「わっ、」
「奏!」
「香澤!」

それは一瞬だった。何気ない談笑をしながら階段を降りて教室に戻ろうとしている私と、急いで階段を上っていた人。そこまで広い階段ではなく、すれ違うために少しだけ肩を避けようとしたはずだった。
避けたはずの肩は、階段を上ってきていた人が持っていた大きなカバンは避けきれず体とぶつかる。ぐらり、と身体があらぬ方向へ引っ張られ、すぐ後ろを歩いていたツナと山本の声が聞こえた。
まずいと気づいたときにはがたがたっ!と足がもつれ、階段を滑るように落ちていく。だん!と音がしたと思うと足首とくるぶしとすねに痛みが走った。

「…ったー…。」

じんじんと足が熱い。もつれた足が変な方向を向いたまま踊り場まで落ち、そのまま足をぶつかってしまったらしい。落ちているときに散々すねもぶつけたし、あざができそうだな…なんてつまらないことを考えて痛みから気を逸らす。
上からは大丈夫ですか!?というぶつかったらしい人の声が聞こえたが、あの人は急いでたはず。大丈夫です…とへらりと笑って見せていると、ツナと山本が階段を駆け下りてきた。手には私が落とした教科書も持っていてくれている。

「奏、大丈夫!?」
「っ…ま、まあ…。痛い…。」

心配そうに顔を覗き込んでくるツナに強がろうかとも思ったが案外痛い。ぐぎって変な方向に足が持ってかれた感覚ははっきりと残っているし、様子を見るのが怖くて痛むところはずっと手で押さえている。心拍に合わせてずきんずきんと痛みがテンポよく巡ってくるのもなんだか腹立たしい。
とりあえず保健室行かないと、とツナがおろおろとつぶやいている。たしかにここでうずくまっていても仕方ない。早くしないと腫れがひどいことになってしまうだろう。力をほんの少し入れてみる。

「…っ…。いった……。」
「奏、立てそう?」
「ちょっと…きつい…かも。」
「俺のとこ掴まればいける?」

ツナが自分の肩を私に向けて寄せてきた。掴まれば何とか立てるかもしれない。右手をツナの肩に置いて、痛めていない左足に力をこめる。ぐっと腕にも力を入れ、何とか立ち上がった。よろよろはしているが、動けないことはない。

「とりあえず階段下りないとね…。」

試しにちょこっと右足を床につけてみるが、ずきんと痛みが走る。まだ階段は半分残っているが、ツナの肩を借りながらゆっくり行けば下りれるだろうか。
これ以上転ばないといいけど…と思っていると、横から声が飛んできた。

「なあ香澤。」
「ん?」
「ちょっと持ち上げるぞ?」
「え、きゃっ!?」

さっきまで私とツナのやり取りを見守っていた山本がふっと私の横に立ったかと思うと、ちょっとかがんで私の膝の裏に腕を回した。え、山本?と私と同じように驚いたツナが声を上げる。
肩に腕回してくんね?とごく当たり前のように言われて思わず言うとおりに腕を回すと、そのままひょいと持ち上げられてしまった。すれ違う人たちの視線が一気にこちらに注がれる。きゃあとかなんとか聞こえてきたけど、これ山本のファンに見られたら睨まれそう…。

「ちょ、や、山本っ。これは恥ずかしいって…!」
「けどその足じゃ危なっかしいぜ?そうだ、ツナ!」
「え、な、なに?」
「香澤に上着かけてやってくんね?多分歩くとちょっとまずい。」
「なっ!」

思わずスカートを見ると、確かに重力のせいでスカートに隙間ができていた。今は足が壁を向いているからいいが、このまま歩けばちらちら見えてしまう。察したツナがちょっと顔を赤くしながら慌ててジャケットを脱ぎ、私のスカートを覆い隠すように上着をかけてくれた。ゆっくり歩くけどしっかり掴まっててな、と山本が念を押してくる。

結局私は山本にお姫様抱っこされたまま、休み時間で人の多い階段や廊下を通り抜けて保健室まで連行されることとなった。
私の怪我はやはりがっつり捻挫。運んでもらったおかげでそこまで酷くなることはなかったものの、それからの数日間はいいな〜という周りの友達(山本ファン)の叫びと、ほんの少し寒気がする目線に悩まされることとなった。






