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「おかしい」
恒例の係長会議を終えて、会場の後片付けをしながら。
今朝からずっと感じていたことを呟くと、同じく会場設営当番だった同期の小杉が表情を変えずに顔を上げた。
「どうした」
「いや、何か変なんだよな」
「……自分の顔の話か」
「違う!」
少し前の俺なら、コイツのこういう失礼極まりない発言に本気で腹が立っていたけど、最近はこんなやり取りまで楽しく思えてしまうんだから、我ながらどうかしている。
元の位置に並べ終えた椅子の一つに腰を降ろして、俺は『社内イチの美人』と言われる同期に、抱えていた疑問をぶつけてみた。
「なあ、小杉。……今日、誰かからチョコを貰ったか?」
「チョコ?」
細い眉を僅かに跳ね上げて、ようやくその意味を理解したらしい小杉は、俺の目の前の机に浅く腰掛け、その綺麗な顔に色気の滲む笑みを浮かべた。
「ああ、そういえば今日貰った分は課のデスクに置きっぱなしだったな」
「やっぱり……」
朝出勤してきた時点で安藤課長のデスクの上には建設途中のピラミッドかと思うほどのチョコレートが積まれていたし、給湯室の前で小杉が女性社員たちに声を掛けられていたのも見たし。
休憩時間に他の同僚達にも女性陣がチョコを配って回っていたから、もしかして、とは思っていたけど。
やっぱり、俺だけ……なのか?
「梶木、もしかしてお前……誰からも貰っていないのか」
「!」
爽やかな笑顔と柔らかいテノールに似合わず、小杉の言葉はいつも容赦ない。
脱力して机の上に突っ伏す俺を見下ろす微笑みは、悪魔の笑みだと思った。
○●○
新人研修の飲み会で酔いつぶれた小杉にいきなり濃厚なキスを仕掛けられた挙句、下手くその童貞扱いされてからというもの、俺たちは社内でも有名な犬猿同期として微妙な関係が続いていて。
常に事務的に物事を進めようとする態度も、笑顔のままとんでもない毒舌をかます可愛げのない性格も。
すべてが気に入らないと思いながら、あの一件以来、何故か俺の目は小杉ばかりを追うようになっていた。
――だから、安藤課長を見つめる小杉の表情が他の奴に向ける顔とは全然違うことにも、すぐに気付いたのかもしれない。
それを面白くないと思っている自分の感情を認めるのにも、時間はかからなかった。
新人研修の夜に一瞬だけ見せてくれたあの可愛い顔を、独占したい。
いつの間にか、そんなことを考えるようになっていて。
……とはいっても、相手は男で、しかもあの小杉だし。何か行動を起こそうとは考えてもいなかったんだけど。
クリスマスイブの夜にお持ち帰りを果たした時には、そんな理性のブレーキは完全に吹き飛んでしまっていた。
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■TEA ROOM■