「え、じゃあ あの超人コンビ今頃補習受けてんの」
「あぁ…まぁ」
澤村に話を聞いた黒尾は、なまえとのやり取りで、彼女が2人が遅れる理由を頑なに言わなかったことをやっと理解する。なるほど、確かにそれは本人達の顔に泥を塗ることになりかねねぇわ、と。
「つーか、あいつ自身はどうだったの?試験」
「あいつってなまえのことか?なまえなら……」
黒尾に聞かれた澤村は、記憶を辿りながら話し始めた。
・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…
それは期末試験から数日後のこと。
全クラスの試験の返却が終わり、男子バレー部の部室では、キャプテンの澤村が中心となって、部員達に赤点の有無を確認していた。
「「スミマセン」」
部室の床に正座しながら俯いているのは、問題の4人の内の2人、1年の日向と影山。彼らは1教科ずつだが赤点を取ってしまったらしい。日向は解答欄をズラして記入し提出した英語を、影山は例年より多く出題された読解問題に苦戦した現文を、それぞれ落としていた。
「あんまり落ち込むなよ。遠征は今回だけじゃ、」
「どうやって東京まで行く」
「走るか」
「チャリだろ」
落ち込んだ様子の日向達を慰めようとした菅原だったが、どんな手を使っても東京に行こうとする彼らに、行く気だ…と若干引き気味になる。その後ろでだんまりを決めていた田中は、とある人物を頭に浮かべた。確か土曜はバイトも練習も休みだっつってたよな、と思考を巡らせる。
「お前ら赤点は1コだけだな?それなら補習は午前中で終わるハズだ」
「ほんとですか田中先輩!」
「おう!そしたら俺が救世主≠呼んでやろう」
救世主が誰なのかと部員達が分からずにいると、それに気付いた田中が、自分の姉だと説明する。
「ただし、乗車中の安全性及び快適性等については一切保証致しません」
「どうしたんスか。急に変な喋り方して」
話の内容よりも普段とは全く違った口調の田中が気になった影山だが、何故か菩薩顔で手を合わせ始めた田中を見てギョッとする。
「お姉さんに送ってもらえるのすごく有り難いけど、俺、日向の車酔いが心配かも」
「言われてみれば、確かに」
青葉城西との練習試合の時に日向がバスで壮大にやらかしたことを思い返す菅原と澤村。もしも日向がリバースした場合、必然的に誰かがそれに対応をしなければならない。冴子は運転中だと手が離せないだろうし、かといって、日向を介抱する影山なんかは余計に想像ができない。
「マネの誰かについてもらうしかないよなぁ」
「でも、誰に頼むかって話ですよね。谷地さんは入ったばかりで単独行動は難しいとして」
「清水かなまえのどっちかだな」
澤村と菅原、縁下が頭を悩ませていたところで、部室のドアが勢いよく開いた。あまりの勢いに数人がビクッと肩を震わせる。ドアを開けたのは西谷だった。
「ちわーっす!」
「ノヤっさん!誰か着替えてたらどうすんの!」
西谷に手首を掴まれ、引きずられるようにして現れたのは今まさに会話に出ていたマネージャーの1人、なまえだった。普段はあまり部室に顔を出さない彼女の登場に、部員達の頭上には疑問符が浮かぶ。
「こいつヤベーんスよ、大地さん!」
「ん?何がだ西谷」
「テストっスよ!ヤベーくらいヤベーですから!」
「ボキャブラリー」
澤村の呟きが聞こえていたのかそうでないのか。西谷は興奮した状態のまま、なまえを連れて部室に入ってきた。ヤバイというワードを悪い意味で捉えた部員達は、そんなに酷かったのか…思いながら慌ててフォローの言葉を探す。
「あちゃー、翔ちゃんも赤点取っちゃったんだね」
「うぐ…っ」
一方のなまえはといえば、あっけらかんとした様子で、未だ床に正座したままの日向と影山に話し掛けていた。影山の赤点は彼自身から聞いていて知っていたなまえだが、日向の赤点については知らなかった。日向の答案を見ながら、惜しい!と漏らす彼女に突如影が差す。
「な、なぁ、なまえ気にするなよ!俺なんて平均点と大差なかったんだしさ!」
「人に教えながら勉強してたんだから仕方ないって!」
目の前に来たかと思うとしきりに励ましてくる東峰と縁下に、訳が分からないままなまえは、ありがとうございます?と取り敢えずお礼を言う。
