夜間警備と片想い。



 秋の異動で渠須ビールの警備隊所属になってからひと月。

 社員や出入り業者の顔と名前も覚えて、適切かつ丁寧な警備業務ができるようになり、ようやく“ウチの警備員さん”として認められてきた今日この頃。

 俺が抱える悩みの種は、ただ一つ。

「なぁなぁ、後藤君。好きな子とかいる?」

 デスクで日誌を書きながら、夜間警備の宿直を修学旅行か何かと勘違いしているとしか思えない質問を投げかけてきた同期の警備員・小田島が、今俺を悩ませている最大の原因だった。

「勤務時間中に話すようなことじゃねえだろ。つーかお前、いつまで日誌書いてるんだよ」
「俺書き物系は苦手なんだよ。っていうか、その答え方はもしや……好きな子どころか既に隠し彼女がいたりとか!?」
「いねーよ」

 大体、隠し彼女ってのは何だ。隠す必要がどこにある。

「えー、後藤君ならいるかもって思ったのにな」
「いいからさっさと書き上げろ。もうすぐ澤井さんが仮眠から戻るぞ」
「はっ! やばい!」

 インテリ眼鏡面に似合わず意外に体育会系気質でシゴキには情け容赦ない先輩の名前を出してやると、小田島は背筋をシャキッと伸ばして日誌の続きを書き始めた。

 クソッ。
 アホな同期なのに、こういう素直さが堪らなく可愛い。

 隠し彼女どころか、生まれてから今までの人生二十四年を生粋のゲイとして過ごしてきた俺には、このノンケのお調子者同期の無防備さが理性を試す試練であり、何とも憎らしかった。



 俺が異動してくるまで一番の下っ端隊員だった小田島は、同期と一緒に働くことができるようになったことが嬉しいらしく、配属初日から俺に懐きまくっている。

 運がいいのか悪いのか、やや痩せ気味の小柄な体格にハッキリとした二重の大きな目はモロに俺のストライクゾーンど真ん中。
 上番・下番が重なる度に人懐っこい目をキラキラさせて俺に話しかけながら、無防備に身体を晒して着替えるこの同期の可愛い乳首に、何度欲情したことか。
 実際の話、着替えてすぐにトイレに直行して、小田島の乳首をオカズに抜くはめになったこともある。

 いっそ俺がゲイだと告白してやろうかとも思ったものの、変に警戒されて今の距離感を失うのが怖くて、結局何もできずに今に到っているのだった。

 我ながら、あまりのヘタレっぷりが情けなくなってくる。



「彼女ほしーなー。この仕事だと出会いとかほとんどないもんなー」

 まさか自分が、真性ゲイの同期と深夜の防災センターに二人きりという危うい状況に置かれているとも知らずに、小田島はいつものように“彼女が欲しい”と呟いて可愛い唇を不満げに尖らせていた。

「出会いならあるだろ。渠須ビールには若い女性社員だって多いじゃねーか」
「あ、職場関係は駄目!」

 “職場関係は駄目!”とハッキリ拒絶された瞬間、俺の胸は急に、締め付けられたように苦しくなった。

 ――おいおい。
 職場恋愛以前にノンケの小田島にとっては男っていう時点で圏外だろ。
 何でフラれたみたいな気分になってるんだ、俺は。

 自分が思っていた以上に本気でこのアホな同期に惚れかかっているらしいことに気付いて呆然とする俺の横で、小田島は相変わらず可愛らしく口を尖らせたまま言葉を続ける。

「だってウチの職場だったら今の一番人気は澤井さんじゃん! 俺なんか背もちっこいし、顔だって普通だし……全っ然男として意識してもらえないよ」
「あー……そういう意味の“職場は駄目”か」

 アホな小田島が意外に仕事に対してポリシー的な物を持っているのかと一瞬でも思った俺が馬鹿だった。
 どうやら、この職場では自分がモテないと言いたいだけらしい。

「悔しいけどカッコイイもんなー、澤井さん」
「そうか?」

 顔立ちが整っているのは認めるけど、あの人は止めとけよ小田島。
 澤井さんはバリバリのゲイだぞ。しかも多分ドS。

 あの人の好みはガチムチ兄貴系で、小田島みたいなお子様はタイプじゃないみたいだから助かったけど、もし目をつけられていたら今頃とっくに食われて泣かされていたはずだ。

 小田島の華奢な身体があのドSな先輩の手で……と、想像するだけで恐ろしい。

「後藤君だって格好イイよ!」
「は? 俺?」

 予想外のタイミングで名前を出されて、俺は眠気覚ましに口に含んでいたコーヒーを危うく吹き出しそうになった。

「澤井さんみたいなクール系のイケメンとかじゃないけど、身体もデカいし、優しそうだし」
「何だ、その“気は優しくて力持ち”みたいな微妙な褒め方は」

 そりゃ、俺は澤井さんみてーなイケメンじゃねーよ。
 五分刈り頭に日焼けマッチョの、ただデカいだけの男だ。

 半分いじけかかったヘタレな俺の顔を大きな目でじっと覗き込んで、憎たらしくて可愛い同期は無邪気な笑顔で爆弾発言を落としたのだった。

「んーと、優しそうっていうか、実際優しいし、イイ奴だし。後藤君と一緒にいると安心するから、俺はすっごく好き」
「!」

 これはどう考えても、反則だろう。

 今の“好き”に深い意味なんてないことは分かっていても、心臓は忙しく動きを速めて、耳の先まで自然に熱くなってくる。

「なあ、小田島……」
「んー?」

 もういっそ、男でもよくない?

 言いたくても言えないその言葉を抱えて、真っ赤な顔で硬直している俺の顔を見上げながら小田島が首を傾げたその時。

「お疲れ様。小田島、日誌は書けたのか」

 絶妙なタイミングで仮眠室のドアが開き、宿直長の澤井さんが戻ってきたのだった。

「たった今、書き上がりました!」
「つまりお前は、俺が待機時間に入ってからずっと日誌を書き続けていたんだな」
「えー、施設内巡回もしましたよう」
「当然の仕事をしただけで得意げに胸を張るな」

 ドSの先輩に軽く頭を叩かれて、エヘヘ……と笑う小田島の顔がやっぱりどうしようもなく可愛くて、いいトコロで邪魔に入った先輩を少し恨みたい気持ちになってしまう。

「それじゃ、待機に入ります!」

 笑顔で敬礼して仮眠室に入っていく同期の背中を見送った後で、俺は、防犯モニターの前に座るなりニヤリと笑って意味ありげな視線を寄越してきた先輩にコーヒーを淹れて、カップを手渡した。

「……何すか、澤井さん」
「いや、別に?」

 寝起きとは思えない程涼やかな男前のインテリ顔に、“お気に入りの玩具で遊んでいます”といった表情がありありと浮かんでいるんだから堪らない。

 絶対もっと早くに目を覚ましていて、わざとあのタイミングで出てきたに違いないんだ、この先輩は。

「可愛い坊やと少しは仲良くなれたのか、ヘタレ小僧」
「……!」

 今までの会話を全部聞いていましたと言わんばかりの言葉に、俺は無意識のうちに回していたペンを勢いよくあらぬ方向へと飛ばしてしまった。

 これはもう、小田島が仮眠から戻るまでの間、ドSの先輩にヘタレっぷりをからかわれて遊ばれまくるに違いない。

 そんな悪夢の時間を覚悟した俺だったが。
 意外にも、澤井さんは夜勤のお供のチョコレート菓子を俺にも一粒差し出し、ヘタレな俺に気合いを入れるように、拳で軽く腹を叩いてきたのだった。

「あの鈍感なノンケを落とすのは相当キツいぞ。気合いを入れていけ」
「――はい!」



 今は好きだと言えないけれど、いつかはきっと伝えたい。

 夜間警備と片想い。

 相変わらずヘタレな俺の夜は、ほんの少しの進展と共に、今日も静かに過ぎて行くのだった。



end.


(2012.9.12)





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