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イベント翌日の安藤課長は、分かりやすい。
「課長、昨日は随分激しくお楽しみだったんですね」
ぎこちない動きでコーヒーを入れて戻ってきた上司にクッションを手渡して声を掛けると、男前の顔がパッと赤く染まった。
「別に、何も楽しんでねえよ! これは昨日、ちょっと転んで腰を……っ」
「力任せのお子様相手じゃ腰も痛くなりますよね」
「人の話を聞け!」
きっと頭の中で『だから加減しろって言ったのに、三澤の馬鹿……あんなに激しくしやがって』とか『っていうか、何思い出してるんだよ俺の馬鹿! 今は仕事中だ!』とか、そんなことを考えているに違いない。
忙しく変わる表情から思考が丸分かりだ。
「ペンを変えたんですか」
「ん?……ああ」
まだ必死に言い訳を繰り広げる上司の胸ポケットに挿さったペンが今までと違うことに気付いて尋ねると、硬かった表情が急に柔らかいものになった。
“昨日プレゼントしてもらったのが嬉しくて、早速使っています”と顔に思い切り書いてある。
誇らしげに胸で輝く老舗ブランドのペンは、三澤の御曹司のチョイスにしては意外にリーズナブルな一品に思えたが、安藤課長の表情は見ているこっちが恥ずかしくなるほど幸せオーラに満ち溢れていた。
「アイツ、急に皿洗いのバイトなんか始めるから何のつもりかと思ったんだけど……こういうのは、自分で稼いだ金で買って贈りたいんだって言って」
「――課長、朝っぱらから地球の平均気温を上げないで頂けますか」
熱過ぎる。きっと今、北極と南極では氷が大量に溶け出して、地球が大変なことになっているに違いない。
三澤家の御曹司が皿洗いをしている姿は想像出来なかったが、あの生意気御曹司なりに早く一人前の男になって課長の前に立とうとしているのかと思うと、少し寂しい気もしつつ、可愛い上司を嫁に出してやってもいいかなという気持ちになれた。
「せめてお子様に加減を教えてやらないと、そのうち本当に腰が立たなくなりますよ」
「だから、違うって言ってるだろ!」
不思議に、胸は痛まない。
本心から安藤課長の幸せを願える自分に安心して、最後に可愛い尻を揉み納めしようと伸ばした手は、ぶ厚い資料ファイルによって進路を阻まれてしまった。
「お、梶木君。おはよう」
一瞬で仕事モードの顔に戻った課長が、俺の手を阻んだ男に声を掛ける。
いつの間にか、課長と俺の間に仏頂面の梶木が資料ファイルを持って立っていた。
「おはようございます安藤課長、……小杉係長」
高い位置からジロリと俺を見下ろす瞳に、何故か怒りの色が浮かんでいる。
最後のひと揉みを邪魔されて、怒りたいのは俺の方だ。
「お前の席はあっちじゃないのか」
今朝は少し寝不足気味に見えるその顔を思い切り睨み返して顎で二課を指すと、手に持っていたファイルを強引に押し付けられた。
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■TEA ROOM■