない。

少し顔を上げて名前を見ると、彼女は俺の下がっている頭を撫でて“私も好きだよ”とみんなに聞こえない声で呟いた。彼女が俺の隣に座る理由が、わかったかもしれない。



赤い肌
(ずっと同じだった)




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