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美しさで翳す正当性

夜の帳がおりた頃。寮室の皆へ視線を向けると、揃いも揃って夢の中だった。それもそのはず。今日──といっても日付は変わっているため昨日にはなるのだが──の授業内容は大層ハードだった。一日中びっしりと詰められた授業に加え、魔法薬学では粗を探され減点され、しまいには目を疑うような宿題の量。提出分の羊皮紙に文字を書き終えた頃には燃え尽きており、談話室の机の上に突っ伏している学生もいた。
ここまで頭を使えば人間眠くもなるのは、当たり前だろう。ベッドに潜り込んだ友人たちは、意識が無くなったかのように眠りについていて、少しの物音では起きる気配が全くない。そして何故だか私だけは眠れずに、ベッドの上で先程から寝返りを繰り返していた。
少し前に友人が寮に持ち込んできた、マグル式の時計が一秒ごとにチクタクと音を立てている。普段生活するうえでは何も気にならないのに、こんな時だけ音に意識が向いてしまう。静まり返った部屋ではいつも以上に大きく聞こえ、魔法で壊してやろうかと思ったのは今日だけで三回目だ。 このままでは針の音でノイローゼになってしまうし、どうせ今夜は眠れないのだ。とことんまで夜更かししてやろうと、勢いよくベッドから立ち上がった。



談話室のソファに腰掛け、近くに置いてあった真紅のクッションを膝の上に乗せる。その上に部屋から持ってきた分厚い本を丁寧に乗せた。あとは近くに紅茶か何か飲み物があれば完璧のはずだが、あいにくそんなものは持ち合わせていないので、今日のところは読書のみで我慢をする。四つ角が擦れるほどの年季が入った本をパラパラと捲り、目線を固定して物語の世界に没頭する。文字を目で追うと眠くなるとはよく言ったものだが、超大作なサスペンスを前に眠いなんて感情は一切沸き起こらなかった。

「先客がいるとは、珍しいな。こんな時間に何をしてるんだい? 」

物語は最終局面に入り、張り巡らせた伏線を回収している時に声がかけられた。本来なら無視をしているところだが、声色を聞く限り読書より優先すべき人物だ。今読んでいるページを忘れないよう、跡がつかない程度に軽く抑えながら振り向く。

「……こんばんは、ジョージ。なんだか寝付けないから、本でも読もうと思って」
「なるほどな。もしまだ寝ないなら、ちょっとだけ付き合ってくれないか? 」
「え? 」
「俺も今日は眠れそうにないんだ。そういう時、いつもなら相棒を叩き起こすけど、どうやら今日はぐっすりみたいでね」

思い返してみれば、彼らは私たちと同じ一日を過ごしているだけでなく、悪戯がばれて罰則も受けていた気がする。それに関しては自業自得だが、同じ量をこなして、なおもけろっとしているジョージの元気さは異常な気がする。

「そうなんだ。叩いても起きないなんて、フレッドもお疲れなのね」
「そういうこと。ってことで、二人で夜の空中散歩と洒落こもうぜ。もちろん名前が嫌じゃなければだけど」
「私、ジョージみたいにクィディッチの選手じゃないし、なんなら箒はかなり苦手な部類よ」
「大丈夫。苦手なことぐらいよーく知ってる。君は俺の運転で優雅に乗ってくれればいいだけさ、……さぁ、お手をどうぞ? 」

少し照れくさそうに、冗談めかした風を装いながら、大きな手のひらが差し出される。誰にでも分け隔てなく接する彼が、私だけに直々のお誘いをしている。嬉しくないわけが無かった。 胸を押し上げる感情に目をつぶりつつ、差し出された手に自らの手を重ねる。初めて触れた体温や感触に戸惑っていると、いつの間にか手はぎゅっと握りこまれ、外へと連れ出されていた。



何を根拠に大丈夫だと、彼は言ったのか。これは全く、全然、一ミリも大丈夫どころの騒ぎではない。彼は私が箒に乗ることが苦手だと知って、二人乗りを提案してくれた。箒の後ろに座り、想い人の腰に腕を回す行為はかなり勇気を振り絞る必要があるが、今の体勢を思えばかわいいものだ。一体全体、何がこうもパニックにさせているのか。
その原因は予想外の体勢にある。私は今、ジョージの前で横向きに座っている。後ろに腰かけようとしたら、「俺は背中に目なんてついていないから、君が落っこちても気づけない」なんて意味不明なことを言われ、強制的に横向きで座らされた。別にそこまではいい。問題はその後だ。
何を思ったのか、彼の片方の手は私の肩を落ちないように抱えていて、もう片方は私の上を通って箒の柄を握っている。つまるところ、これはお姫様抱っこと酷似しているのだ。あと体勢が体勢なだけにお互いの顔が想像以上に近くて、顔が嫌でも赤くなることがわかる。おまけに目のやり場にも困ってしまい、星々がきらめく夜空とジョージの顔を忙しなく行ったり来たりして落ち着かない。

