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微睡むときはみな天使




黒煙とともにガラスの破片が光を纏い、無惨に散っている。一拍前には驚くような轟音が鳴り響き、火薬の匂いが嫌という程に充満していた。つい先程までは澄み切った青空が伺えたのに、周りが荒れ狂っていてそれどころでは無い。曇る視界が、頬に触れる熱風が、たった今外で爆発が起きたことを告げていた。

ここまで大規模な爆裂は少ないにしろ、ホグワーツでは日常茶飯事な光景のため、被害の割に動揺している生徒は少ない。それもそのはず。この事故を起こした原因に、全員揃って心当たりがあるからだ。

首謀者の二人は外でジョークグッズの開発と称して、先程から実験を行っていた。成功率は五分五分といったところで、今回は見事に失敗を引き当てたらしい。ありえない爆風を起こし、教室の一部が破壊され粉々になり、今に至るという訳だ。

そこに運悪く立ち止まっていた私は、まんまと事故に巻き込まれてしまった。逃げれば良かったのだが気づいた時にはもう遅く、一面ガラスの海だった。人間というのは愚かな生き物で、身の危険を感じると手足が全くと言っていいほど機能しなくなるらしい。出来たことといえば、腰が抜けてぺたりと床に座ることだけだった。

外から入り込んできた煙が落ち着いた頃、タイミングを見計らったかのように二つのシルエットが浮び上がる。例の双子が、元々ガラスのあった窓から身を乗り出していた。彼らは視線を左右に動かし、自分たちが起こした被害を把握しているような素振りを見せている。
今回はなかなか酷そうだと呟いて顔を見合わせた後、視線が同時に真下へ注がれる。まさか死角に人が座り込んでいるとは思ってもいなかったのか、縮こまっている私を見ると、彼らは目を見開いて動揺していた。

そこからはもう早かった。割れた窓を勢いよく乗り越えて室内に侵入し、慣れた手つきで片付けを始める。フレッドの方は杖を片手にレパロを唱え、ジョージの方は座り込んでいる私の元へと近づいてくる。彼が粉砕したガラスを踏むたびに、じゃりじゃりと音がしていた。

「ごめん。怪我とかしてないかい?」

周りに散らばっていたガラスたちは、フレッドの呪文のおかげで宙を舞っている。一つ一つが光に反射しながら動き出し、多方面に虹を放った幻想的な空間を演出していた。そこに私と目線を合わせるため、しゃがみこんでいるジョージ。未だかつてないほどの至近距離と、きらびやかな周りに充てられて、何故だか胸がざわついた。

怪我と言われて、思い当たる節が無いわけではなかった。自分の手のひらに意識を向けると、座り込んだ時に破片で浅く切った部分が痛みを訴え始める。それでも、これくらいは我慢の範疇だ。むしろここまで大規模な爆発が起こって、被害が切り傷一つで済むなら運が良かったとすら思える。

「大丈夫。驚いて座り込んじゃっただけ」

自分の怪我を見られないよう、手のひらに爪が食い込むほど握りしめる。力を入れることで、じくじくとした痛みが増した気がしたが、けっして表情には出さないようにした。

「手、かして」

両の手のひらを広げながら話しかけるジョージの声は、有無を言わさないようだった。自分と同じ動きをして欲しいと圧をかけ続け、視線は握りしめている手を逸らさずにじっと見ている。上手く隠し通したつもりだったが、聡い彼には気づかれてしまったらしい。
ここで手を差し出さなかったら更に詰められるだろうと思い、諦め半分で彼に見せた。
手には赤い線が一本。縦断するかのように亀裂が入っていた。その傷を見るや否や、彼は私の手首を掴んで立ち上がらせる。そのまま急ぎ足で教室を後にした。道のりからしてマダムポンフリーの所へ向かっているのだろう。
道中の会話が一切ないことと、ジョージの足取りが早いことに少しの恐怖を覚えたが、とても口を開ける雰囲気ではなかった。



***



「この前の怪我、綺麗に治ったかい?」

大広間で食事を終えて寮に戻ろうとしていた時、見知った声が背後から聞こえてきた。人通りが少ない場所を選んで歩いていたため、彼の声はよく響く。

「マダムポンフリーに治してもらったから、ほら。元通り」

あれから数日経ったが、治療をしてもらった手は何事も無かったかのように戻っている。もちろん痛みも無く、日常生活になんら問題はない。
振り返って見せた手のひらは、以前はあったはずの赤い線が綺麗に消えていて、その様子を見ると彼は安心した表情を浮かべた。

「そりゃよかった」

口ではああ言ったものの、見た目だけでは完全に信じることが出来なかったのだろう。ジョージの手が私のそれに触れる。骨ばった指先が、ゆったりとした動作で傷口だった位置を辿っている。まるで無事を確かめるような仕草に、手のひらが熱くなった気がした。

