「うん。ありがとう金田一」
次の対戦相手の決まる試合を見に行っていた後輩が戻ってきた。俺も途中まで見てたけど、勝敗が見え始めた頃には切り上げていた。やっぱり泉石が上がってきたか。試合を見てた限り、烏野みたいに特別注意すべき対象はいない。
「……」
「?泉石で気になるところがあるんスか?」
「…ううん。泉石ではないけどちょっとね」
烏野というキーワードから、さっき会った烏野のマネージャー、なまえちゃんとの会話が蘇る。…彼女は一体どんな環境の中でバレーをやっていたのか…
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烏野とのフルセットでの試合が終わって、ようやく与えられた休息の時間。
「岩ちゃん、ちょっと手洗ってくる」
「早く戻って来ねぇとぶん殴る」
「誰のせいだと思ってんのこれ!!」
岩ちゃんにスポーツドリンクでベタベタする手を見せるが、思いっきり無視された。準々決勝に向けて、別のユニフォームに着替えてから水分補給をしようとドリンクホルダーを手にした瞬間、岩ちゃんから凄い勢いでそれを取り上げられ、中身が見事にこぼれてしまったのが数秒前。ちょっと冗談を言っただけであんなに怒らなくてもいいのに。
「あ、お疲れ様でした!」
「!お疲れ、なまえちゃん」
手を洗いに行った帰り、体育館に向かおうとしたら廊下でバッタリとなまえちゃんに会った。挨拶が過去形になっているのは、彼女のチームが敗退して、この先試合をする事がないからだろう。
「強かったです。青葉城西」
「みんな頑張ってくれたからね」
素直に負けを認める発言をするその表情はいつもと変わらない。負けて悔しくないのかと錯覚させるくらいだ。でも勝負事に負けて悔しくない訳がない。自分のチームを負かしたチームの人の前では、悔しさを悟られたくない気持ちはよく分かる。白鳥沢との試合の時はいつもそうだったし。
「先輩」
数回のやり取りの後、唐突にそう呼ばれた。なまえちゃんに何?と返せば一言。
「勝って次に進めるのに、どうしてそんなに暗い顔してるんですか?」
と不思議そうに言われた。
「…え、俺が?」
聞き返せば、コクリと頷かれる。
烏野との試合で、元々才能に恵まれている飛雄やウシワカちゃんの存在が、自分の中で一層増した事にモヤモヤしていたのはあった。でも俺もなまえちゃんのように、いつもの通りに振舞ってたつもりだったから彼女の言葉に驚きを隠せない。
「あ、いきなりこんなこと言ってすみません」
驚いて次の言葉が出てこない状態の俺を見て気を悪くさせたと思ったのか、謝るなまえちゃん。俺がそれを否定すればホッとした顔をされた。
「でもまぁ…気持ちがスッキリしてないのはあるかもね」
なまえちゃんは特に理由を聞かずにただ、そうですかと相槌を打った。このモヤモヤした気持ちは多分なまえちゃんには理解できない。
「なまえちゃんはさ、才能とか意識した事ないでしょ?」
天才は自分の持つ才能を意識しないはずだ。できて当たり前って感じだろうし。
なまえちゃんを知ったのは、彼女がウシワカちゃんの応援に来ていた時だから、彼女の試合を見たことは1度もなかった。でも、飛雄の態度からして何かしら才能を持っている人間に違いない。それは飛雄のバレー以外のことには興味を示さない性格から想像がつく。
「ありますよ」
だけど、返ってきた答えは自分の思っていたものとは正反対のものだった。
「同じ練習をしても相手はどんどん上達していって…練習ではしてないような事を試合で咄嗟にぶっつけでできる」
私にはとてもそんな事できません、となまえちゃんは笑いながら言った。いつもみたいな明るい感じじゃない。苦笑に近い笑い方。…意外だった。てっきり才能に恵まれた人間だと思っていた。
「でも、才能ある人間が必ず上に行けるとは限りません」
ハッキリ言い切った彼女の表情はさっきとは一変して全く無かった。同じ無表情でも先輩マネちゃんに絡もうとする他校の人をあしらっていたあの時とは違う。冷たさも感じられないが感情も感じられない。
「試合前に引き止めてしまってすみません。試合、頑張って下さい」
微笑んでそう言い頭を下げると、俺の返事もロクに聞かずになまえちゃんは足早に廊下を歩いて行った。追求されるのを避けたかったのかもしれない。
彼女の後ろ姿を見ながらそう思った。
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