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シガーもシュガーも愛せない

女の子たるもの、身だしなみには指の先まで気を使いたい。服装や髪形はもちろんだが、常に視界に入る部分がお気に入りで溢れていると、気分が明るくなるのだ。自分の部屋に所狭しと置かれている小瓶を手に取りながら、そんな事を考えていた。見た目は何の変哲もない透明の液体だが、少しだけ粘着質なのか瓶の壁面にどろりと付着している。

これは先日ふくろう便で購入したネイルポリッシュで、付属品の羊皮紙には取り扱い方法が達筆な文字で書かれている。若い女性をターゲットにしている割には大人びている筆跡で、何ともちぐはぐな字体だ。説明書によると『瓶の中は透明ですが、塗るとあら不思議。自分好みの色に変化します! 』と書いてあり、おちゃめな魔女が驚いた表情で動いている。どういう仕組みで色が自在に操れるのか分からないが、魔法が使われていることは確かだろう。

コルクの形をした蓋を開けて鼻を近づけると、シンナーのような刺激的な香りが鼻を劈いてきて、思わず顔をしかめる。一瞬で蓋を閉めたからよかったが、長期的にこの匂いを摂取していたら頭がおかしくなりそうだ。魔法で色を変えるなんて素敵な機能をつけるなら、匂いにも気遣うという発想は持ち合わせていなかったのか。それとも機能の副作用なのか。どちらでもよかったが、このままでは密閉された空間に臭いが充満するのも時間の問題だろう。自分一人の部屋ならまだしも、寮室となると友人にも迷惑が掛かるが、それだけは何としても避けたかった。起こりうる最悪な事態に備え小走りで窓に向かって駆け出し、古びた窓を勢いよく開ける。風が入り込むたびに縁がギィギィと不快な音を奏でていた。

寮内でネイルをすることを諦めた私は、必要なものを片手に掴んで開放的な空間を探すべく足を進めた。部屋を覗いては先客がいるかを確認していくが、今の時間はほとんどの教室に人が居座っていた。五回ほど同じ動きをしてようやく見つけた空き教室に入り込み、すべての窓を開けていく。これで外の空気を常に取り込めるため、匂いは軽減されるだろう。

窓に近い部分に腰を掛け、先ほどの小瓶に再び目をやる。歩いているときに揺らしてしまったのか、壁面が先ほどより悲惨な状態になっていた。机の角で瓶底を数回たたいて液体をなだらかにし、蓋を勢いよく持ち上げると中から一体型の筆が顔を出す。
いまだ液体は透明なままだが、取扱説明書によるとここで理想の色を頭に浮かべるらしい。半信半疑の状態で指示通りに、万人受けするような薄い桃色を頭いっぱいに浮かべると、筆に付着した液体はだんだんと色を纏いだしていく。時間にして数秒ほどで透明な液が塗り替えられ、瓶の方も赤と艶やかな白がきれいにマーブル模様を描き、最終的には想像していた通りのパールピンクが視界に入る。その一連の変化は絵具のようで興味深く、気づいたときには子供のように顔を近づけて覗き込んでいた。

一回だけでは飽き足りず、何度も頭の中に別の色を浮かべてみては、瓶の中をせわしなく変化させる。くるくると色が変わる様子は着せ替え人形のようだが、三度目でようやく飽きが訪れた。もとの桃色と寸分も狂いのない色を想像し、瓶の中身を振り出しに戻した状態で自分の利き手と反対の爪に塗布していく。一番広い親指に筆をおき、ゆっくり動かして何度も何度も色を重ねる。
単調な作業のおかげか塗っていくうちに慣れていき、小指を塗るころには要領よく動けていた。一通り塗り終わった後はムラなどを確認して次の工程、ストーンを置いていく。上下左右すべての角度から違和感がないよう、乾きだす前に石を置く位置を決める。光の加減で色を変えるオーロラのパーツは爪の色と良くマッチしていて、自分の理想通りの出来栄えだった。