一通り触れ終えてようやく満足したのか、彼は思い出したかのように自分のポケットの中を漁りだす。そうして見つけたものを私の手の上に乗せた。

「お詫びの品だと思って貰っといてくれよ」

透明な包み紙で覆われているのは、可愛らしい色をしたキャンディ。漁るときに一緒になって出てきた悪戯道具や枯葉とは、一層雰囲気の違うものだ。見た目からして女の子が喜ぶようなデザインだったが、悪戯好きのこの人から貰ったものを食べるのは気が引ける。お詫びという体を装って、何か仕掛けを入れ込んでいる可能性が非常に高いのだ。

「そんなに警戒されると困るな。そいつはハニーデュークスで買ったやつだから安心してほしいんだけど」

自嘲気味に笑った彼は、私が悪戯を恐れて口に入れなかった事を察していたらしい。考えが筒抜けだったことに恥ずかしさを覚え、とっさに視線を貰ったお菓子へ移すと、シロップのような香りが漂ってくる気がした。
包み紙を丁寧に破り、中から取り出したキャンディを口に入れる。甘さが口内に満遍なく広がる様を夢中になって堪能していると、目の前のジョージは何故か私の顔を見て笑っていた。



***



それからというもの、ジョージは擦れ違うたびにお菓子をくれるようになった。不思議なことにいつどこで会っても、彼はポケットに一つお菓子を忍ばせているのだ。
最近では貰うことが当たり前になってきているので、手のひらを差し出せば定位置のようにお菓子が置かれる。ちなみに今回はラングドシャだ。これまた不思議な話なのだが、ジョージのポケットに入っているクッキー菓子は、割れたり崩れたりしてそうなのに、今まで一度もそういったものに出会ったことがない。ポケットにお菓子を入れている間は、いつもより丁寧に過ごしてるのかと思ったら、彼の優しさに鼓動が少しだけ早くなった。

ジョージが選ぶお菓子は全て美味しい。私の好みを把握しているのかは分からないが、ちょうど良い甘さ加減で、見た目もこだわって作られているものばかりだ。気づけば今まで貰ったものは全てお気に入りになっていて、最近ではお菓子を見ればジョージを思い出してしまう始末。

ただ、一つだけ。どうしても譲れない問題がある。彼が私にお菓子をくれる理由だ。直接聞いたわけではないが、きっと怪我したことへの罪悪感とか罪滅ぼしとか。そういった類からきているのだろう。怪我自体が大したものではなかったため、彼が背負う必要は何も無いはずなのに。消えたはずの傷が痛む気がして、反対の指で軽く擦った。

今まで理由を聞いてこないまま、曖昧にしてきた。確信に触れてしまったら、ジョージと関われる機会を自ら減らすことになってしまう。それでもこのままズルズル続けるのは良くないため、意を決して思っていたことを口に出す。

「ジョージはいつもお菓子をくれるけど、怪我した責任を感じてるなら、もう十分貰ったし気にしなくて大丈夫よ」

話している途中から、彼の表情が変化していく。私の発言に呆然としているような、少し苛立っているような。それでも穏やかな空気感を作ろうとはしているみたいで、前みたいな有無を言わさない何かがあるわけではない。

「まさか君は、今まで罪滅ぼしのつもりで俺がお菓子を渡してたとでも思ってたりするのかい?」
「……えっと」

そのまさかです、とは口が滑っても言えないため、言い淀むことしか出来なかった。頭上から痛いくらいの視線を感じるが、顔をあげてしまえば咎められるのだろう。そうこうしているうちに、目の前からは呆れたようなため息が聞こえてきた。よほど私の言葉が気に食わないらしい。

「君があの時、怪我を隠したから」

ジョージの返答は予想外だった。いくら考えても、怪我を隠したことと、お菓子を貰えることが繋がらない。続きを催促するように視線をあげれば、彼は眉を下げて困ったような顔をしていた。

「お菓子をあげれば君は嫌でも手のひらを見せてくれるだろう? そうすれば、もし怪我を隠してても気づけると思ったのさ」
「あの……隠してたのはごめんなさい。なるべく大ごとにはしたくなかったから」
「それでも俺は言って欲しかったけど」

多分私は、ジョージの傷つく顔を見たくないのだ。私の傷を見て、この人が自分の事のように顔を痛めるのが分かっていたから、隠し通せるなら隠してしまいたかった。

「最初は罪滅ぼしみたいなつもりも無くは無かったけど、君があんまりにも可愛い顔して食べるから。途中からあげるのが楽しくなってきたのさ。まぁ、何をあげたらいいかハニーデュークスで悩む俺は、フレッドからしたら面白くてしょうがないらしいけど」

散々からかわれたよと軽快に笑っている彼は、私の動揺なんて気にも止めていない。
自分でも正体が分からない感情で溢れ返って、息が出来なくなりそうだった。可愛いと言われて、私にあげたくて渡していると知って、もう頭の中はごちゃごちゃだ。それでも胸は締めつけられるように痛く、ごまかすようにラングドシャをひと口噛んだ。



