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 起き上がる隙を与えず、梶木が馬乗りになって身体を組み敷いてくる。

「……重いぞ」

 そんな趣味もないくせにお前が俺を押し倒してどうする。しかも、何でお前が上なんだ。
 突っ込むべきところは盛り沢山なのに、見上げた顔は怒りなのか何なのか複雑な感情に満ちていて、どう反応していいのか分からなかった。

「似合わねえんだよ」
「何が」
「そんな健気っぽい顔、お前には全っ然似合わねえ」

 失礼な。突然人を押し倒しておいて、言うことがそれか。
 そもそも、そんな健気な顔をしているつもりは全くない。それより何より、今は腹の上で思い切り存在感を放っているモノが気になって仕方なかった。

 ゲイだと知っていて俺を連れ帰り、パンツ一丁でその上に跨がってくる男を、据え膳と呼んでいいんだろうか。

 今夜はクリスマスイブ。
 馴染みのバーで寂しさを紛らわすために一晩限りの相手を探す事も出来ず、見たくもなかった安藤課長の幸せそうな姿を目撃して。
 散々な目にあった夜の終わりに、外見だけは自分好みの男をほんの少し味見しても罰は当たらないだろうに。
 これだけ酔いが回っていてもまだ、最後の理性を完全には手放せない自分が少し憎かった。

「寂しいくせに一人で強がって。可愛くねえってんだよ」
「それで? 寂しい俺を身体で慰めてくれる気か」
「ふっ……ざけんな! 俺は真剣に……!」
「中途半端な同情なら要らない。お節介なのは結構だが、人の性癖にまで無神経に口を出すな」

 どうせ、本気で受け入れる気もないくせに。
 半端に優しくされる方が辛いということが、この男には分からないんだろう。

「いい加減にどいてくれないか」

 もう話すことはないとばかりにわざとらしくついたため息と、梶木の舌打ちが重なる。

「……この野郎!」

 目の前のご馳走に多少の未練を残しつつ起こそうとした身体に、覆いかぶさってくる熱と重みを感じて。

 気付いた時には、乾いた大きな手に頭を押さえられ、酒と煙草の香りを纏った舌を口の中に差し入れられていた。

「ッ、ん……!」

 あまりこういう事にテクニックを駆使しそうなタイプではないと思っていたが。
 これはひどいキスだ。

 乱暴に唇を重ねてきた割に、中を探る舌の動きはどこかぎこちない。勢いでキスしてみたものの、自分でもどうしたらいいのか分からなくて戸惑っているのがバレバレのお子様キス。
 それなのに。
 パジャマ1枚隔ててピッタリと密着した身体から梶木の鼓動が伝わってきて、何故か俺は、キスとも呼べないようなこのキスに感じて妙な声を漏らしてしまった。

「手に入らない奴のことなんか、忘れちまえ」

 唇を離して俺を見下ろす梶木の顔が、俺の知らない男に見える。
 もしかして、見た目には全く分からないけど、梶木もかなり酔っ払っていたりするんだろうか。

「キス……下手だな」

 まだ梶木の味の残る舌で、やっと言えたのはそんな言葉だけだった。



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