この調子で筆を持ち替え、利き手側に色を塗っていく。しかし普段使用しない手で塗るというのはたいそう難しく、肌にはみ出しては拭く、の繰り返しだ。その間にネイルポリッシュは中途半端に乾いてしまうため、仕上がりは幼児の塗り絵ぐらいガサツで、ストーンなんて置けたものじゃなかった。親指でこの状態なら、小指を塗ったときは肌一面ピンクに染まってしまうのではないか。右と左の親指を顔の前に持っていき、不格好さに深い溜息が一つこぼれた。

「へたくそだな」

背中越しに人の気配がして、日当たりが良い席には似合わない影が落ちる。外の天気が曇ってきたわけではないため、それは来訪者が至近距離にいることをあらわしていた。

「かしてみろよ」

彼は至極当然のように私の前の椅子に腰を掛け、後ろを向きながら声をかけてくる。見知った顔だ。今でこそ双子の見分けがつくようになったが、昔はどちらがジョージかなんて全く分からなかった。それほどの興味の薄さだったのに、気付けば肥大化した恋心をこじらせているのだから、不思議なものである。こうして、偶然見かけた私に話しかけてくれることにすら一喜一憂しているのなんて彼は知らないのだろう。

「ジョージって誰かにネイルしたことあるの?」
「いや、自分にはもちろんだけどジニーにもしたことないな。名前が最初のお客さんさ」

取扱説明書を手に取った彼は、一通り内容に目を通している。長いまつ毛の影を落としながら真剣に見つめているさまは、悪戯をしてはしゃいでいる姿からは想像もつかなかった。

「仕組みは理解したけど……それにしても、ひどい出来だな」

笑いながら私の片手を取り、彼の手のひらの上にゆっくり重ねられる。少しだけ肌寒くなってきた季節の割に彼の体温は暖かく、じんわりとした熱が手のひら越しに伝わってきた。例の瓶はコットンに垂らすと専用のリムーバーにもなるようで、ジョージによって一本一本落とされていった。そして再び私によって可愛らしい色に変えられたそれを、口をすぼめながら丁寧に塗り重ねていく。雑談が生じないほど集中した様子のまま最後の工程が完成し、左右の指先を比較すると彼の方がはるかに綺麗で女の子としての自信が打ち砕かれた気がした。手先が器用な人は何をやらせてもそつなくこなしてしまうらしい。

「次はどうすればいいんだい? 」

正直やることはほとんど済んでいる。あとはネイルが乾くのを待つのみだ。ただ、もう作業が終わりました、と伝えれば彼は私のもとを去ってしまうかもしれない。せっかく二人で過ごせているのだ。できることならその時間は長く続けたい。

「あとは、この爪を乾かす必要があるの。その間、両手が使えなくって不便で……」

嘘はついていない。本当は風を発生させる魔法を使ってしまえばすぐに乾いてしまうのだが、それはここだけの秘密にしておく。彼が女の子の趣味に疎い人で助かった。

爪が乾く間、二人で他愛もない会話を挟んでいく。彼は口が達者なので沈黙に困るということは一切なく、連想ゲームのように話題が広がる。その心地よさに身を預けていると、ふわりとした風が窓越しに入り込んできた。そよ吹く空気の影響で髪が乱れ、顔に一束遠慮を知らないかのように垂れ落ちてくる。視界の端をちらつく髪にうんざりしたため毛を後ろに戻したかったが、あいにく手は使い物にならない。頭を小さく振ってみたが、なかなか集団に戻る様子を見せてはくれなかった。その一部始終を見ていた彼は、頬杖をついていない方の指で髪を手に取り、私の耳に優しくかけた。手が使えないから、彼が髪をかけてくれたのは親切心の表れなのだろうが、今の私には毒でしかない。髪の毛だけでなく、耳にまで触れられた体温と、長い指による艶っぽいしぐさに鼓動が痛いほど早くなった。これをサラッとやってのけるジョージの経験値が恨めしい。こんなのもう癖になってしまいそうだ。