「今日の魔法薬学でこっぴどく怒られたとき、落ち込んでたろ」

私の動揺なんてお構いなしに、前を向いていたジョージがちらりとこちらに視線を向ける。いつもより色濃く見える瞳の色に射抜かれて、言葉につまった。なんて言ったらいいのか分からない。気分が沈んでいたことは確かだし、隠し通していたつもりだった。自分一人に責任が伴う減点ならまだしも、この学校のシステムは寮全体に迷惑が掛かってしまう。過ぎたこととはいえ、今思い出しても申し訳なさや、不甲斐なさが頭を支配する。自分では上手く隠せていたと思ったのだが、それでも聡い彼には伝わってしまっていたようだ。素直に肯定するのはなんだか苦しくて、声が音にならなかった。

「まぁ、言いたくなきゃ言わなくてもいいさ」

抱かれている肩に力が加わる。じわじわと体温が伝わってきて、その熱で心まで解れていく気がした。踏み込んでほしくないとこの引き際が分かっている、そういう優しさを持っている人だ。その上で、気にかけてくれているのが伝わってくる。

「ジョージのそういう優しいとこ、好き」

先ほどから一定の力加減で肩をつかんでいる手に自身のそれを重ねる。後頭部に痛いくらいの視線を感じたが、月明りに照らされた赤い顔を晒すくらいなら、無視した方がましだ。
ゆっくりとも速いとも言えない速度で動かしていた箒が急に止まり、風の揺れだけを感じる。ピタリと動かなくなったジョージを心配して顔をそちら側に向けてみたが、「しまった」と思った時にはもう遅い。ほてっている頬を見せてはいけないと決意したばっかりなのに、してやられたのだ。そうして私は不本意ではあるが、少し呆れている彼と顔を合わせることになった。

「君はここがどこで、どんな状況で、どんな体勢か分かってて言ってるのか?」
「え? 」
「俺は名前が思ってるより悪い男さ。優しいなんて言ってあんまり信用してくれるな」

いきなり動き出した箒によって視界が進み、風を切る音が耳を劈く。静止していたぶん、動いたときの反動が大きく彼の体に頭を勢いよくぶつけ、鈍い痛みが走った。そんな私を置いていくかのように箒はどんどん上昇し、気づいたときにはいつも見ている風景が豆粒くらい小さくなっていた。頭上には少し欠けた月と濃紺がきれいに混ざり合っており、幻想的な空間がこの場を支配している。
少なくとも、好きと伝える場面としては間違っていないはずだ。夜空の中で二人っきり。おまけに、互いの距離は物理的に近いときた。これをロマンチックと言わずとして、何をロマンチックと言うのだろうか。

「ちゃんと、好きって伝えるタイミングと場所は選んだつもりよ。ジョージにはこれがロマンチックに見えないって言うの? 」
「確かに綺麗な景色だし、それを名前に見せてあげたいとは思った……けどそういう意味じゃない」
「じゃあどういうこと? 」
「夜の空とかいう逃げられないところで、不用意に好きとか言うなよ。俺に手出されても知らないからな」


耳元で、低く静かに囁かれた。穏やかながら少しの熱を孕んだ艶やかな音が、鼓膜を震わせて脳へと伝わってくる。意味を理解したとき、背筋がぞくりと震えた。その瞬間、穏やかな風が吹き込み、後ろ髪が散らされていく。あらわになったであろう首筋に粘膜の気配がゆっくりと近づく。素肌に触れる柔らかな感触に、口づけが落とされていると理解をするのには時間がかからなかった。何度も触れてくる唇に合わせて、吐息も首筋にかかってくすぐったい。いきなりのことでどうしたらいいのか分からず、両方の瞳をこれでもかというほどに閉じこんだ。動揺したら落下してしまう。なるべく首に意識が向かないように、耐えることしかできなかった。ばくばくと心臓が暴れている。こんなに密着しているのだ、きっと彼には伝わってしまっているだろう。

「ははっ、リンゴみたいに真っ赤だな」
「いったい、誰のせいだと思ってるの!」
「不用心な君のせいにきまってるだろ」

とんだ悪い魔法使いの誘いに乗ってしまったものだ。この空の旅の間中はきっと彼に好き勝手触られるだろうし、逃げ出したくても逃げ出せないだろう。気づいたときにはもう手遅れで、諦めるしかなかった。