「覚えてる?あのこと。」
「え、そりゃ…まあ…奏の転び方もすごかったからね…。」
「そっち!?」

久し振りに並盛に帰ってきたせいだろうか。懐かしい夢を見た。
あの頃はまだ私とツナの背はそんなに変わらなくて、少し高い獄寺くん、そして山本が頭一つ抜きんでいたような身長差だったはずなのに。
私より早く起きてコーヒーを淹れ、カップを2つ持って部屋に戻ってきた彼は、もう見上げないと顔が見えないくらいの大きさになってしまった。
あの頃はスカートから下着が見えそうになっただけで赤くなっていた純粋な彼も、今は見る影もない。
昨日だって散々嬉しそうに色々なところをまさぐられた。まさぐられただけならまだしも、もちろんその先はまああれやこれやと美味しく頂かれてしまった。3度ほど。
おかげで私は腰が悲鳴を上げていてベッドから未だ抜け出せずにいる。もちろん服も着ていない。布団をかき集めて隠しながらベッドから身体を起こしてコーヒーを受け取った。
彼は上こそ着ていないものの、下はきちんと黒いスキニーを履いている。

「あの時の山本すごかったなあ…びっくりしちゃったもん。あれはモテるよほんと。」
「まあね…。」
「人生でもそうそうないと思うんだよねえ…。本当に漫画みたいじゃなかった?」
「…。」

分かりやすく私を睨んでくる人もいて、こんな典型的なことあるんだなあなんて感じたことを思い出す。靴から画鋲が出てこないか、ちょっと心配にすらなって上履きを振っていたこともあったんだよ、なんて当時を振り返っていると、ツナが押し黙っていた。

「ツナ?」
「別に…俺だって山本くらいの身長とか筋力があったらそうするつもりだったし…。」

いや足りなかったけどさ…。なんてあからさまにしょげている。つんつんふわふわしている髪も、少ししなだれているような。
確かにあの時の身長やツナの筋力では、私を持ち上げたとしてもそのまま階段を降りるのは厳しかっただろう。だからこそツナは肩を私に貸すことで私を何とか保健室へ連れて行こうとしていた。
あの頃から、あの時よりずっと前から好意を持っていてくれていたことは告白の時に教えてくれたから知っている。校内でも指折りのイケメンに、好きな人がお姫様抱っこされているのは結構なダメージだったんだろうな。10年経った今でもそんなふてくされるなんて。
そんな風に想像すると目の前でむくれている彼が可愛くておかしくなってしまう。思わず笑いが漏れた。

「ツナって可愛いね?」
「な!?それ言われても嬉しくねー!!」
「だって今でも気にしてるのだってそうだし、あの後くらいじゃなかった?ツナがめっちゃ筋トレを重視するようになったの。」
「記憶力高すぎない!?」
「そりゃ毎晩急に走り出したら嫌でも覚えるって。」

すっぱり言い切ると、ツナが頭を抱えた。うわー…とかぼそぼそ言っている。ばれてないと思っていたのもなかなかすごいと思う。だってそれまでリボーン君に追いかけられて走る姿しか見なかったし。

「でもさあ、ほんと、10年ってすごいね。」

ツナが顔を上げた隙につい、と彼の腹を指でなぞる。パツパツでボディービルダーみたいなゴリゴリの筋肉じゃなくて、すらっとした体つきにぴったり馴染むようについた綺麗な筋肉。スーツとか着てると細身に見えて分からないけれど。
腕や肩もきちんと筋肉がついていて、綺麗だなあ、といつも感心してしまう。

「そりゃ…奏くらい持ち上げられなきゃかっこつかないだろ…。」
「寝てても座ってても持ち上げてくれるもんねえ。」

私がソファで寝落ちしても朝には必ずツナの隣で眠っているし、せがめばいつでも抱き上げてくれる。あの時はたしかに山本が運んでくれたけど、もうとっくにツナが運んでる回数の方が多いんだから、と付け加えるとほんの少しだけ納得したような顔をした。
コーヒーをサイドテーブルに置いて、ん、とツナに両手を伸ばす。いつものおきまり。ツナにも伝わったようで、ゆるりと笑った。

「ねえ、ツナ、お風呂入りたい。でも腰が痛い!」
「言うと思って沸かしておいたよ。」

いつの間にかベッドの上に置かれていたバスタオルを渡され、布団の代わりにタオルで身体をくるむ。タイミングを見計らってツナが私の方に首を向けてきた。その首に両腕を回す。
私よりずっと大きくなっても、ピュアさが薄れても、10年前から変わらないあったかい腕と優しく細められた視線が嬉しくてむぎゅっと抱きついた。

あしたはきっとそばにいて



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