救世主を目指して

鴎暦841年 氷の月 23日

 ブリューナク製造工場への潜入と、アルテマ弾の奪取作戦という朱雀政府の命令は、アギト候補生たちの決断によって、内容は大きく変化した。

『此度の作戦は、候補生によるブリューナク製造工場潜入作戦だ。……だが作戦の目標は、先日の議会の発表と異なる。オリエンスの未来のため、僕等は作戦内容の変更を決断した』

 その内容は、ユリヤも受け容れられるものであり、迷わず此度の作戦への参加を志願した。ミユウは政府の発表を由としなかったからこそ、候補生たちに選択肢を与えたのだ。皆が政府の命じた作戦に反対するだろうと信じたからこそ、出来た事であった。

『僕等は工場で、ブリューナクを破壊してアルテマ弾を奪うのではない。搭載する兵器と、製造する工場、ともにすべてを破壊しつくす! そうして世界を脅かす悪魔の兵器、アルテマ弾を根絶するのだ』

 ユリヤたち3組も、既に工場付近で待機していた。今日は潜入作戦の決行日であり、今はインカムを通してミユウの声が流れている。

『責任は僕が持つ。諸君は心置きなく、己が正しいと思う道を歩んで欲しい。これは戦乱の時代に終止符を打つ救世主――アギトを目指す者としての真の戦いだ』

 各組の候補生たちが持ち場で待機し潜入の指示を待つ。ミユウの言葉は候補生たちの心に深く刻まれた。政府の言いなりになるのではなく、自分たちで正義を選択したのだ。己たちは戦争のための駒ではなく、真に世界を救う者なのだ。そう鼓舞されているようでもあった。

『正義は我等にある! 我等に、クリスタルの加護あれ!』





「それにしても……」
『薄暗いし、寒いね〜……』

 ブリューナクの製造工場は白虎の首都、イングラムにある。ユリヤたち候補生は国境を越え、9組の協力によって魔導アーマーを得て白虎領への侵入に成功し、持ち場で待機していた。

 この白虎は、常に温暖な朱雀とは全く気候が異なり、今この瞬間も雪が降り注いでいる。ユリヤは当然白虎に来るのは初めてであり、序でに雪を見るのも初めてであった。本で見た雪景色は美しいものであったが、今この場に降っている雪はどこか物悲しく、己たち余所者を追い出すかのように冷たかった。
 尤も、任務中である以上、余計な思考に囚われている余裕はないのだが。

「どうせなら任務じゃない時に来たかったな……」
『いや、任務じゃないと白虎に来ることなんて出来ないし、行く理由もないでしょ』
「それもそうなんだけど、本で見た雪景色が綺麗だったからつい、ね」

 友人の冷静な突っ込みに苦笑していると、通信機が鳴った。先へ進めという合図である。
 ユリヤは気を取り直し、友人と共に魔導アーマーを動かして夜の雪原を進んで行った。寒い、と口にはしたものの、寒さなど魔法でどうとでもなる。だが、魔力も回復アイテムも限りがある。飛空艇とチョコボを駆使し、魔導院からほど遠い場所に来ている今はまだ、回復は最小限に努めなければならない。

『トレイさんと一緒だったら、少しは雰囲気出たかもしれないのにね〜』
「なんでそこでその名前が出て来るの。0組の方が危険な任務に当たるんだし、そんな雰囲気になるわけないじゃん」
『そんな雰囲気、って、何?』
「何、って……いや、今は任務中だから! そういう話は後!」

 通信機でこんな馬鹿話をしているのが他の誰かに聞かれたらと思うと気が気ではないが、たまにこうして雑談を挟むことで、恐怖心が幾分か和らいだ。ユリヤも勇み足で任務に志願したは良いものの、アルテマ弾などという国ひとつ簡単に滅ぼしてしまう兵器を所持している敵国に潜入するなど、怖くないと言えば嘘になる。

『じゃあ任務が終わったらちゃんと説明して貰うからね』
「ちゃんとって何……そもそも無事生きて帰って来れるかも分からないのに」
『こらっ、ユリヤ! 後ろ向きな発言は禁止!』
「ごめん、そうだよね。縁起でもないし、ここは前向きな発言をして有言実行しないと」
『まあ、いつも通りでいいと思うけどね』

 ついつい空回りしてしまうユリヤとは対照的に、友人は経験を積んでいる為か、随分と落ち着いているように見えた。お互いに魔導アーマーに搭乗している以上顔色を窺うことは出来ないが、いつもと変わらない友人の口ぶりに、ユリヤの心は幾分か楽になった。





『聞こえるか? 合図があり次第、3組も工場に突入しろ』
「はい! こちらはいつでも大丈夫です」
『おっ、頼もしい返事だな。期待してるぜ』

 9組の候補生からの通信が切れると同時に、ユリヤは溜息混じりに友人に向かって通信機越しに呟いた。

「普通に返事しただけなのに、こんなプレッシャー掛ける事ある?」
『ああ、彼いつもこんな調子だから気にしない気にしない』
「有名人なの?」
『9組のナギ・ミナツチ。自称アイドル』
「いや、有名人ってそういう意味じゃなくて……」

