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シルバーを連れて辿り着いたのは、地下通路の入り口前だった。あたしたちが追ってきたロケット団は全員この中、地下へと潜って行った。地下通路への入り口はコガネシティ内にいくつもあるけれど、ここはその中でもラジオ塔から一番近い場所。コガネ百貨店がある繁華街からは十分に離れており、一応駅の近くではあるけれどこちらは駅から出て北側、町の中心地へ向かう南側ほどは栄えていない。つまり、ここはコガネシティにおいて比較的人通りの少ない場所ということだ。
そんな場所にあるくらいだから地下通路の入り口も周りに溶け込むような目立たないものになっている、だからこそそこを警備しているらしい黒ずくめたちは特に目立っていた。あの中に何かがあるのは間違いないのに、これ以上近付くには監視の目が多すぎる。
結局近くの路地裏に潜んだまま、あたしとシルバーは立ち往生することを強いられていた。
息を吐いて少しだけ緊張を解き、建物の壁を背にその場に座り込む。ふと上を向けば、未だピリピリとした空気を纏わせたシルバーが地下通路の入り口を睨みつけていた。
「やめとけって」
無意識に声をかけていた。弾かれたようにこちらを向くシルバーを見て確信する。ああ危なかった、あたしの勘は当たっていた。あたしが声をかけていなかったら、恐らくこいつは一目散に外へと駆け出して強行突破で地下通路へと向かおうとしていただろう。
「今行っても見つかるだけだよ」
さらに釘を刺しておくと、一瞬ムッとしたものの素直にあたしの忠告を聞き入れたようだった。視線は外さないまま、いくらか肩の力が抜けたような気がする。
さて、一応シルバーを止めてはみたものの、その気持ちはよくわかる。あたしだって見張りさえいなければさっさと地下通路に入り込んで奴らの後を追いたい。……あたしひとりなら、割とどうにでもなりそうではある。いざとなれば強行突破だってできる。けれど、シルバーも連れて行くとなると……。できればシルバーの顔はあいつらに見せたくない。ブラックリストのあの赤い文字列がちらつく。ここはあたしに任せてお前だけはさっさと安全な場所へ、なんてこいつが聞き入れてくれるはずもない。突っ込むならこいつも一緒だ。
それならあたしがちょっとあいつらをかき回して、その混乱に乗じて……と立ち上がりモンスターボールを取り出そうとして、思い出した。備えあれば患いなし、そう考えて持ってきていたものを。あたしだけで突入するときにももちろん使えるし、やり方を考えればシルバーも……!
ひとつ、いい筋書きが頭に浮かんだ。そうとなったら早速下準備だ、あたしはまず背負っていたリュックサックを地面に下ろし、続いて羽織っていたフード付きパーカーを脱ぎ捨ててシルバーに差し出した。
「シルバー、これ着て」
「……は?」
唐突なあたしの言葉に、シルバーは差し出された紺色のシンプルなパーカーとあたしの顔とを見比べている。そこに、路地裏を縫うように冷気が入り込んできた。思わず身を震わせる。ここは日光もあまり入って来ないから、厚手のパーカーの中に着ていた薄手のトレーナーだけでは少々心許ない。
「このまま待ってるの寒いから早く着て」
わざと不機嫌な様子をにじませてみると、嫌々ながらも受け取ってくれた。……少し大きかったらしい、肩の部分は余っているし手は完全に袖に隠れている。まだまだ成長途中の少年と大方成長期の終わったであろうあたしとでは当然の結果だけれど、それでもシルバーは悔しかったらしい。忌々し気に舌打ちをしながら袖を折っていた。
「あとは……はい、これ着けて」
パーカーのファスナーがしっかりと上げられたのを確認して、次のものを差し出す。洞窟内などでいつもお世話になっている、あのゴーグルだ。いつもなら町の外でしか持ち歩かないけれど、今回はリュックサックにあれこれ詰め込んでいたのがこんなところで役に立った。
怪訝な顔をしつつも黙ってゴーグルを受け取ったシルバーは、これまた黙ったままゴーグルを装着した。少し緩かったらしく何度かゴーグルを触ってサイズの調節をしようとしている。その隙にあたしはシルバーの顔に向かって両手を伸ばし、後ろに垂れ下がったパーカーのフードを掴んで持ち上げた。気付いたシルバーが素早くあたしから距離を取ろうとすると掴んでいたフードが引っ張られ、手を離すとフードは丁度シルバーの頭に覆い被さった。
「……よし、完璧!」
「何が完璧なんだよ……」
「何って、変装」
疲れの滲む声を出すシルバーの顔を確認して、ひとり満足する。ゴーグルで目元を隠し、フードで頭部を隠す。ここまでやってしまえば、もう口元くらいしか見えない。特にパーカーのフードのおかげで髪の毛はほとんど隠されている。この見た目から『赤髪の少年』というワードは恐らく出てこないだろう。それより、フードやゴーグルの方が目立っている。
「お前、いろんなとこでロケット団にケンカ吹っ掛けてるんだろ? さすがに顔割れてるだろうし、隠せるなら隠してた方がいいよ」
どうしてそれを。あたしの持ち物で覆い隠されているその中では、きっとそう言いたげな表情をしていることだろう。この際そこら辺の説明もしてやりたいところだけれど、それはこの目の前のことが片付いたらの話だ。
「とにかく、あたしもシルバーも地下通路に入ってロケット団を追いたい。けどこのまま入ったんじゃ目立ちすぎる。だから大人しくそれ着とけって」
そう言ってゴーグルのフレーム部分を軽く小突いてやる。……あ、今絶対眉間に皺が寄ったな? つい小さく噴き出すと、いかにも不愉快だというように大きな溜息をつかれてしまった。
「お前はどうするんだよ、お前も確かヤドンの井戸で……」
そこから出て来たのは、意外にもあたしを心配しているかのような言葉だった。ああそうだった、アジトでしばらく生活していたからかその時のことが頭から抜けていた。確かあの時は今のシルバーのようにゴーグルで顔を隠していた気がするけれど……。
「あたし? そりゃあたしも服装は変えるよ、このままじゃ寒いし」
今回はその案は却下だ。ゴーグルをシルバーに渡してしまったからという理由のほかに、もうひとつ。
早速自分も準備を整えようと、あたしはひとまずトレーナーの裾に手を掛けた。
「おっ、お前!! 何やってるんだ!?」
音量だけ落とした慌てた声が聞こえて、一旦手を止めた。この声の主はもちろんシルバーで、両手を前に突き出して必死にあたしから顔を背けている。
「何って着替えだよ着替え! 今そういう話してたじゃん?」
「なら、オレにしたみたいに何か羽織るとか、顔を隠すとか……!」
「ふふーん、そこはあたしにいい考えがあるんだよ。だから黙ってあたしに任せとけ!」
「だからって、何もここで……!!」
「ここでって……ここ以外でどこで着替えるんだよ」
「それはっ、そうだ、けど……!」
間髪入れずに続いたいくつかの小声の応酬の後、徐々に歯切れの悪くなっていたシルバーがついに黙り込む。そんなシルバーの反応のわけにようやく気付いて、今のあたしはさぞ悪い顔をしていることだろう。思いがけずシルバーの可愛げのある反応を見てしまった、にやけ顔になるのを抑えられそうにない。
「へへ、悪い悪い。まあ我慢してよ、見るの嫌ならそっぽでも向いとけばいいんだし。あとそのついでに地下通路見ててくれると嬉しい」
「……くそっ」
シルバーが顔を背けてくれていて助かった、この顔を見られていたらあいつはきっと怒りだしていたはずだ。表情が声に出ないようにするのに細心の注意を払った甲斐があったのか、シルバーは素直に言うことを聞いて少し場所を移し、あたしの前に立って地下通路の入り口を睨み始めた。腕を組んで仁王立ち、決して振り返りはしないというその確固たる意志に吹き出しそうになるのを必死でこらえた。その隙にさっさとトレーナーを脱いでしまい、軽く畳んでリュックサックの中に突っ込んだ。
それにしても、目の前の女が急に脱衣し始めて焦るなんて、こいつも普通の男の子らしいところがあったんだな。そして今の反応は少々大袈裟過ぎるような気もする。服を脱ぐと言っても、このトレーナーの下はタンクトップ。そのくらいの露出は何でもないのに。
……いや、さすがに下を着替えるときには一言声かけるつもりだったよ? じゃなきゃ少年相手にパンイチを晒すことになるし、それはさすがに痴女過ぎる。あたしもそこまで女捨ててはないからな!
誰かに言い訳しながら、手早く着替えを済ませてしまう。……もうすっかり着慣れてしまったこの服をもう一度、しかもシルバーの目の前で身に纏うことになるなんて。
「……はーい、もうこっち見ていいよー」
さて、この格好を見てこの少年はどんな反応を見せるだろうか。まず驚くのは確定だとして、その後は?
わくわくしながらシルバーがあたしの姿を見るのを待った。面倒くさそうにゆっくり振り返ったシルバーは、まず身を固くして言葉を失っている様子だった。うんうん、予想通り。さらなる反応に期待してシルバーの口が開くのをじっと見ていると。
「…………お前もか」
「うん?」
がっくりと肩の力が抜けたシルバーが頭まで抱えたのを見て、あたしの脳内は暫しクエスチョンマークに埋め尽くされていた。


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