9


 下手くそなのに、温かくて、甘くて。何故か心に残るキス。

 少しは酔いも手伝っての事だろうが、こんな事をしてまで本気で俺を慰めようという同期の暑苦しい優しさは、ついさっきまで感じていた微かな嫉妬を忘れさせてくれるには十分だった。

 こんなクリスマスプレゼントも、悪くないかもしれない。
 きっと明日からまた、ほんの少し性格が悪い、気の利く部下として、安藤課長に普通に接することが出来る。

「またダメ出しかよ」
「また?」

 覆いかぶさった身体を密着させたまま、零れてきた言葉が気になって顔を見上げると、梶木が面白くなさそうに口を尖らせて俺を見下ろした。

「新人研修の時のこと、覚えてねえんだろ」
「何を……?」
「酔い潰れたお前をわざわざ運んでやったってのに、いきなりキスしてきて。しかも、勝手にしてきやがったくせに『下手だな、童貞か』って」

 何だ、その衝撃的なエピソードは。
 全然、覚えていない。というか、むしろ初耳だ。

「お前……童貞なのか」

 何よりも気になったことを恐る恐る尋ねると、男らしい眉の端がピクリと跳ね上がって角度が一気に険しくなった。

「んなワケねえだろ! いきなり男にキスされたら驚いて固まるに決まってるだろうが!」
「じゃあ、研修の時から何かと突っ掛かってきたのは……」
「人を童貞扱いしておいて、全部忘れて涼しい顔で話し掛けられるのがムカついたからだ!」

 それは本当に、初耳だった。

 まさか、不仲の原因がこんな馬鹿馬鹿しい出来事だったとは。
 そういえば、初日の飲み会までは梶木との仲はそんなに悪くなかった気がする。あまりに前のことでよく覚えてはいないけど、確かその飲み会では意気投合して、それで調子に乗って飲めない日本酒を飲み過ぎて潰れたような。

 その時の事を思い出したのか、顔を真っ赤にして怒鳴る梶木の顔を見ていたら、何だか急に可笑しくなって、自然に笑いが込み上げてきた。

「おい、笑うな!」

 梶木には悪いが、笑わずにはいられない。
 鬱陶しくてとにかく苦手だと思っていた男を、実は酔った勢いで襲ってしまうくらい気に入っていたなんて。

「新人の時から……全然上手くなっていないんだな、お前は」
「何っ!?」

 今夜だけ。
 明日になったら全部忘れていつもの関係に戻るから。今夜だけ、研修の時と同じように酒の力を借りて、この同期の優しさに甘えることを許してもらおう。

 熱を持った首の後ろに手を回して顔を引き寄せ、俺は、形のいい耳に息を吹き掛けるように囁いた。

「大人のやり方を教えてやるよ、坊や」
「っ!」



(*)prev next(#)
back(0)



■TEA ROOM■

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -