ドアの向こう側・1
○●○
会議室を出てすぐに。
すっかり腰砕けになってしまった俺は、支えを求めるように壁に寄り掛かり、脱力して深く息を吐いた。
「……あの馬鹿」
顔が、熱い。
壁に体重を預けたままゆっくり呼吸を整えると、ジャケットに移った梶木のフレグランスと煙草の香りが微かに鼻先を掠めていった。
『薫』
下半身を溶かす甘い声が、まだ耳に残っている。
いきなり抱き寄せられるとは思っていなかったから、完全に不意打ちをくらってしまった。
『好きだ』
あの馬鹿は。
この2ヶ月間全く出て来なかったそれを、今言うのか。
しかも、何の前触れもなく直球で。
「好きだ、……か」
梶木のスイッチは、よく分からない。
自分のモノを舐め終わったばかりの唇に舌を差し込む思いきりの良さがどうして普段は出て来ないのか、俺には不思議でならなかった。
盛りのついたノンケの同期が力技で強引にコトに及んだのは、クリスマスイブのあの夜だけ。
それ以来、仕事帰りに食事に誘われては梶木の家に上がり込んで大人の時間を楽しむという関係が続いてはいるが、お互いのモノを扱いて抜き合う以上の段階に進みそうな気配は全くなかった。
大体、あの男は肝心なところで優し過ぎる。
さっさと一発抜いて、雰囲気が盛り上がったところで勢いに乗って最後までいけばいいのに。
それをアイツは、いちいち甘い声で『綺麗な身体だな』とか『エロい声、もっと聞かせろよ』とか、歯が浮くどころか歯茎までぶっ飛びそうな言葉を囁きかけて、やたら丁寧に時間をかけて俺をイカせて。
あまりの恥ずかしさに一度達した後はマトモに顔を見ることさえ出来ず。
俺がベッドに突っ伏して心を落ち着かせている間に、手際よく後始末を終えて、さっさとシャワーを浴びに行ってしまうのだ。
多分、というか絶対。梶木は抜き合い以上の行為に進みたいと思っているはずだ。
シャワー室から部屋に戻った後、既に眠りの淵に落ちかけている俺の姿を見て零すため息も、優しく髪を梳く大きな手も。
お休み、と囁いて額に落とすキスも。
穏やかさの裏に燻った熱が見え隠れしていて、梶木がギリギリの理性で欲情を抑えているのが分かる。
そんなにヤリたい気持ちを抱えていながら。
どうして毎回ベッドではなく、わざわざデカい身体を縮めてソファーで寝るんだ。あの馬鹿は。
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■TEA ROOM■