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 最近どうも庄司の様子がおかしい。

 一緒にいてもどこかボーッとして何か別のことを考えているみたいな時があって、どうしたのかと聞いても返ってくるのは曖昧な返事と困ったような笑いだけ。
 かと思うと、餌付け攻撃に加えて普段はあまり口にしないような恥ずかしいくらいの口説き文句を囁いて、いつも以上の優しさで俺をトロトロに甘やかしてくれたりして。

 一体、どうしちゃったんだろう。

 あまり考えたくないけど、男が突然うわの空になったり、普段以上に優しくなる現象として俺の頭に浮かぶ言葉は一つしかなかった。

 まさか、庄司が浮気……!?

「よう、柏木」
「ひゃあっ!」

 少し遅れて昼休憩に入り、物思いに耽りながら屋上で大好物のメロンパンを食べていた俺は、後ろからいきなり肩を叩かれて、奇妙な声を出してのけぞってしまった。

 人が悩んでいるところを突然驚かせるなんて……と恨みがましい顔で振り返った瞬間目に入ってきたのは、ピチピチと窮屈そうなスーツに包まれたやたらに筋肉質な身体と、日に焼けた眩しい笑顔。

「何だ、今の声は。大げさな奴だな」
「クニヨシさん……!」

 そこに立っていたのは、部長クラスの社員からも何故か“アニキ”と呼ばれる見た目だけガテン系リーマン、本社広報部の國吉勝巳課長だった。

「元気だったか」
「はい! 國吉さんもお元気そうで……というか、相変わらず鍛えまくってますね、身体」
「筋トレは俺の生き甲斐だからな」

 何もそんなことに生き甲斐を感じなくても、と思っても、ツッコミは入れないのがお約束だ。
 この人が身体を鍛えることに本気で生き甲斐を感じていることは、本社では誰もが知っている。
 何しろ、仕事はデキるし優しいし、男らしい顔立ちで女性受けもいいのに、筋トレに夢中になり過ぎるあまり未だに結婚どころか付き合っている彼女すらいないというほどの筋肉マニアぶりなんだから。

 というか、もしかしたらこの人の場合、女性よりもむしろゲイの男性の方に人気があるかもしれないと俺は前々からひそかに思っていた。

 俺の好みではないけれど、ほどよくむっちりと肉のついたこの身体と人好きのする細いタレ目は、そういう系の兄貴たちには絶対受けるはずだ。
 本人は純粋なノンケで、一応女性との出会いを求めているらしいのが残念なんだけど……。
 紹介すると言えば、涎をたらして喜ぶ兄貴は多い気がする。

「そういえば、今日からウチの製造部の視察でしたっけ」
「視察なんて偉そうなモンじゃねえよ。来期の販売メインになるデスク、そろそろ広報の方でも売り出しをかけていかなきゃならねえからな。製造工程の再確認と下調べってやつだ」
「ついでに地元のサウナ巡りですね」
「ああ、どっちかっつーと仕事の方がついでだな」
「そんな正直な!」

 こんなにゲイ受けする風貌で、趣味が筋トレとサウナ巡りだなんて。
 國吉さん、いつか本当にどこかの兄貴に掘られちゃったりするんじゃないだろうか。

 年齢的には四十近くになっているはずなのに、今時の若者たちよりよっぽどパワフルで若々しく見えるガッチリムッチリ系兄貴の輝く笑顔で、さっきまで悶々と抱え込んでいた悩みはどこかに消えていってしまった。


 國吉課長は、俺の新人研修時代の教育係だった人で、まだピヨピヨの新人だった俺に社会人としてのイロハを優しく厳しく叩き込んでくれた“心の先輩”なのだ。

 仕事が終わった後はよく飲みに連れていってもらって「お前は細いんだからもっとガツガツ食え!」と毎回のように肉系のスタミナメニューで餌付けされていた。

 俺がどんなに食べても太らない体質だと國吉さんが気付く頃には、新人研修期間が終わって、俺の支店配属が決まっていて……。
 それでも、面倒見の良いこの先輩はお互いの出張で顔を合わせる度に「飯は食ってるか」とお約束のように声をかけてきて、俺を飲みに誘ってくれているのだった。



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