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それぞれの思い(2/3)

試合中、開く点差に焦っていた時に聞こえたみょうじさんの声。
そのラリー中に一瞬見えたみょうじさんは、心配に耐えないような顔をしていた。焦る俺に冷静さを取り戻させる為に呼び掛けたのは分かるが、なんであんなに心配そうな顔をしていたのかは分からない。まさか周りが見えなくなっていた俺を心配して…?いや、そのセットを落としそうになっていたからだろう。結果的には落としてしまったけど。

「おばちゃんありがとな!」
「いいんだよー。このくらい」

コーチはおばさんと会話しながら会計をしている。
コーチに連れられて来た居酒屋では、みんな無言でひたすら飯を食っていた。でも、食べ終わる頃には重かった空気はだいぶ軽くなり、ちらほら会話が聞こえるようになっていた。

「「「ご馳走様でした!」」」
「またいつでも来てねー」

挨拶をしてから居酒屋では出ると、次の練習日の日程を知らせるのに澤村さんが全員を集める。

「今日は全員、ゆっくり休むように!」
「「「ウス!」」

解散!と言われて、同じ方向に帰る人同士が自然と集まり、それぞれ帰路につこうとしていた。ここからだと確か俺と同じ方向の人はいなかったよな。どのみち人と話すような気分じゃねぇし、明日の練習に向けて体休める為にもさっさと帰るか。

「影山、お疲れー」
「お疲れっス」

違う方向に歩いて行く先輩達に挨拶してから、自分の帰る道を淡々と歩いて行く。

1人になると再び込み上げてくる悔しさ。自分なりに精一杯努力したし練習もした。なのに、あの人にはまだ敵わない。

「…ッ」
「飛雄君、待って!」
「!…みょうじさん?」

当たりどころない苛立ちを感じて舌打ちしようとした時、急に後ろから声を掛けられ、足を止めて振り返る。そこには小走りでこちらに向かってくるみょうじさんの姿があった。

「歩くの早いね!頑張って早歩きしても追いつかなかったから走っちゃったよ」
「みょうじさん方向こっちじゃないっスよね」

相手の質問に答える前に、つい自分が抱いた疑問が口をついて出た。走ってまで追いかけてきたって事は連絡事項の追加か何かを伝えに来たのだろうか。

「うん。今日は買い物してから帰るからこっち!」
「か、買い物…」

大事な話ならと思い、聞き逃すまいと耳を傾けていれば買い物という単語が返ってきて拍子抜けした。そんな俺の横でみょうじさんは、お米残ってたかなぁ、と言いながら一人考えているみたいだ。

「?帰らないの?」
「え?あぁ…」

その場に立ち尽くしたままの俺に、数歩先を歩いて行くみょうじさんは振り返り言った。俺は慌てて彼女の横まで行く。みょうじさんは追いついた俺の顔を見て、何かに気づいたような素振りをすると急に申し訳なさそうな顔をした。

「ごめん。もしかして1人で帰りたかった?それなら、」
「いえ、気にしないで下さい」

本当は1人で帰りたかったけど、先輩相手にそんな考えは通用しないだろう。それになんでかみょうじさんならいいかという気持ちもあった。これがもし日向とかだったら容赦無く無視して帰るところだけど。

「…………」
「…………」

気を遣ってか一緒に歩き出してからみょうじさんは俺に話し掛ける事なく黙々と歩き、耳に入ってくるのは2人分の足音だけ。いつもならこんな沈黙気にならないのに、今日はやけに気まずく感じる。
みょうじさんの方を見れば、ただただ前を見て歩いていた。

「…みょうじさんは…」
「うん?」

口を切れば、短い返事のあとに視線がこちらに向いたのが分かった。俺はさっきまでのみょうじさんみたいに前を見ながら一本調子で話を切り出す。

「越えたい人とかいましたか」

みょうじさんは眉に寄せ、越えたい人…と呟く。考えている動作をしながらも足は止めない。急に歩いている道が明るくなったかと思えば、俺達の横を1台の車が通り過ぎて行った。

「…いなかった、かな」
「そうっスか…」

いないと言う割には答えるまでに数秒あった。その間は気になったが再度聞くことはしなかった。

いつの間にか前にみょうじさんと会った24時間営業のスーパーの通りまで来ていた。俺のランニングコースでもあるこの道は、交通量の少ない割に道の幅は広い。並んで歩く俺とみょうじさんの間は、人1人が余裕で入れるくらいの空間が空いている。

「負けてないよ」

一区切りのやり取りが終わり、再び沈黙が訪れようとしていた時、不意にみょうじさんはそう呟いた。そして、今まで進めていた歩みを止めて俺の顔をじっと見る。その顔はいつになく真剣で思わずドキリとした。…って、先輩が真面目に話そうとしてる時に何考えてんだ俺。

「え?あの…」
「及川さん」
「!?」

及川さんの名前を聞いて固まる俺を見てその反応が想定内だったのか、みょうじさんは特に気に留める事なく続ける。

「あの人も凄い人だけど、飛雄君も負けてない」

最初はみょうじさんが俺を慰める為にそう言ったのだと思っていた。というのも、俺自身が今日の試合で及川さんに勝てた場面なんて一度もなかったと思うからだ。だけど、俺がそう思っているのを読んだのか、慰める為に言った訳じゃないよ、とみょうじさんは間髪入れずに言った。

「あの人に負けないくらいの武器を、飛雄君は持ってる」
「…武器」
「うん。だから私は本当に負けてないと思ってるよ」

軽く微笑むみょうじさんを見て、何故かそんな彼女から反射的に視線を逸してしまった。…あれ。なんで今みょうじさんから目逸らしちまったんだ…?

「え、と…ありがとうございます…」
「?」

一度は逸らしたものの、またみょうじさんを見てお礼を言えば、彼女は何に対してお礼を言われているのか分かっていない感じだった。でも、すぐに笑いながら俺の腕を軽く数回叩く。

「試合の時、心折れるんじゃないかって心配したんだからねー。特に1セット目の後半」
「すみません…。でも俺そんなに簡単には折れません!それに潰されるつもりもねぇっス!」
「あはは!それは頼もしいね!」

心配してもらっていた事を知って、心配を掛けさせてしまった申し訳なさや情けなさ以上に嬉しさを感じている俺はやっぱりどこかおかしい。

自分の中にある違和感が何なのか分からないまま、少し歩いた先にあるスーパーの前でみょうじさんと別れた。





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