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「さっきから全然減ってねえじゃん」
「ん?」
言われて気付くと、梶木はさっき頼んだ一杯を早くも飲み干してどこだかの地酒をオーダーし終えたところらしかった。
飲まずにいられないシチュエーションとはいえ、このペースは凄い。どんなに飲んでも酔いが顔に出ないザルっぷりは相変わらずか。
新人研修の時から、梶木の豪快な飲み方は営業向きだと指導官達には評判だった。
「そんなショボッちょろい飲み方でよく営業が務まるな」
「ショボッちょろい飲み方?」
「食も細そうだし。接待向きじゃねえだろ」
酒が飲めた方が何かと便利なのは確かだけど、それだけで契約を取れるというモノでもない。
それに、弱いのは日本酒だけで他の酒なら普通に飲める。
馬鹿にした笑いで言われると面白くなくて、俺も残っていた酒を思いきり飲み干し、グラスを置いた。
「別に、飲めないわけじゃない。お前みたいに品のない飲み方をしないだけだ」
「あーそう。俺が下品でお前に迷惑かけたかよ」
「上品とか下品以前の問題だろう」
「……」
この微妙な雰囲気。
利き酒イベントとはいっても仕事の延長線上の参加だし、あまり飲むつもりはなかったけど。今夜は酔ってしまいたい気がする。
近くにいた店員を呼びつけてオーダーを入れた俺の横で、梶木が呆れたようにため息をついた。
「おい、小杉。無理すんなよ。新人研修の時にぶっ倒れたお前を運んだのは誰だと思ってやがる」
一応心配そうな顔をして、何の悪気もなく、まだ初々しかった新人時代に俺がやらかした一番の失敗を持ち出してくるところがコイツの嫌なところだ。
俺が気に入らないなら放っておけばいいのに、何かと突っ掛かってきては、時折余計な世話を焼く。
「またその話か。しつこい男はモテないぞ」
「うるせぇな。ほっとけ!」
メニュー表を戻しながらチラリと確認した腕時計の文字盤は、恋人達の時間と呼ぶに相応しい時刻を示していた。
今頃安藤課長は、あの生意気な御曹司と……。
一瞬そんなことを考えて、すぐに梶木の声で現実に戻る。
余計な事を考えないで済むという意味では、梶木は今夜一緒に過ごすには最適の相手かもしれなかった。
いつもの調子で言い争っているうちに運ばれてきた升とグラスが、同時に二人の前に並べられる。
「飲み過ぎても今夜は運ばねえぞ」という声を無視して。
俺は、表面張力で綺麗に盛り上がった酒に口をつけた。
○●○
――そして、今。
「だから飲み過ぎるなっつったろうが!」
「あのくらい、飲んだうちに入らない」
「そういうのは自分の足で歩ける奴が言えよ!」
煙草の匂いのする腕に包まれて、イルミネーションに彩られた小道からタクシー乗り場のある大通りへと進む足取りは、若干覚束ないものになってしまっていた。
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■TEA ROOM■