第1話 3
いつの間にかあだ名が『ぴよケツ』に定着しそうになっている事も気になったが、それより他の客への紹介を阻止する方が先だ。
目的はあくまでも、店に潜入して褌姿の客と記念写メを撮ることなんだから。
皆に紹介されてしまい『ぴよケツ』として店に馴染むような事があってはならない。
「しゅ……シュウさん!」
俺は慌ててカウンター席から立ち上がり、ジョッキを片手に褌の群れがひしめくホールの中央に向かおうとしているシュウさんを引き止めようと後ろから褌の紐を引っ張った。
「うおっ、いきなり何しやがる」
「あの、ちょっと待って下さい」
「褌を引っ張るんじゃねえよ、ぴよケツ」
ああ、やっぱりあだ名はぴよケツで決定なのか。
可愛いと思えない事もない響きだけど、初対面の相手にそんな呼び方をされるとかなり微妙な心境だ。
「他の方に紹介されるのは、困るんです」
「ああ?」
後ろから褌の紐を引っ張ったまま訴えると、シュウさんのキリッと男らしい眉が片方だけ僅かに跳ね上がった。
真っ正直に罰ゲームの事を話したりは出来ないけど、かといって適当な理由を付けてごまかす事も出来ない自分の不器用さが憎い。
「さてはお前……アレか。恥ずかしがり屋さんか、コノヤロウ」
逞しい褌姿の男の口から「恥ずかしがり屋さん」という言葉が飛び出すのもどうかと思いつつ。
とりあえず精一杯頷いて、皆に紹介するのだけは勘弁して欲しいと目で訴えると、シュウさんはそれで納得してくれたらしかった。
「まあ、そうだな。俺も最初は店に入るだけで恥ずかしくて落ち着かなかったから、気持ちは分かる」
「……はあ」
「店にも褌にも、ゆっくり慣れていけばいい」
「ありがとう、ございます」
こんな格好で堂々と破廉恥くさい名前のビールを頼む人に「恥ずかしくて落ち着かなかった」などと言われても説得力ゼロだが、とにかくここは頷くに限る。
褌の群れに俺を紹介するのをあっさり諦めてくれたシュウさんは、にっこり笑って俺の背中をペシペシ叩いた。
褌姿が衝撃的で、屈強な身体つきも何だか怖いような気がしていたけど、話してみると結構イイ人で安心できる。
きっと、他の褌男達も、ただ褌が好きだというだけで意外にイイ人達なのかもしれない。
ぼんやりそんな事を考えているうちに、いつの間にか超至近距離に立っていたシュウさんがじっくりと俺の身体を観察し始めていた。
「しかしなあ、何だよコレは。身体つきが少し細いのはともかくとして、この褌の締め方はねえだろ」
「えっ?」
「何で後ろをこんなにモッコリ膨らませてやがるんだ。これじゃまるでオムツだぞ」
確かに、店内に溢れている褌姿の男達の身体は皆“見せる用”にしっかり鍛えられた褌の似合うガッチリ体型ばかりで、少しは鍛えているつもりの俺の身体は貧弱に見えるかもしれない。
褌も。生まれて初めて実物を見た越中褌の締め方が分からず苦戦して、しっかり締められてはいないだろうと自分でも分かっていたんだけど。
それにしても、オムツとは。
「ちょっと貸してみろ、俺が締め直して……」
「えええっ!? わ、止めて下さいっ」
しげしげと自分の褌を眺めていると、シュウさんの手が下半身に伸びてきて、我に返った俺は必死で股間をガードした。
「馬鹿、締め具合を調整するだけだ」
「や、だって!」
ここは褌好きの集うゲイバー。
締め具合の調整から、怪しい行為に発展してもおかしくはない。
身の危険を感じてジリジリ後退りする俺と、間合いを詰めてくるシュウさん。
耳に、落ち着いたバリトンが流れ込んできたのは、まさにこの瞬間だった。
「止めろ、シュウ。コイツはお仲間じゃねえよ」
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