01:サンタが家にやってきた。



「悪い、便所貸してくれ」
「はあ……どうぞ」


 クリスマスイブの夜。

 ワンルームマンションの窓を叩く音に気付いてカーテンを開けた俺の目の前に現れたのは……。

 どう見ても本物としか思えないトナカイの上に積もった雪を払いながら狭いベランダに立つ、やたらワイルドな風貌の厳ついオヤジサンタクロースだった。


○●○


 そもそも、イブの夜に自宅で一人寂しく酒なんて飲む予定なんてなかった。
 本当は今頃、彼女と二人で楽しく過ごしているはずだったんだ。

 それがまさか、クリスマス一週間前にフラれてしまうことになるなんて。
 しかも理由が「他に好きな人が出来たからその人と付き合うことにしたの」だなんて最悪過ぎる。

 クリスマスカップルプランといういかにも過ぎて恥ずかしい企画名で食事から宿泊まで用意されたホテルに、今更キャンセルの電話をしなきゃならなかっただけでも屈辱的なのに。
 何度もおねだり目線で無言アピールされて買ったこのクソ高い指輪を一体どうしろと!

 確かに忙しくて最近はしばらく会えてなかったけど……あまりにも酷い仕打ちに涙が出そうになる。

 今年に限ってクリスマス前に三連休が入っているせいで、残業に打ち込んでイベントを忘れることもできず、飲まずにはいられない状況に追い込まれた俺は、一人鍋をつつきながら寂しい聖夜を過ごしていたのだった。



 誰かが外から窓を叩く音に気付いたのは、酒がほどよく全身に回って意識が浮遊し始めた頃だった。

 時刻は夜の11時過ぎ。
 よく考えてみればこの部屋はマンションの7階で、外に誰かがいるなんて恐怖以外の何でもないのだが、酔っ払いの頭ではそこまで考えが及ばない。

 俺は深く考えもせずにカーテンを開けて、そして言葉を失った。

 真っ赤な帽子に、襟と袖だけ白い、赤の作業服上下。
 こんなド派手なユニフォームの運送会社なんてあっただろうかという格好でベランダに立つ男の横には、想像していた以上に大きくて迫力のあるトナカイが大人しく控え、ふるふると首を振って鼻先に積もった雪を落としていた。

「ど、どちら様ですか」

 というか、何故こんな都会のど真ん中にトナカイが。
 この男は、こんな大きな動物を連れて7階のベランダまでどうやって上がってきたんだろう。

 グルグルと頭の中で渦巻く疑問を、男は一言で解決してくれた。

「見りゃ分かるだろ、サンタクロースだ」
「サンタクロースっ!?」

 なるほど、サンタクロースならすべてが納得できた。

 きっとクリスマス直前に彼女にフラれた可哀相な俺は、一人で飲んでいるうちに限界を超えて、酔い潰れてしまったんだろう。
 そして、非現実的なサンタクロースの夢なんか見ているワケだ。

「悪い、便所貸してくれ」
「はあ……どうぞ」

 馬鹿馬鹿しいことこの上ないけど、夢だと分かればこんなナンセンスな事態にも落ち着いて対応できる。

「そこのドア開けて、玄関手前の左がトイレっす」

 酔っ払いの俺は窓を開けて、普通に考えたら不審者以外の何者でもないオヤジを家の中に招き入れた。

「すまねえな。カイ、大人しくしてろよ」

 カイ、と呼ばれたトナカイはベランダに残り、返事の代わりに首に掛けられた鈴を鳴らす。

「うわ、ちゃんとソリ引いてるし」

 サンタクロースがトイレを借りにくる夢か……。
 ファンタジーというか、実にシュールでロマンチックさの欠片もない。

 トイレへと消えていったサンタクロースの背中を眺め、もう一度ベランダのトナカイに視線をやりながら、俺はグラスに残っていた日本酒を一気に飲み干した。



ROOM CUTE:O


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