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昨日は何やらいい雰囲気に突入してしまって、すっかり忘れていたのだが。
俺と梶木が犬猿の仲と言われる原因の一つは、アイツの間の悪さにあるんだと思う。
「――遅い」
帰り支度を済ませ、休憩室でテレビを見ながら、俺はさっきからもう何度も壁にかかった時計を確認しては沸き上がるイラッと感を抑えていた。
早めに仕事を終えて、外回り先からの帰りに思い切って梶木にメールを送ったのが一時間ほど前。
返信はすぐに返ってきて、俺が本社に戻り次第、梶木も仕事を切り上げて飯を食いに行く方向で話はまとまっていた。
それなのに。
帰社した俺を確認して帰り支度をしようと立ち上がった梶木は総務課長に呼び止められ、先月分の営業二課の備品要求に不備があったと書類を突き返されてしまい……。
結局、食事の話はお流れになってしまったのだ。
仕事が入って帰りが遅くなるのは、仕方ない。
ただ、備品要求書の手直しくらいならそんなに時間はかからないだろうと思って、俺がこっそり待ってやっているのに、いつまでたっても帰る気配がないというのはどういうことなんだ。
「あの単純な仕事に何十分かける気だ、馬鹿」
今は比較的落ち着いた時期で、ウチは『早く帰れる時には一秒たりとも残業しない』がモットーの会社なので、同じフロアの人間はほとんど帰ってしまっている。
もしかしたら、営業のフロアにはもう梶木しか残っていないんじゃないだろうか。
別に、そこまで梶木と一緒に食事に行きたいという訳ではないけれど。
こんなに待ってしまったからにはそのまま帰るのも悔しくて、忘れ物を装って軽く様子を見てみようと立ち上がって出てみた廊下は、やっぱり既に明かりが落とされていた。
省エネ対策で容赦なく照明も暖房も切られたフロアの中、二課のデスクにだけ明かりがついている。
「まだ残っていたのか」
「うおっ!」
音をたてないように近付いて大きな背中に声を掛けると、梶木は大袈裟に飛び上がって振り向き、手を広げてデスクの何かを隠した。
「小杉!? 帰ったんじゃなかったのかよ」
「お前こそ、もう要求書は訂正したんだろ。何をそんなに……」
「おい! 見るな!」
見るなと言われると、絶対に見てやろうという気になる。
デカい身体を押さえて脇から覗いてみたデスクの上には、携帯電話が投げ出されていた。
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■TEA ROOM■