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「真っすぐ歩け、酔っ払い」
「真っすぐ歩いて欲しいならもっとしっかり支えろ」
「寒空の下に放置して帰るぞコラ」

 責任感の塊のような男がそんな事をするはずがないから、最後の言葉は無視。

「お前、タバコ臭いな」

 思った事を正直に呟くと、すぐ横にある形のいい唇の端が僅かに引き攣ったような気がした。

「ありがとうとか申し訳ないとか、もっと他に言う事はねーのかよ」
「若いうちはよくても、いずれ加齢臭と混じって大変な事になるぞ。禁煙したらどうだ」
「……このまま雪山に埋めて欲しいんだな」

 相手が梶木だという事が気に入らないものの、ピッタリ密着する逞しい身体の硬さと温もりは気持ちいい。
 コイツを組み敷いて後ろを開発してやったらどんな声で鳴くだろう……なんて想像しながら歩いているうちに、いつの間にかメインストリートに出る。

 特に目がいいというわけではないはずなのに、こんな時に限って俺は、まだ賑やかな通りの向こう側に見つけてしまった。
 今一番会いたくない人を。

「おい、お前ん家どっち方面だ」

 タクシー乗り場へと足を進めて家の場所を確認してくる梶木の声が遠い。

「あ……」
「あ、じゃねえだろ。家に着くまでは落ちるなよ!」

 会社帰りそのままのスーツ姿で鞄とクリスマスプレゼントらしき紙袋を持って、自分より少し背の高い男と並んで歩いているビジネスマンは。

「……安藤課長」
「はあっ? 俺は梶木だっての!」

 見間違えるはずのない上司の姿に、チリッと胸の奥が痛みを感じた。
 やっぱり今夜は、御曹司とデートだったのか。仕事が終わらないかもなんて午後はずっと必死の形相で書類を捌いていたのに。あんなに幸せそうな顔で笑っちゃって。

「ほら、とりあえず乗れ」

 無理矢理車内に押し込まれて、梶木が運転手に行き先を告げる間も、二人の後ろ姿はずっと視界の端にこびりついていた。

「――参ったな」
「ふざけんな。参ってるのは俺の方だ。だから飲み過ぎるなってあの時……おい、小杉? 大丈夫か?」

 別に、そこまで本気であの男前上司をどうこうしたいと思っていたわけじゃない。
 元々安藤課長はノンケだったし、好みのタイプではあったけど、ちょっとした目の保養というか日々の潤いというか、今でもそのスタンスは変わっていないはずなのに。
 一瞬目撃してしまったデート現場がここまで堪えるなんて。

 あんな顔、俺には絶対見せてくれない。
 考えている事がすぐ表情に出てしまうあの人の、幸せそうな笑顔。

 俺は、部下以上の存在にはなれないんだから。

「疲れた」

 一言ぼやいただけでもう喋るのも面倒になって、目を閉じてシートにもたれ掛かると、小さくため息をついた梶木は、それ以上何も訊いてこなかった。




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