俺は、主のために生きていた。主が平和に暮らせるように、笑顔を浮かべる事ができるように、主のために働いて、主の事を一番に考えて、主のためだけに生きてきた。他の奴らなどどうでも良かった。冷徹だと言われようと、殺意を向けられようと、俺は主のためだけに生きているのだから関係なかった。主さえいてくだされば、俺はそれだけで幸せだったのだ。俺に特別な感情を抱いてくださらなくても、その他大勢の刀の中の一振としか見ていただけなくても、幸せだった。主の幸せを願って尽くす事が一番の幸せだと思っていた。
 でも、違った。ある日、主がとある刀剣に甘い言葉を吐く姿を見てしまった。頬をすり寄せ、幸せそうに微笑むお姿を。あんなに見たいと願っていた主の笑顔を見た瞬間、地獄の業火に身を焼かれる思いがした。腹の底から湧き出る憎悪の感情、あの笑顔を今すぐにでも引き裂け、と俺の身を包む炎がそう囁いていた気がする。
 俺はあんなにも尽くしてきたのに! 主のためだけに生きてきたのに! 主がいなければ俺には何も残らないというのに! それなのに、それなのに主は俺ではない奴に心を預けるというのか!? 絶対に俺の方があいつよりも主の事を考えていた! 俺の方が主の幸せのために心を砕いてきた! 俺には主しかいない! お前には主以外にも大切なものはあるだろう!? 俺には主しかいないのだから、それ以外はいらないから、どうか、どうか主だけは俺に譲ってくれないか。お願いだ、土下座でも何でもする、だから、主だけはやめてくれ。やめてください。俺には、主しかいないんだ。別に主が俺のものにならなくても良いんだ、ただ、主が誰かのものになるのだけは耐えられない。お願いだから、やめてくれ。
 主がやつに寄り添いながら部屋へと消えていくのを見届けて、俺はその場に崩れ落ちる。足はもう動かない。指だって、頭だって、身体の何もかもが鉛のように重くて身動きが取れない。ああ、このまま俺はただの刀に戻るのか。そう思ったけれど、いまだこの身は人の形を保ったままだった。

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