「なに意味わかんねぇこと言ってんスか!それよりコレ見て下さいよ!俺初めて見ました!こんな点取ってる奴!」
「西谷〜、そういうの良くないと思、」
「いいから見て下さいって!」
東峰達を不審そうに見た後、西谷は持っていたB5の紙を菅原に見せに行く。紙のサイズから、それが期末成績表なのだと分かった菅原は、見ていいの?と遠慮気味になまえに聞いた。しかし、当の本人は特に気にする様子もなく、はい、とだけ答えるとまた日向達と話を始める。気が引けつつも、菅原は西谷から紙を受け取った。
「ちょっ、は!? 何これ!西谷じゃないけどヤバいって言葉しか出ない!」
真っさらな紙にズラリと並ぶ数字。それに目を通した菅原は、驚きのあまり反射的に西谷に紙を返してしまう。その反応が気になった部員達は、一斉に西谷の近くに寄ると、彼の持つ成績表を覗き込んだ。
「うわ、マジか。全教科一桁……」
「なんか色々えげつない。偏差値とか」
「どおりで赤点の点数を知らないわけだ」
「これだと赤点が何点でも関係ないですもんね」
周りが騒然とする中、日向と影山から救世主≠フことを聞いたなまえは、何か考えるようなそぶりをした後、澤村達に話し掛けた。
「あの、車を出してもらう件ですが……冴子ちゃんだけに任せるのは申し訳ないので、私も2人と一緒に行くというのはどうでしょうか?」
翔ちゃんの車酔いも気になりますし…と提案してくるなまえに、願ったり叶ったりだと顔を明るくする澤村と菅原。なまえは、勉強会やら何やらで田中の家に行く内に冴子と仲良くなり、今では2人でご飯に行く仲になっていた。それを田中から聞いていた2人は、なまえの申し出を喜んで受け入れた。
「ちょうど清水かなまえに頼もうと思ってたところだったんだ!助かるよ」
「いえ!潔子さんは仁花にマネージャーの仕事を教えないといけませんし」
なまえは、西谷の手元にある自分の成績表を回収すると、さっそく今の件を顧問の武田に伝えるべく部室を出て行った。彼女の足音が遠くなっていくのを確認すると、日向は恐る恐る口を開く。
「あの、なまえの点数が一桁って…本当、ですか?」
さきほどの西谷達の会話をところどころ聞いていた日向がそう問えば、部室内にどっと笑いが起こる。
「はははっ、違う違う!一桁って言うのは…」
順位のことね、と菅原が教えると、日向とその隣で黙って話を聞いていた影山は同じタイミングで、ヤベェ…と呟いた。
・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…
「勉強ができるのは知ってたけど、まさかあそこまでとは思ってなくてな」
「へえ〜」
大体想像のついていた結果で黒尾はそこまで驚かなかった。極端に勉強が出来るか出来ないかのどっちかだろうと予想していたからだ。良くもなければ悪くもない、という結果はまずなさそうだとも。根拠はなかったが、接していて何となくそう思っていた。
「なまえちゃん、期末の成績バレー部の中で一番良かったんだって?」
「……ノヤっさん喋ったな…」
その日の夜。遅れて東京に来ていたなまえに、黒尾はニヤリと悪い笑みを浮かべて早速テストの話を振る。なまえは、また西谷あたりが話したのだろうと短く嘆息した。他人に試験結果を教えることについては、特に抵抗はなかったが、黒尾には知られたくなかった。どんな結果であれ、からかわれる要因になりそうだから。
「あ?聞いたのはおたくの主将さんからだけど」
「え!?大地さん!?」
意外な人物の名が上がり、なまえは驚嘆する。けれど、黒尾にとって成績の話をしたのが誰だったのかはさほど重要ではなくて、すぐに話題を変える。
「しっかし、お前がそんなに勉強好きだったとはね〜。よし、しょうがねぇから特別に俺の課題をやらせてやるよ」
「何がしょうがないのか分からないんだけど。ていうか絶対やらないし」
「そう遠慮すんなって。おーい、みょうじさんが代わりに課題やってくれるってよ〜」
「は!?違います!やらないです!この人が勝手に言ってるだけで!あぁもう、だから言いたくなかったのに…!」
遠征期間中のことを考えると先を思いやられ、なまえはため息を吐きながら額をおさえたのだった。
2019.11.04
The second hand
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