***



しまった、と思った時にはもう遅く、床には茶色の液体と割れたティーカップが散乱していた。足下からはダージリンの香りが漂っていて、無慈悲にも華やかさを演出している。脇見をしながらテーブルにカップを置こうとした自分の責任だが、これではせっかくのティータイムが台無しだ。
急いで杖を用意し、片付けようとしたところで、踏んだり蹴ったりとはまさにこの事。あの時から何も学習していない私は、再びガラスで指先を切ってしまった。
自分の失態に愕然としたが、起きてしまったことはしょうがない。一先ずジョージにバレないようにどうすればいいのか頭を働かせた。

幸いにも、傷自体は指先に小さな線が一本入っているだけで、よく見ないと分からないようなものだ。一番望ましいのは彼に遭遇する前に完治することだが、多分難しい。となると次はジョージに見つからないよう過ごすしかないのだが、そこで初めて自分が怪我を隠そうとしていたことに気がついた。
彼の傷つく顔が見たくないのは今でも変わっていない。できることなら知らないままでいて欲しいし、要らない心配だってかけたくもない。それと同時に、隠さないで欲しいと言っていた彼を裏切ることも出来なかった。

悩んだところで正解なんてものは浮かび上がらないため、気分転換に廊下を歩く。別に行く宛てが決まっているわけではないが、あのまま部屋に居るのは良くない気がした。
程よく歩き疲れて、鼻に染み付いたダージリンの匂いが薄まった頃、悩みの根源が何の前触れもなく現れた。かっちりと目が会ってしまった以上、無かったことには出来ない。ジョージがこちらへ近づいてくる足音に合わせて、心臓がうるさく波打っている。つま先に自然と力が入り、まるで体から緊張を逃がしているようだ。

意を決して開かれた手のひらは、いつもより震えている。これでは聡い彼に気づかれるのも時間の問題だろう。目をつぶってやり過ごすのを待っていたが、待てど暮らせど手のひらの上にお菓子の重みは落ちてこない。不思議に思って瞼をあけると、そこには苦虫を噛み潰したような歪んだ顔をしたジョージがいた。

「お願いだから、君はもっと自分を大事にしてくれ」

あぁ、やっぱり。ジョージに隠し事はできない。私が何をしても、どんな些細な変化も見落としてはくれないのだろう。

「でもほら、指先を少し切っただけよ」
「言っておくけど、それがもう自分を大事にしてない発言だからな」

ジョージが一歩こちらに近づき、傷口に優しく触れる。手の震えはとっくに止まっていたのに、彼に触れられたことで再び震えてしまいそうだ。

「今日ほど過去の俺を褒め讃えたい日はないね。お菓子をあげる習慣をつけてなかったら、君は絶対に怪我を隠しただろう?」

反論の余地もなかった。実際、習慣づけても隠そうとしていたが、口に出すべきことでは無い。
無言は肯定だと捉えたのか、一人納得したジョージは頷いている。

「でも残念なことに、そろそろお菓子のレパートリーがつきそうなんだ」

彼はなんの縛りか、同じ種類のお菓子を渡してきたことは一度もなかった。おまけにポケットに入れることを考慮して、個包装されているものを選んでいる。となると必然的に種類は限られ、これでもよく続いた方だと思う。

「君がお菓子を渡さなくても怪我を隠さない子だったら良かったんだけど。そうじゃないことがたった今証明されたわけだし」

お互いに触れ合っていた部分が手のひら全面になり、指先は互い違いにまじり合う。ゆるく握られているだけで簡単に振りほどけるはずなのに、もうそんなこと出来そうもなかった。

「こうやって手でも繋ぎ合わせたら、お菓子の代わりになるかい?」

楽しそうなジョージの声を聞きながら、私は彼の策略にまんまと嵌まってしまったのだとようやく気付いた。お菓子に縛りをかけていたのも、遅かれ早かれ手を繋ぐことに切り替えるためだったんだろう。行き場のない悔しさを紛らわすために解こうとするも、察して彼はぎゅっと握りこんでくる。隙間なく埋められた手は熱く、触れたところから全部、ぐずぐずに溶かされていくみたいだ。形ばかりの抵抗は何の意味も成さない。

結局お菓子であろうとなかろうと、甘ったるい事に代わりは無い。それでも一度この熱を知ってしまったら、もう元には戻れる気がしなかった。どのお菓子でも足りない。この人の甘さが一番の毒だ。

痺れを切らした私は、降参の意を込めて首を縦に振る。それと同時に手が引っ張られ、気づいた時には視界が彼の胸に埋められていた。腰に添えられた手のひらから、柔らかな熱が伝わってくる。それは次第に私の体温に溶けてひとつになり、体の隅々にまでじわりと沁み込んでいくようだ。この人は手だけでは飽き足らず、身体まで甘みで満たそうとするのか。

「許可したのは手を繋ぐことだけでしょ。抱きしめられるなんて聞いてない」
「よく言うよ。満更でもないくせに」

私の顔を見ながらそう言った彼は、悪巧みをしているような、けれどもどこか艶っぽい、今まで見たことがない顔をしていた。