「案外ネイルってやつは楽しいな」
「楽しんでくれたのならよかった。じゃあ次もやってくれる? 」
「お安い御用さ」



***



今年は三大魔法学校対抗試合の関係でダンスパーティーがある。詳細が伝えられた後、ホグワーツ生はみな色めきだっていた。私もどこか気持ちが浮足立っていて、柄にもなくそわそわしている。周りの声に耳を傾けると、想い人に誘われたとはしゃぐ声や、これをきっかけにアピールするなど決意にあふれた声が聞こえてくる。誘われたい人はいるかと言われて、頭に思い浮かべる人がいないわけではないが、その相手は人気者なのだ。頭の中を支配してくる赤毛を消し去るように首を振ってみたが、心臓が痛むだけだった。
双子の片方は周りに人がいるのもためらわずに、パートナーに申し込みをしたらしい。きっとジョージのほうも恥ずかしげもなく想い人に声をかけているのだろう。あの二人の積極性からして、意中の女の人を誘えないなんてことは、絶対にないはずだ。ダンスパーティーには参加したかったが、彼が自分以外の女の子と踊っている姿なんて見たくもない。そうなる前に、自分から誘えばいいと言われればそれまでだが、あいにくそんな勇気は持ち合わせていなかった。想いを伝えて断られて、もう二度と気軽に話すことも、ネイルをしてくれる時間も無くなるくらいなら、隠し通したほうがましだ。そんな気分と一緒に顔を落として、指先のネイルを見つめながら、無意味に爪同士をこすり合わせた。

「僕とダンスパーティーに行ってくれませんか?」

顔だけでなく、耳まで赤くしながら震えた声で話しかけてきた男の人は、ローブに監督生のバッジがつけられている。何度か選択授業で話したことがあったものの、こんなに顔を赤らめて誘われるような間柄ではないはずだ。もしくは、彼が極度のあがり症か。そんな浅はかな予想を打ち砕くように「ずっと君だけを見ていました」なんて言葉を言われてしまったら、固まるしかできなかった。
少しだけ待ってほしい……乾いた喉で作られた声を聞いた彼は、うなずいてこの場を去っていった。遠ざかっていく背中を確認していたら、急に足の力が抜けてしまい、その場にしゃがみこむことしかできなかった。



***



清涼感ある水色、黄みがかった白、前回はグレージュにした。今日の爪先は何色にしようか。他に意識を向けないと、告白された監督生のことや、未だにジョージのパートナーの名前が明かされていないことばかり考えてしまう。自分のネイルの色について考えることは、一種のリフレッシュみたいなもので幾分気分がよくなった。

「ジョージは何色がいいと思う?」 
「そうだな。近々ダンスパーティーがあるし、ドレスの色に合わせたらどうだい? 」

ドレス姿を一番見せたい人は別の子とダンスを踊るのに、ネイルの色をリンクして意味があるのだろうか。彼のために選んだものを、好きでもない人に披露するなんて惨めじゃないだろうか。そう考えたら、涙のような塩辛い味が心臓から捻り出された気がして、唇をきつく噛んだ。

「ドレスの色……」

着飾ることが好きだった。本当に好きだったのだ。誰の好みとか関係なく、自分の好きなものを身につければ気分が上がる。その楽しみ方を知っている。けれど今、こんなにも苦しめられているのはどうしてだろうか。誰かに見せるなんて考えていなかったのに、私の着飾る原因がすべてジョージに結びついている。ジョージに見てもらえないようでは、意味がない。いつから自分はこんなに弱くなってしまったのだろうか。

「話かえてもいいかい?」
「いいけど……改まって聞くなんて珍しいね」
「まあ、改まる内容だしな。この前監督生に告白されたんだって? 」

予想外の質問のせいで息が変なところに入り込み、濁った咳が口から発せられる。あれは告白だったのだろうか。確かに顔を赤らめてダンスパーティーに誘われたが、明確に好きと言われたわけではない。おまけにその後の関係を促すようなことも言われていない。名目上はただ、ダンスパーティーに誘われただけだ。

