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言った瞬間、美人同期の口からは盛大なため息が零れ出た。
「梶木」
「な、何だよ」
不機嫌オーラを滲ませたその顔を近付けられて、明るい茶色の瞳を睨み返す。
今までだったらただムカつくだけだったのに、小杉がそういう表情を見せる相手は俺だけだと気付いてからは、生意気なその表情すら好きな顔になっていた。
「お前、俺を女と勘違いしているんじゃないだろうな」
「はっ?」
「股間にぶら下がっているモノを忘れたわけじゃないだろう」
突然、何を言い出すんだ。コイツは。
その綺麗な顔で『股間にぶら下がっているモノ』なんて言ってしまうところがいかにも小杉らしいが、今はそんな話はしていない。
チョコレートの話をしていたんじゃなかったのか、俺たちは。
細くて長い足を持ち上げ、机の上でクルリと体勢を変えた小杉は、俺のネクタイを引き寄せて更に顔を近付けてきた。
「何の疑問もなく、男の俺にチョコレートを貰う気でいるのが間違っている」
「!」
「俺はお前の彼女じゃない。人にチョコをねだるくらいなら、お前は何か用意しているのか?」
「してねー、けど」
言われてみれば、同じ男同士でバレンタインも何もないのかもしれない。
俺は別に小杉を女扱いする気も、チョコレートを無理にねだる気もなくて。
ただ、小杉が俺との関係をどう考えているのかを確かめたかっただけなのに。
『俺はお前の彼女じゃない』
そのひと言は、思っていた以上にザックリ胸をえぐって心臓の奥深くに突き刺さった。
確かに、男だから『彼女』ではないけど。それ以前に、付き合っているつもりもないと……そういうことなのか。
「この機会にハッキリ言わせてもらうが、俺は本来タチ専門で男に抱かれる趣味はないんだ」
「……何?」
「ノンケのケツは掘らない主義だから大人しくしてやっているだけで、お前が当然のように俺を抱く側に回る気でいるのは正直気に入らない」
タチ専門? ノンケのケツ?
血色の良い上品そうな口から飛び出してきた業界用語を、脳内で俺の分かる言葉に翻訳するため要した時間は約数秒。
その意味を理解した瞬間、俺の口はアホみたいに大きく開かれたまま、閉まらなくなった。
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■TEA ROOM■