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09. 要人救出ミッション


「――お前、それはどうした?」
堂々と地下通路まで向かうと、当然ながら黒ずくめたちに足止めをくらった。大丈夫、想像していた通り。無表情を顔に張り付けながら、あらかじめ考えておいたセリフを口にする。
「路地裏に隠れてここの様子を窺っていたので、とりあえず気を失わせましたが……どうしましょう?」
目の前の2人の男はあたしの顔をちらりと見てからすぐに視線を戻した。奴らが注意深く観察しているのは、あたしが肩に担いでいるフードで顔の隠れた少年――シルバーだった。
もぞり、とあたしの首の後ろで温かなものが動いたような気がした。おーっと大人しくしとけよ、お前今気絶してることになってるんだから。そりゃ確かにお腹は苦しそうだけどさ、普通に肩に担ぐよりはマシな持ち方してるはずだよ?
なんて言ったっけな、ファイヤーマン――確か消防士なんかが使うやり方でシルバーを担いでいる。担ぐ相手のお腹を自分の首の後ろ辺りに持ってきて、右手右足をそれぞれ自分の両肩にかけて、まとめて自分の右手で掴む。つまりはシルバーの身体をショールのようにあたしの肩に掛けているようなものだ。もしくは、かつて流行っていたらしいプロデューサー巻きのような。このやり方だと自分の左手は使わずに済むから、おんぶするよりも断然動きやすい。それにおんぶだとあたしの顔の横にシルバーの顔が来てしまい、万が一フードが取れてしまった場合にも対処がしにくい。ファイヤーマンなんとかで担げばシルバーの顔は常に俯いた状態で、この点でも都合がよかった。
……なぜあたしがその方法を知っていたのか。それはまあ、プロレスのおかげだ。プロレスには相手を担いでそのまま地面に落とす技がいくつもある。やんちゃだったころの自分、ありがとう。
ゆっくりと呼吸をしながら男たちの返答を待つ。見たところあたしの言動を疑っている様子はないし、少年の正体を気にしている様子もない。あたしはロケット団の下っ端、シルバーはその辺で怪しい動きをしていた見知らぬ少年。その設定をそのまま受け取ったらしい。
「そうだな……あの爺さんと一緒に縛っとけ。場所はわかるな?」
「はい、すぐに向かいます」
少しの安堵感を悟られないよう気を張りながら、軽く頭を下げる。すると目の前の男たちはわざわざ道を開けてくれた、彼らからの指示もあることだしさっさと通り過ぎてしまおう。早足で地下へと続く階段を下る途中、ふと左肩に温かな空気が触れる。安堵のため息。そこでようやく、あたしの顔から無表情が剥がれて行くのを感じていた。

「よっと……大丈夫? 苦しくなかった?」
「問題ない」
人っ子ひとりいない地下通路、それでも誰かに見られていないか十分に確認してからシルバーを肩から下ろした。問題ない、そう口では言っていてもシルバーはこっそりお腹をさすっていた。……うーん、やっぱ無茶させちゃったかな。
「……随分慣れてたな」
何故かあたしの足元を見ながら、シルバーがそう呟いた。あたしに話しかけてるんなら、せめてちゃんと顔を見て言ってほしい。
「そう? 担ぐのはともかく、運ぶのは初めてだったから心配してたんだけど」
「いや、ロケット団のフリが」
ただの強がりのようなものかと軽く流しかけていると、ギョッとする言葉が投げかけられた。シルバーの視線の先は変わらぬまま、あたしの足元。顔を隠した今の状態ではその表情を読み取ることはできないけれど、この交わらない視線から何となく読み取れるものがあった。
だからこそ、あたしは少しおどけたように答えてやる。
「え、嘘!? 嫌だなそれー……」
「少なくともあいつよりは誤魔化すのがうまい」
そう言って、シルバーは俯いたままあたしの足元からも視線を逸らした。これ以上話すことはないらしい。
このまま無言で立ち止まっていても仕方がない、ひとまず先へと進むことにしよう。黒ずくめに身を包んだあたしの後ろを、シルバーは黙ってついてくる。……やっぱり、この格好が原因だよなあ。胸元のRの辺りを撫でながら、あたしは思い出す。
シルバーを担ぎ上げる提案をする前、あたしがロケット団の制服に身を包んだのを見てあんな反応をした理由を少しだけ話してくれた。それは簡単だ、つい最近同じようなことがあったからだった。つい最近、というよりほんの十数分前。シルバーが最初にラジオ塔へ踏み込んだ時、そこには黒ずくめのヒビキがいたらしい。2人がいくつか言葉を交わすとヒビキの正体が見張りのロケット団にばれてしまい、とりあえずその場は乗り切ったものの応援を呼ばれてしまった、というのがあのラジオ塔に向かっていた大量のロケット団員の真相だったようだ。その後ヒビキはそのままラジオ塔の中を進み、シルバーは増援が来る前にラジオ塔を脱出した。――シルバーの場合、単にヒビキと同じ行動を取りたくなかったというだけな気がするけれど。それが今はあたしと行動を共にしている。しかも、ヒビキと同じように黒ずくめの格好をしたあたしと。
シルバーからの説明では詳細がかなり省かれているようだった。そもそもなぜヒビキはロケット団の制服を着ていたのか、そしてそれをどう手に入れたのか。そのほかにも色々。その中でも特にあたしが気になるのは、シルバーがヒビキを見つけた際のシルバー自身の反応。『少なくともあいつよりは誤魔化すのがうまい』というシルバーの話からも推測するに、ヒビキはロケット団に変装していたにもかかわらずあっさりとシルバーに見破られ、事を追及しようとするシルバーをうまくかわすことができなかったということだろう。そしてそれを下っ端に目撃され、正体がバレた。
シルバーは、ロケット団の格好をしたヒビキに何と言って追及したのだろう。友達というわけではないだろうけれど、少なくとも知り合いではある少年がロケット団の制服を着ているのを見て、シルバーは何を思ったのだろう。
「お前、場所はわかるのか?」
ふと、後ろのシルバーから声がかけられる。
「いや、けど一応当てはある……ん?」
当てならあったはずだった。なぜか人のいない地下通路、その場所へは簡単に辿り着いた。なのに、目の前の光景はあの時とは異なっている。
「ここか?」
目的地の前で立ち止まったあたしの隣にシルバーが並んだ。
「……ドアが進化してる」
「はあ?」
あたしの呟きに心底呆れたような声が漏れた。隣を見れば思った通り呆れ顔、をしているらしいシルバー。これくらいは簡単に想像がつく。
「前はここ、普通のドアだったんだよ」
あたしは覚えている。何の変哲もないよくあるドア、よくあるステンレス製のドアノブ。鍵のかかっていないドアのその先へ進もうとすると、背後から現れた男。その男は確かにドアノブの鍵穴に鍵を差し込んだはずだ。それなのにどうだ。鍵穴はあれど、ドアノブが見当たらない。鍵穴があるのは壁で、ご丁寧にカバーまで被せられている。ならドアの方はどうなったのかというと、もはやこれはドアというよりシャッターだ。ドアノブも取手も付いていない。恐らくこれは鍵穴に鍵を差し込むと自動でガラガラと開く、そんな仕組みの扉だろう。
「どちらにせよ、鍵がないんじゃ入れないな」
「うーん……」
カバーを外して鍵穴を確認したシルバーと一緒に、暫し考えこむ。さて、この先へ進むにはいったいどうしたらいいか。あいにくあたしはピッキングなんてものできないし、そもそもこれってそういう手段で何とかなるやつなのか? となればチョウジのアジトでもやったようにレアコイルのラスターカノンでぶち破るか……いいや、それではここまで大人しくしていた意味がない。壁を破壊する音を聞いて、地下通路の中だけでなく外からもうじゃうじゃ黒ずくめが湧き出てくるはずだ。そうなったらシルバーの正体がばれないように庇うのはさすがに難しい……。
そうやって思考を巡らせ、とりあえず開かない扉に耳を当ててみて向こう側の様子を探る。ひんやりとした金属の感触越しに何か……コツコツと、何かが近付いてくるような音が聞こえた気がした。
扉から飛び退き、後ろで腕を組んで考え込んでいたシルバーを引っ掴んで強引に担ぐ。うぇ、と小さく呻きが漏れていたけれどそれどころではない。
しっかりとファイヤーマンなんとかの体勢に持って行けたところで、目の前の扉が開いた。対面したのはもちろん、嫌というほど見覚えのある黒い帽子を被った男。黒ずくめ。目の前のあたしの顔を見て、次に、あたしが担ぐ少年を見やる。
「どうした、そんなところで突っ立って……って、お前か」
さも知り合いであるかのように声を掛けられて、そこでようやく思い当たった。多分この男、チョウジのアジトで同じ仕事に就いていた奴らの中のひとりだ。さて、こいつはその中の誰だったっけか。さっぱりわからない。
頭の中にたくさんの黒ずくめを並べる作業は早々に終わりにして、まずは軽く一礼、無表情を張り付けた顔を上げてあたしはまたロケット団の下っ端になる。
「この少年を爺さんと一緒に縛っておけ、と言われたので現在向かっている途中です」
「爺さん……ああ、倉庫にいる奴か」
そう言って男は自らの背後を振り返る。倉庫。この扉の中が倉庫なのか、先に進むと倉庫があるのか。とにかくこの中が怪しいというあたしのカンは当たっていた、ということだ。
「なら、早く行け」
「はい」
男は開いたままの扉をくぐり抜け、頭を下げるあたしの横を通り過ぎていく。その姿を目で追おうとして、シルバーに右手で背中をたたかれる。なんだなんだ、と視線を戻すと、そこには今まさに閉じようとしている扉が。急いでその中へと潜り込んだ。
背後で扉が閉まる音を聞きながら、一安心。危ない、せっかくのチャンスを無駄にするところだった。ここからも気を引き締めて行こう。
そう、自分に気合を入れ直していたところで、担がれたままのシルバーが呟く。
「お前……本当にロケット団やってたんだな」
――それには答えず、あたしは歩き始めた。さらに地下へと潜る階段をただただ進む。冗談めいた言葉を返すのは簡単だったけれど、今はなぜかそれができなかった。
だって、あたしは彼に自分の行動の理由を説明することができない。お前の父親を捜すためにロケット団のフリをしているだなんて、絶対に言えなかった。

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