「どうしてジョージがそれを知ってるの」
「ホグワーツには口の軽い生徒でいっぱいなのさ」

なるほど。大方誘われていた場面を誰かに見られて、噂感覚でジョージの耳に入ったのだろう。別に隠していたわけじゃないが、なんとなく彼には伝わってほしくなった。

「で、名前はなんて返事をしたんだい? 」

単純な興味なのか。それとも私の話だから気になってくれているのか。彼の真意は表情からは全く読めない。ただふざけている様子は感じとれず、どちらかといえばどこか不機嫌のようで、いつもより声色が数段低い。もちろんだが、あなたのことが好きだから返事に迷っている、なんて言えるはずがないし、好きだと言えるほどの勇気があればとうの昔に伝えている。彼の唇は緩やかに弧を描いているのに、そこから出てくる声は棘が生えているかと思うほどに容赦なく私の胸を突き刺してきた。

「まだ返事をしてないの」
「ふーん、迷ってるのか。じゃあ名前がさらに困ること言ってもいい? 」
「何を言うつもりなの? 」
「その優秀な監督生を振ってきてほしいって俺が言ったら? 」

ずるい。そんなことを言われてしまったら、断るに決まってるじゃないか。彼は他の子と踊るくせに、私はジョージ以外の異性に目を向けることすら許されない。その歪さはおかしいと思うが、振ってくれと好きな人にお願いされたらそうするしかなかった。

「まあ、どうするのかは君次第だしな。あともう一個だけ、来月の爪の色は俺が選んでいい? 」
「何でまた急に。変な色にしないならいいけど」

ジョージが選ぶ色だ。私が嫌がるような派手な虹色を塗って、いたずらに笑う姿が容易に想像できる。それでも断らなかったのは、彼が私のために選んでくれる色がほんの少しだけ気になったからだ。



***



ジョージに施してもらった十二月用のネイルが少しだけ伸びたころ、私は誘ってくれた監督生に直接会って断りを入れてきた。本当は手紙にして梟に届けてもらいたかったが、真摯に向き合ってくれた彼には不誠実な行動だろう。選択授業の後、二人で教室に残ってダンスパーティーには一緒に行けないと伝えた。彼はなんとなく結果を察していたようで、「悩ませちゃってごめん。でもきちんと返事をしてくれてありがとう」と私の目を見て笑いかけてくれた。最後の最後まで誠実な人だった。

監督生を見送った後、私しかいない教室で例の小瓶の蓋を開ける。事前に用意していたコットンでネイルを拭き取って、手入れされた自爪が顔を出す。伸びているとはいえ、まだまだこの色を楽しむことはできたのだが、ジョージに会うための手段が他に思いつかなかった。いつでもどこでも人に囲まれている彼の時間を独占するためには、「ネイルを塗ってもらう」それしかないのだ。いつもより期間が早いけど、きっと彼は何も聞かずに色を塗ってくれるだろう。

殺風景な自分の指先を見て気合いを入れなおし、ジョージを探すためホグワーツ中を歩きまわる。一年生のころはよく迷子になったものだが、今となってはすべて見慣れた風景だ。動く階段や話しかけてくれる絵画を横目に、目的をもって校内をうろつく。その全てが彼との思い出に溢れている場所で、空間ごとジョージに支配されている気がした。

やっと見つけた彼は知らない女の子と仲良さそうに話していた。彼女がジョージのパートナーなのか。目に映る光景に心臓が耳元までせり上がってきたかと思うほどにうるさく悲鳴を上げている。頭の芯だけは燃えるように熱いのに、爪先は冷たい水底に沈んでいくみたいな苦しさに襲われた。これ以上彼が誰かと仲良くしているのを見るなんて耐えられない。恋人でもないのに膨らんでゆく独占欲がむしばんで身動きが取れず、喉がひりついて声をかけることすら出来なかった。ただ視線だけは逸らさないまま、せめてどうかこっちを見て欲しいと、頭の中で思うだけだった。

