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何ともいえない表情、というのは、まさに今の俺の顔だろうと思った。
「突然何を言い出すかと思えば……。そんな事はどうでもいいからパンツを穿け」
「パンツは穿いてる! どうでもよくねえだろ、ちゃんと答えろよ」
逞しい肉体を惜し気もなく晒して、デカブツの形がはっきり分かってしまいそうなボクサー一枚で。お前は一体どんな誘い受けだ。
しかも、今一番思い出したくなかった名前をこんなタイミングで出すなんて、確信犯としか思えない。
「あれだけ仕事も出来て部下思いの上司を、嫌いになる理由がないだろう」
吐き捨てた無難な答えが気に入らなかったのか、梶木は舌打ちして俺の肩を掴んできた。
「そういう意味で訊いたんじゃねーよ」
分かっていて敢えて答えなかったんだ。空気を読め。そして、服を着ろ。
隆起した胸に褐色の乳首。
小さな突起を摘んで虐めてやったら、普段は憎らしい言葉しか出てこない口からどんな声が出るだろう。
真顔で俺を見つめる半裸の同期は、頭の中で俺が不埒な行為の限りを尽くしているなんて想像もしていないに違いなかった。
「さっきの、安藤課長と三澤の御曹司だろ」
「っ!」
言いにくそうに間を置いた割に、飛び出してきたのは何の駆け引きもない直球というのが、いかにもこの男らしい。
「気付いてたのか」
「お前があれだけ見てりゃ馬鹿でも気付く」
あの幸せムード漂うデート現場を、梶木も見ていた。
最悪の事態に、思わず顔が強張った。
「あれは……仕事の付き合いで、課長は仕方なく一緒に」
三澤家の生意気御曹司は気に入らないからどんな噂が流れても構わないが、二人の関係がバレて課長の立場がまずくなるような事だけは避けなくてはならない。
必死に考えた苦しい言い訳は、最後まで聞いてもらえなかった。
「あの二人が何で一緒にいたのかは知らねーし、知りたくもない」
「梶木……」
「ただ、お前がそんな顔してる理由は、すげー気になる」
そんな顔、と言われるくらい、俺はひどい顔をしているんだろうか。
いつもなら「暑苦しい」と切り捨てる梶木の真剣な表情を、笑ってうやむやにすることは出来なかった。
多分、このお人よしの熱血漢は本気で俺のことを心配しているんだろう。気に入らない相手の弱みを握って優位に立つだとか、そんな真似が出来るほど器用な男じゃない。
そういう甘さが、俺は苦手なのに。
「……質問の意味が、俺が同性愛者かどうかって事なら答えはもう知っているんだろう。お前に話すような事は何もない」
「おい、待て!」
たかが会社の同僚に、これ以上踏み込まれるのは御免だ。
ベッドで寝るのを諦めてソファーに移ろうと立ち上がりかけた瞬間、肩を掴んでいた手に思い切り引き寄せられ、バランスを崩した身体はそのままスプリングの効いたマットの上に倒されてしまった。
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■TEA ROOM■