×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

しばし雨を帯びた生き物




流行というものは、光の速さで生まれて膨らみ、気づいた頃には廃れていく。つい先日なんて、ぬいぐるみを模したヘアブラシが最先端だったのに、今となっては誰も使用してない。使ってしまえば、時代遅れだと言わんばかりに冷ややかな視線が降ってくるのは間違いないだろう。
ホグワーツではこれがよくある話で、なんら不思議なことではない。乙女心というのは一瞬のときめきを求めて、移り変わりやすいように出来ているのだ。



***



大広間に集められた生徒たちは、談笑しながら食事をとっている。ガチャガチャと食器から発せられる音と、話し声が混ざり合う光景はいつ見ても騒がしく、だけどこれが日常だった。

「大広間にさえ行けば、今の流行が何なのか一目で予想ができる」

これは誰かが言っていた言葉だ。確かにその通りで、生徒のほとんどが同じ時間に同じ場所で集められるということは、似た所有物を探せば必然的にそれが流行だと結びつく。

左右を見渡せば、今回も一目瞭然だった。目に入る女生徒の大半が髪の毛を耳にかけている。髪が食事の邪魔になるから仕方なく、とかそういう訳ではない。なぜなら彼女たちは皆一様に、耳たぶにきらりと輝くような物を自慢げに付けているからだ。
そこから推察できるのは、今ホグワーツで流行っているものは耳につけるアクセサリーで、それもイヤリングではなくピアスのほうであるということ。
大量に開けられた穴や、左右にひとつだけ開けられた穴など人によって個性は出ているが、とにかく穴が開いているという点に関しては共通している。それを見せびらかすために彼女たちは髪の毛を耳にかけているのだ。

では、どうやってピアスを開けたのか。流行り始めた頃は自分で開けたり、友人など身近な人にお願いする生徒が多かったように感じる。それがいつしか、好きな人に開けてもらいたいという欲望が生まれだし、十人に一人くらいは恋人や想い人に開けてもらうようお願いするようになった。開けてもらったあとはその穴に思いを馳せ、例え振られたとしても一時の思い出として心の中に閉まっておくらしい。
そのせいで最近では、ピアスホールを誰に開けてもらったのか、という話題でもちきりだった。



***



使われていない教室に生徒が二人居るのが扉の奥から見える。女の方は何度か見たことがあるが、学年が違うため名前すら知らない。もう一人の男はよく知っている人物で、というよりも有名人のためホグワーツに知らない人はいないだろう。悪戯好きで名を響かせているフレッドだった。

お互いの会話はあまりなく、小声で話しているのかよく聞こえない。それよりも窓から入り込む雨音が煩く、会話を盗み聞こうとするのを邪魔しているかのようだ。
息を殺しながら二人の様子を見ていると、女の方が無防備にも目をつぶり、彼の方に耳を傾けている。状況から察するに、彼女はフレッドにピアスホールを開けてもらおうとしているのだろう。
彼が開ける姿なんてこれっぽっちも見たくないのに、何故だか足が動いてくれない。呼吸も浅くなり、酸素が薄くなった気さえしてくる。さっきまではあんなに雨の音が気になっていたのに、今では全くと言っていいほど耳に入ってこなかった。

彼が誰かの穴を開けている姿を見るのはこれが初めてではない。お願いされて実行している様子を幾度となく見てきた。その度に私の心臓はじくじくとした鈍痛を発している。
フレッドに想いを寄せている子が、みな思い出作りのために開けてもらっている。彼の手によって付けられた傷跡を宝物のように大事にしている。その事実が両肩に重くのしかかってきて、その度に私は身動きが取れなくなってしまっていた。
彼は誰にでも頼まれてしまえば、深い意味など考えずに開けてしまう。そういう人だ。頭の中で分かってはいても心は追いつかず、今もまた苦しめられている。

自分の耳たぶに触れると、穴もなければアクセサリーもない。流行にのって体を傷つけるなんて、若気の至りでしかない。もしかしたら大人になった時に後悔だってするかもしれない。それでも今、私もフレッドに開けてもらわなければいけない気がした。

満足気に帰って行った女子生徒を背に、今度は私がフレッドの元へと近寄る。陽の光が入らない室内は薄暗く、どこかひんやりとしていた。

「ねぇ、フレッド。私のピアスホールも開けてくれたりしない?」

ピアッサーと消毒液。開けてもらうならフレッドだと決めたまま、偶然にも今日持ち歩いていた。それを机の上に並べ、彼が受け取ってくれるのをじっと待つ。
誰にでもお願いされたら断らない人だ。きっと私の穴も簡単に開けてくれるのだろう。その穴を一人で大事に抱えこみ、定期的に思い出す覚悟は出来ている。
なのに、彼の口からは予想に反した言葉が発せられた。

「ん? 嫌だけど」

辛辣な発言にスカートが皺になるのも気にしないで掴んだ。道具さえ用意したら開けてもらえるものだと信じて疑わなかったので、彼の発言が全く受け入れられない。

「……どうして? フレッドが女の子たちにピアスホールを開けてあげているのを散々見てきたけど」

勝手に良好な関係を築けている思っていたが、実際にはフレッドは私のことを嫌っていたのだろうか。どれだけ考えても彼が拒否する理由が分からなくて、歯を食いしばる。独りよがりの自分の想いが惨めさを掻き立てて、心が暗く沈んだ。

