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「やめ、ろ……、ッ」

 自分から強引にフェラを仕掛けるのは良くても、俺からのキスは拒む素直じゃないところまでが、堪らなく好きだと思う。

 キスがあまり上手くないのは認める。
 でも、口では散々文句を言いつつ、小杉は俺とのキスが嫌いではないはずだ。

「……ん、んっ」

 ほら。
 身体の力が抜けて、可愛い声が漏れ始めた。

 甘え慣れていない不器用な男を裸に剥いて、一晩中でも愛し続けたい。
 一回達しただけでベッドから追い出される夜を、そろそろ卒業してもいい頃だろう。

「薫」
「っ!」

 耳元で。
 今まで呼んだことのない下の名前を口にすると、細い身体がピクンッと跳ねて、腕を掴んでいた手がシャツを強く握り締めた。

 ヤバい。まさかこんなに可愛い反応が返ってくるとは思っていなかったから、不意を突かれて、イッたばかりのモノが元気に復活してしまった。

 勢いに乗って抜き合いになだれ込みたい気持ちはあるけど、さすがに会社でそこまでは出来ないし。
 これは、何という生殺しプレイ……!

「タイムリミットだ」
「は?」

 理性と欲望の狭間で悶々と悩む俺の膝の上で。
 腕の時計を確認した小杉は、急に“営業係長”の顔を取り戻して呟いた。

「この後、区内の支店を回ることになっている」
「……マジで?」
「南支店は年間計画自体を一度立て直す必要があるから、帰社は何時になるか分からないな」
「それは、お疲れさん」

 甘い時間の余韻を全く残さない業務的な口調で、立ち上がってスーツの乱れを直す優秀な同期の営業マン。
 結構恥ずかしかった俺の『薫』はスルーかよ。

 あまりの展開に心が折れそうになったが、よく見るといつもの涼やかさを取り戻した同期の耳だけは赤く染まったままだった。

 だから、そういうところが可愛いんだっつーの。

「じゃあ今夜、俺の家に……ってのは無理か」

 駄目元で誘いをかけてみると、胸ポケットから何かを取り出した小杉が、無言でそれを差し出してきた。

 半ば強引に握らされたその物体は、真新しい皮製のキーケースと、鍵。

「俺の部屋は知っているだろう」

 丁寧な仕事が施されたそのキーケースは、深いチョコレート色を放って、手の中に丁度良く納まっていた。

 もしかして、バレンタインだから。
 そう思っていいんだろうか。

「ヤバい。今、本気でお前を抱きたい」

 露骨過ぎるかもしれないが、じわじわと込み上げてきた気持ちをどう表していいのか分からなくて、飛び出してきたのはそんな言葉だった。

「俺のテクニックを超えたら考えてやってもいい」
「高えハードルだな!」

 あのテクに追いつくために、俺は何年くらい小杉のモノをしゃぶり続ければいいんだ。
 これは遠回しに断られたってことなのか?

「まずはキスから練習しろ」

 柔らかい笑い声を残して会議室を出ようとする背中に、そういえば、と。
 イブの夜以来伝えるタイミングを失っていたひと言を、投げかけた。

「なあ、小杉」
「うん?」
「言い忘れてたかもしれねーけど、好きだ」

 仕事モードに入った同期は、振り向きはしなかったけど。

「遅い」

 ドアを閉める前に小さく呟いた小杉が、柄にもなく動揺して真っ赤になっていることは、その耳先と首を見ただけで分かった。



 手の中で熱を増す、溶けないチョコレートが。
 ほんのり苦味の効いた甘さで、ゆっくりじわじわと、心を満たしていく。

 この熱が、小杉に伝わればいい。

 一人残された会議室で、手強い同期の顔を思い出して。

 高く掲げた鍵には、緩い笑顔の輪郭だけがぼんやりと反射して輝いていた。



end.


(2010.2.14)




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