Dream | ナノ

憧れの彼


いつも紙面に載っているその字面を見るたび、綺麗だと思っていた。
柳の木の下に池があって、そこに2つの蓮の花が並んでいる。そんなイメージが頭に浮かぶ名前だった。


(あ、今回も載ってる)


私の通う塾は大手程ではないけど、定期的に塾内で模試が行われていた。そこで高得点を取ると表彰と共に塾の広報に名前が掲載されていた。
9月最初の模試の結果から頻繁に現れるようになった『柳蓮二』という名前。
どんな人なんだろうってずっと気になっていた。







高校最初の中間テストが終わったのが先週のこと。それですっかり気が緩んで、高校に入ってから初めて寝坊をした。


「う、わ……! 遅刻する!」


いつも乗ってる電車に乗り遅れて、学校の最寄り駅に20分遅れで着いた。駅にはまだ同じ制服を着た生徒がたくさんいる。とりあえず一安心だ。
でも私の通う立海大学附属高校は小高い丘の上にあって、校門に着くまでにそこそこ急な坂を登る必要がある。だからいつも早めに来ているんだけど……。坂の手前について、見上げる度にげんなりする。と、その中に見覚えのある背中を見つけた。


「乙女、おはよう」
「おはよう、歌。この時間にいるなんて珍しいね」
「寝坊したのー。で、1本遅れ」
「あはは。この時間ならまだ大丈夫だよ、サクッと歩けば全然余裕」


友達の花野乙女はカラカラと笑っている。その余裕はきっと彼女が中学から立海に通っていて、この坂をもう4年も登っている慣れから来ているんだろう。
こっちはまだ2ヶ月弱の初心者クライマーだというのに。
と、嘆いてみれば彼女は大袈裟だと呆れていた。


「そんなこと言う前に足動かしなよ、置いていくよ」
「えー、待ってよ!」


先を歩き出した乙女を慌てて追いかける。やっぱり慣れている彼女はサクサク登っていく。一方私は最初こそ同じペースで登れたけど、後半はペースダウン。
校門をくぐり、下駄箱に着いた時には息切れが激しかった。


「や、やっと着いた」
「はいお疲れ様。もう明日からこの時間でいいんじゃない?」
「いや……あと10分しか休めないって……休む時間が短すぎる」
「もう少し体力つけなよ」


下駄箱で上履きに履き替えて、ロビーに入る。いつもはそのまま人の流れに乗って教室に行くけど今日は足が止まった。
学校新聞なんかが貼り出されている掲示板の前に人だかりが出来ていたからだ。
でも遠目から見ても、掲示板には大きなスペースが空いていて、何も貼っていない。


「何、あの人だかり」
「そっか歌は外部だから知らないんだよね。うちの学校、テストの順位張り出すんだよ」
「……えっ?!」
「といっても上位20位までだけどね。私たち凡人には関係ありません」
「そっか。ならよかった」


掲示板の前の人だかりは、順位を気にしている人々ってことか。確かによく見ると頭の良さそうな人がちらほら見受けられる。
その中でも、やたらと高い位置に頭のある人が2人いる。確か1人は同じクラスの人だ。


「あれ、幸村くんだよね」
「え、うん。そうだよ」
「順位気にするってことは頭いいんだ」
「悪くはないと思うよ?」


中等部時代から有名人らしい幸村くんの名前と伝説は外部生の私の耳にも届いていた。
中学では男子テニス部を全国大会優勝2回、準優勝1回に導いた凄腕の部長。しかも難病から数ヶ月で復帰して挑んだ中学3年最後の試合は今でも語り継がれている伝説の試合なんだとか。


「で、隣のかなり大きい人って誰?」
「ああ、柳?」
「えっ?」


柳、という名字にまさかあの塾広報の『柳蓮二』ではないかと勘ぐってしまう。いやでもあれだけ頭のいい人が私が入れるような高校にいるわけないか。
それでも万が一、ということもある。乙女に下の名前を聞こうとしたら、ちょうど先生が現れた。話を止めて掲示板の方を注視する。


「嘘っ」
「どうしたの? 歌」
「あ……いや。あのね、柳くんの下の名前って」
「ああ、蓮二だよ。柳蓮二」


掲示板に貼られた順位表の第3位に書かれた『柳蓮二』という名前と幸村くんの隣にいる彼を見比べる。
スラッとした体格に、さらさらの髪。知的な雰囲気を醸し出す制服の着こなし。顔立ちだって幸村くん程じゃないにしても整っている。名前通りの人だ、と感心していると乙女に肩をつつかれた。


「歌、柳のこと知ってるの?」
「うん。塾で一緒だったんだ」
「塾?」
「って言っても面識はないんだけどね。塾の広報に名前がよく載ってる人で私が一方的に知ってただけ」
「なるほどね、柳、中等部でもいつも首席だったからね」
「そんなすごい人だったんだ」


その後、乙女と教室に向かいながら柳くんの話を聞いた。
幸村くんと同じ、テニス部でレギュラーだったこと。生徒会に所属していたこと。読書量が半端ないこととか。
幸村くん程じゃないけど、と言われたけど私から見れば柳くんもかなりすごい人で、一気に憧れが増した。







次に柳くんを見かけたのは図書室でだった。乙女が借りたい本があると言うので着いて行ったら前を歩いていて、そのまま図書室に入っていった。
心の中でちょっとだけラッキーだなんて思う。


「うわ……広いね」
「大学の資料も置いてあるらしいからね。……えーっと、あっちかな?」


手元のメモと棚の案内を交互に見ながら歩き出す乙女に続く。着いたのはデザイン集が置いてある棚だった。少し前に発売された画集を探しているのだと言われ、私も一緒に探すことにした。


「…………あ、これ?」
「ん、そうそれ。ありがとう、歌」


目当ての本はすぐに見つかって、早速貸し出しの手続きにカウンターに向かった。
手続きをする乙女を待つ間、ふとカウンター前の特設コーナーが目に入る。貸し出しの説明を受けているから時間がかかりそうな彼女を尻目にそちらに向かうと『タイトルは知っているけど内容は?』というキャッチコピーの元、有名な日本文学の本が並んでいた。


(こーいう本もたくさんあるんだ)
「こっちだったか」
「えっ?」


少し離れたところから聞こえた、耳に心地よい低い声。思わずそちらを見れば先ほど前を歩いていた柳くんが近づいてきた。
慌てて視線を棚に戻す。と、彼は私の右手前にある本を手に取りそのまま去ってしまった。


(う……わ、びっくりした)


どうやらここにあった本を探していたらしい。ただ、それだけで話すらしていないのに心臓がバクバクとうるさくなっている。
……柳くんが私のこと知ってるはずないか。私はあの広報誌に名前が載ったことなんてないし、会ったのは高校に入ってからなんだから。


(でも、憧れるくらいならいいよね)
「お待たせ〜教室、戻ろう」
「あ、うん」


他に探している本があるのか、別の本棚に消えていった柳くん。その姿を目で追ってから手続きを終えた乙女と共に教室に戻った。

prev  next
目次には↓のbackで戻れます。

BACK
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -