皇帝は全裸で微笑む・1。


 人生最悪の日だ。

 ミズキ=ハース少尉は思いつく限りの暴言を頭の中に並べて、寝台の上で書物に目を通しながら寛ぐ傲慢な男の顔を睨み付けた。

「そう熱い目で見つめるな。夜はまだ長い」

 ミズキの視線に気づいた男が顔を上げ、ニヤリと不敵な笑みを見せる。

 濃紺の軍服に身を包んだ美貌の少尉は、姿勢だけは正しく保ったまま、本日何度目か分からないため息をついた。

「これが誘いの意味をこめた視線だと感じられるとは、陛下は物事を好意的に解釈する力に長けていらっしゃる」
「その美しい口から紡がれると皮肉も睦言のように聞こえてしまうな」
「……耳を患っていらっしゃるなら一大事です、医師をお呼びいたしましょう」
「必要ない」

 喉を震わせて低く笑う男の顔が至近距離からでも十分に観賞に耐えうるほどに整っているのが、余計に気に食わない。

 浅黒い肌。線の太いはっきりとした輪郭。人々に神の化身と呼ばれて畏れられるオオカミを思わせる、鋭い金色の瞳。
 高価な飾り石を通した組み紐で緩く束ねられ、肩に流された長い黒髪。
 精悍な男らしさの中に獰猛な獣の本質を隠した雄の風格は、成人した今でも男臭さとは無縁のミズキから見ると羨ましい限りだ。

 逞しく鍛えられ、日焼けしたその身体を見て、この男から北国を連想する者など少ないに違いない。

 ――だが。
 古くから一族に伝わるという美しい独特の模様で飾られた布を肩から垂らして、身体に巻き付けるように纏う男は、雪に閉ざされた極寒の国カイドウを統べる北の皇帝――カイル=ファウザー=ノースラント王その人なのであった。


 そもそも、ミズキはカイドウの人間ではない。
 カイドウの南隣に位置するカレスー王国の国境警備隊小隊長。それが、ミズキに元々与えられていた肩書きなのだ。

 ハース家の男子に代々受け継がれる、月光に透ける白銀の髪と、美しいアメジストの瞳。陶器のような白い肌と細い身体は、屈強な猛者揃いの国境警備隊の中ではかなり浮いているが、冷静な判断力と優れた武術で最年少にして尉官を与えられ、小隊長を任されるエリート軍人である。

 そのミズキが、カイドウを統べる皇帝の寝室に立ち、先ほどから恨みがましい視線と皮肉を送り続けているのには、深い訳……とも言えない、単純な理由があった。

 毎年恒例となっているカイドウとの合同軍事演習の視察に訪れたカイルが、遊撃隊を率いて見事な作戦で敵陣を制圧したミズキの姿を見て、何を思ったのか、一目惚れしたので花嫁として迎え入れたいと軍の上層部に正式な申し入れを行ったのである。

 もちろん、ミズキはこの意味不明な申し入れに対して断固拒否の姿勢を貫いた。
 直属の上官であるゴトー=ランデイル大尉も、ミズキのために最後まで反対の立場を通してくれたのだが。

 大人の世界には、色々な事情があるらしい。
 どういった圧力が働いたのか、皇帝からの申し入れがあった日の晩に、ミズキにはカイドウ軍の王族警備隊への異動命令という、前例のない辞令が下されてしまったのであった。

「一国の王が、己の要望を通すために権力を利用するとは嘆かわしい」
「まだ怒っているのか」
「むしろ、私が簡単に怒りを鎮めると思われていることが不思議です」
「私の花嫁になることに何の不満がある」
「……男である私が花嫁などという馬鹿げた冗談に付き合わされて不満を抱かないと思われていることも、不思議でなりません」

 確かにカイルほどの魅力的な男が皇帝の地位についているとなれば、その妻の座を狙う女性は多いだろう。

 だが、ミズキは男だ。
 軍人として、国境最前線での任務に誇りを持って臨んでいた。
 それが突然、花嫁になれと言われて喜べるはずがない。

 先ほどから一国の皇帝に対してかなり失礼な態度を取っている自覚はあったが、馬鹿馬鹿しい辞令への怒りもあって、ついとげとげしい言葉を口にしてしまう。

 カイルはそんなミズキの態度を楽しんでいる様子で、引き締まった男らしい口元には微かな笑みが浮かんでいた。

「冗談などではない」
「一国の王が男を花嫁に娶るなど、冗談以外の何だというのです」
「既に議会には婚姻の承認申請を出した。式の準備も進めている」
「今日出会ったばかりなのに!?」

 何という迅速さ。
 一時の悪趣味な冗談だとばかり思っていたミズキも、さすがにそこまで本格的に手続が進んでいると聞いて、顔を強張らせた。

 まさか、この男は本当に自分を妻に娶る気なのだろうか。



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