念が通じたのか、彼の鋭い視線が私の方向いた瞬間、もう私の人生はこれでいいじゃないかと思えた。彼が気まぐれに掻き乱した人生の一つとして、ジョージの魅力を形作る足場の一部にでもなれるのなら、私の人生はもうこれでいい。呪いのように、彼を好きでない自分が一切想像できないのだ。諦めにも似たような焦燥感が胸いっぱいにへばりついて、剥がれそうになかった。

私は遠目からでもわかるよう、両手を前に出し爪をアピールする。ジョージはすぐに合致がいったようで、女の子との会話に区切りをつけた後、私のもとへ駆け寄ってくる。優先してくれた事実になんだか目頭の奥の方が少しだけかすんだ。

「今回は爪の期間が随分と早いな。 仕上がりに不満でもあったかい? 」
「そんなことないよ。ただ、ジョージと話したかったの。話しかける方法がこれしか思いつかなくって」
「用を作らなくたって、会いに来ていいのに」

用がないと会えないはずだ。違う。用がないまま会いに行ってジョージに嫌われるのが怖いのだ。拒絶されたら。私よりも他の子を選んでいる彼を見てしまったら、きっとその重さに耐えられなくなる。

「あのね……監督生のこと断ってきたの」

一見すると何の変哲もない報告だが、先日のやり取りを知っている人からすると、まるでジョージのことが好きだと伝えているようで恥ずかしい。蚊の鳴くような細く発せられた声は、輪郭をまとっていないような音だった。いい加減、腹を括るべきなのだ。私だっていつまでもうじうじ悩むのでなく、前に進みたい。

「そうか」
「それとね、どうしても気になって。ジョージは誰と踊る予定なの? 」
「あー。俺はまだ誰も誘ってない。今から誘おうとしてたのさ」

今からというのは、鈍い私でもわかった。

「俺は名前が思っているほど度胸があるわけじゃない。特に好きな女の子になら慎重にもなるのさ。まあその結果、君が他の男に選ばれそうになったときは、心底腹がたったけどな」

彼の言葉がすべて自分の都合のいいように聞こえてしまう。こんなの、告白されているのと同義じゃないか。愛しさとか苦しさとか、いろんなものをごった煮にしたような感情がせり上がってくる。言葉にできなかった分は、今にも両の目から溢れ出してきそうだ。

「一種の賭けを自分でしていたのさ。もし例の監督生を振ってくれたら、名前をダンスパーティーに誘おうって。というわけで俺と一緒に行ってくれないか?」
「……行く。ジョージと踊りたいってずっと思っていたの」

胸が苦しくて細かく息を吸うが、全然楽にならない。彼は安心したのか気の抜けた顔していて、それすら愛しく思える。本当に、どうかしている。

「ずっと恋愛対象にすら見られてないって思ってたから、何回も諦めようとしてたけど、できなくて、それも苦しいからもうやめようって、もうどうしたらいいのか、」

体の奥から絞り出すように告げた言葉たちは、ひび割れたコップから水が零れ落ちていくみたいに、止まることを知らない。しかしそれが半端に終わったのは、唇が柔らかな熱に覆われたからだ。咄嗟のことに目を瞑る暇もないまま、ゆっくり離れていくジョージの顔をただ、見つめる。

「ねぇ、キスしたい」
「もう、してる」
「もういっかい」

私の答えを聞かずして、再び口を塞がれた。啄むように二度、三度と繰り返した後、間近で見つめ合う。こんなに近くでジョージの瞳を見たことはない。吸い込まれてしまいそうで視線を逸らしたいのに、頬に添えられた手が許してくれなかった。



***



「ダンスパーティー、お洒落するからその時は褒めてくれる? 」
「もちろんだけど、これ以上可愛くなられたら変な虫がつきそうで困るな」

なんて雑談を交わした後、目線の下、爪先を見ると燃えるような赤色のネイルが出来上がっていた。そういえば、次塗る爪色を彼の好きな色にしていいと約束したのだ。他のことで頭がいっぱいですっかり忘れていた。

「ジョージの髪色だ」
「虫よけだな」