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 思春期のガキでもないのに、あの夜の俺の余裕のなさといったら……。
 思い出しただけで、顔どころかケツから火が出るほど恥ずかしい。
 小杉には何度も下手くそ扱いされたが、本当は俺だって女相手ならもっと余裕を持ってリードできるし、キスが苦手なのは認めても、アッチの方は回数も質も自信はあるんだ。

 元々飲めない日本酒に酔っていたせいなのか、普段は滅多に見られない無防備な表情と危険なフェロモンで俺を瞬殺した同期は。
 翌日にはもういつもの涼しい表情を取り戻して、『ご馳走さま』というとんでもない発言と悪魔の笑顔を残して車を降りていったのだった。


○●○


「食べられない物を貰っても仕方ないだろう。今年は諦めろ」
「は?」

 会社では思い出してはいけないあれこれを思い出してムラムラしていた俺は、小杉の声で我に返った。

「食べられないって、何がだよ」

 確か話題は、バレンタインデーのチョコレートについてだったはずだ。

 デカい図体で酒も飲む俺は、甘い物をあまり食べない人間だと思われがちだが、実は大の甘い物好き。
 バレンタインデーは、普段自分では買わないような色々な種類のチョコレートが楽しめる夢のようなイベントなのに。
 今年は何故か、まだ社内の誰からもチョコレートを貰っていなくて、今朝からそれが不思議でならなかったのだ。

 チョコ贈賄禁止の社内通達でも出たのかと思ったけど、安藤課長や小杉が貰っているということはそうではないらしいし。
 社内だけじゃなく出先の会社でも、毎年俺に気合の入った義理チョコを用意してくれる女の子は多いのに、どうして今年に限って……。

「梶木係長は虫歯治療を終えたばかりでチョコレートを医者に禁止されているから、今年は義理も本命もプレゼント厳禁!……という通達が女性陣の間に出回っているぞ」
「何だよそれ!」
「FDC社の受付嬢にも『梶木さんにお渡ししたかったのに、残念です。お大事にって伝えて下さいね』なんて言われたくらいだから、取引先にも周知徹底されているらしいな」

 一体誰の陰謀だ。

 あまりの出来事に言葉を失う俺を見下ろし、小杉は、色素の薄い瞳を細めて笑った。

「イイ年の大人が虫歯でチョコレートのドクターストップとは。無様だな、梶木」
「歯医者なんて高校を卒業して以来かかってねえよ!」

 というか、去年安藤課長が虫歯痛で食欲をなくしていた時にはわざわざコンビニでうどんまで買ってきてやったくせに、俺が虫歯だと“無様”なのかよ!

「クソッ! 誰だ、妙な噂流しやがったのは……!」

 どうやら、可哀相な俺は、何者かの策略によって今年は一個もチョコを貰えずに終わるらしい。



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