「理由を聞かれても、ダメなものはダメとしか言いようがないからな。とにかく君のは開けたくない」

私には思い出作りの権利すら与えて貰えないらしい。その事実がだんだんと心を蝕んでいく。目頭は熱くなり、下を向くと涙が垂れる気がした。絶対に泣きたくないのに気づいたら重力に従ってしまいそうで、耐えるように下唇を噛みながら彼を睨む。

「じゃあ、フレッドには頼まない。そうやってせいぜい他の子のピアスホールでも開けてあげればいいのよ」

渡すはずだった道具を苛立ちに任せながら、雑に掴んでフレッドから離れる。勢いよく立ち去ろうとすると、動きに合わせてスカートが揺れた。物に当たるなんて子供がすることだと思っていたけれど、心臓が重さに押し付けられていて優しくなれそうにない。
今すぐこの場から居なくなりたかった。私とフレッドの記憶を丸ごと消して、まっさらの状態に戻したいとすら思える。
その一心で彼の元から去ろうと片足を動かした時、突然手首に圧迫感が加えられた。それはフレッドの手のひらによるもので、骨が軋むほどに締め付けてくる。きりきりとした痛みが手首に伝わりだすが、それよりも心の方が苦しくて、痛みが鈍っていた。

「……なんでそんなに怒ってるんだよ」
「別に怒ってなんかない」

素直ではない私に対して、彼は呆れたようなため息をつく。めんどくさいと思っているなら、私に構うことなく見送ればよかったじゃないか。ため息をついてまでご機嫌取りをして欲しいなんて、こちらも思っていない。
室内の音がすべて止み、頬にぴりぴりとした痺れが走る。場の空気が余計に悪くなるのを感じた。

「いーや、怒ってるね。何年君と友人をやってきたと思ってるんだ。嘘つく時の癖とか、イラついてる時の仕草とか全部知ってる」

腕の力が緩められたかと思うと、掴んでいた部分を彼の親指が緩く撫でてくる。猫をなだめるかのように優しく撫でられてしまえば、張り詰めていた心が緩み、素直になるしかなかった。彼は本当に私の扱いに長けている。

「……フレッドが、私には開けようとしてくれないから」

その発言を聞くや否や、目の前の人は何とも言えない渋い顔を作った。ついには私に触れていない手で自分の頭を支えるかのようにして、困っているような素振りを見せる。再びため息を一つついたが、先程のとは意味合いが異なるのだろう。口をぱくぱくしながら、言葉を選んでいるようだった。

「……俺の手で君を傷つけたくないんだ。君にとってピアスホールはお洒落のためのものかもしれないけど、俺には傷にしか見えない。好きな子に穴を開ける馬鹿な男になんて俺はなりたくないんでね」

それくらいには大切に思ってるという表れなのか、フレッドは優しく私の耳たぶに触れる。しっかりと触りこまれない温もりはなんだかくすぐったくて、少しぞわぞわした。

視線をあげれば執着心が取り憑いたみたいに、鋭く光る瞳と合致する。その瞳が訴える情熱に、ぞくりとしたものが背筋を駆け上がってきた。
この人は、私だからピアスホールを開けたくないらしい。私の事を傷つけたくないから。私の事が好きだから。その全てが予想外で、思わず息を呑む。甘い痺れが胸に走ってきて、歓喜でどうにかなりそうだ。

「でも他の子は、フレッドの手で一生残る傷をつけて貰えるのずるいと思う」
「あー、それに関してはうん。まぁ、ごめん。君が嫌って言うなら今後はしない。だから開けてくれるなよ」

元々フレッドがピアスホールを開けてくれないのなら、友人に頼もうと考えていた。だから何にせよ、開けようとは思っていたのだ。それなのに、彼の中ではいつの間にか開けない方向へと話が進められている。おかしい。

「ねぇ、フレッド。私、フレッドが開けてくれないなら、別の人に頼もうと思ってたのだけど」
「だからたった今、開けるなよって言っただろう? 俺はわがままなんだ。君のピアスホールを開けたくないし、かといって他のやつが開けるのも見たくない。諦めて君が折れてくれ」

手に持っていたピアッサー諸々道具類は、いつの間にかフレッドの手の中に移っている。この人にとってはもう必要の無いもののため、雑にポケットの中に突っ込まれてしまい、私の元へと戻ってくることはない。
そのまま彼の手は、私の耳元を目掛けて再び伸びてくる。周辺の髪の毛を柔らかく摘み、手櫛でとくように滑らした後、それらは耳にかけられた。耳の上部に触れているフレッドの指先はかさついていて熱を持ち、反応して自分の体温まで上昇してくる。顕になった耳は部屋のひんやりさを取り込んでいて、体の中で唯一の冷たさを纏っていた。

髪の毛を耳にかけられてしまえば、穴がないのがひと目でわかる。流行りの要素なんて微塵もない。
それでも目の前の人が愛おしそうに笑ってきたから、私の中では満たされてしまった。