 ユリヤは呆れがちに呟いたが、こんな大規模な作戦でも飄々としていられるのは実力者たる所以であろうとすぐに察しが付いた。

「9組って落ちこぼれって聞いたけど、もしかして表向きそう見せてるだけで、本当は実力派揃いって事?」
『まあ、色々な噂はあるけど……』

 友人が濁すようにそう言った瞬間、アラームが鳴り響いた。突入の合図である。

『話は後! 行こう!』
「了解!」

 ユリヤ達は魔導アーマーを乗り捨てれば、『インビジ』と呼ばれる透明になる魔法を唱えた。瞬間、候補生たちは魔法の力によって姿を消した。そしてあっさりと工場への侵入に成功したのだった。





 ユリヤは不安がっていたが、作戦は恐ろしいほど順調に進んで行った。魔力切れの心配はあるが、潜入している候補生は己たちだけではなく、いざとなれば助け合う事も出来る。それに、ここには0組が先陣を切って潜入している。その中に憧れの人がいるというのに、腑抜けていてはいけないと、ここに来てユリヤは漸くアギト候補生としての自覚を取り戻したのだった。

 魔法で互いの姿は消えているものの、気配は感じ取れる。ユリヤは友人と共に白虎兵がうろつく工場内を駆け抜け、各種スイッチを押下していく。この地道な作業で、工場内のブリューナクを含むあらゆる兵器の能力が低下するのだという。

 この作戦を立てたのは、勿論0組だ。

 戦闘力が高いだけではなく、こうした精密な戦略を練ることが出来る事も、『アギト』になる為には必要なのだろう。アギトを目指してはいるものの、己のような人任せな人間が目指す事すら烏滸がましいのではないかとユリヤは一瞬落ち込んだが、誰もが皆こんな芸当を出来るわけがない。0組自体が百年に一度の選ばれた存在であり、そうでない者は自分なりに出来ることを頑張るしかないのだ。この作戦だって、こうして細々とした作業を実行する者がいなければ成り立たないのだから。ユリヤはそう思い直して、黙々と作業を続けた。

 一通り作業が終わり一息吐くと、友人がユリヤの手を取った。表情は窺えなくても、何となく察することは出来る。そろそろ休もう、という事だろう。
 ユリヤは友人の手を握り返して、いくつかある避難地点のうちひとつに向かって慎重に歩き出した。透明と化していても、センサーに引っ掛かると警報が鳴る仕組みと聞いており、移動するだけでも随分と精神的に疲弊していた。



「はあ、相手はこっちの姿が見えないって言っても、やっぱりドキドキするね」
「ま、今のところみんな順調で良かったよね」

 インビジを解いたユリヤ達は、まるで久々に再会したかのように抱き合えば、互いに大きく安堵の息を吐いた。
 この作戦は日数を要する。だからこそアイテムも慎重に使わなければならず、こうして白虎兵に見付からない死角が存在するのは、まだ戦場慣れしていないユリヤにとっては実に有難かった。

「順調に進みすぎて恐いくらいだね。これも作戦の段取りがしっかりしてるお陰だね」
「何? ユリヤ、早速トレイさんの惚気?」
「えっ!? この作戦、トレイさんが考案したの!?」
「いや、何となくそう思っただけ」
「もう〜!!」

 戦場でこんな馬鹿話をするなとユリヤは友人の肩を軽く叩いたが、こうして軽口を叩けるうちは、体力も魔力もまだ大丈夫な証拠だと安心した。己だけでなく、友人もである。ユリヤはまだ経験が浅いゆえ、辛いときは辛いと言えるが、ユリヤをサポートしなければならない友人は、もしかしたら我慢しているかも知れない。『アギト』には辿り着けなくても、せめて大切な友人の足を引っ張らないくらいには成長しなければならない。自分も早く一人前にならなければ、とユリヤは密かに決意を新たにした。

「それにしても、ユリヤ」
「何?」
「随分顔付き変わったね? ここに来るまで散々弱音吐いてたのが嘘みたい」

 友人は決して馬鹿にするわけではなく、心底嬉しそうに笑顔を浮かべながらユリヤを見つめてそう言った。
 確かに、あの時の不安はすっかり消え去っている。というより、任務中なのだから弱音を吐いている場合ではないと言った方が正しいのだが、とユリヤは自惚れずにそう自己分析した。

「こんな大規模な作戦、もし些細なミスでもしたら皆に迷惑が掛かるから……そう思うと、弱音吐いてる場合じゃないな、って」
「偉い偉い」
「ちょっと、子ども扱いしないでよ〜」

 友人が髪を撫でるものだから、ユリヤは顔を真っ赤にして怒ってみせた。別に本気で怒っているわけではないのだが、さすがに気恥ずかしいものがあった。

「というか、失敗する気があまりしないんだよね。まあ、難しい事をやらされているわけじゃないからだけど……」
「確かにね。まるで戦闘を避けるポジションに置かれてるみたい」
「……まさか……」

 決して疑うわけではないが、ユリヤの脳内に真っ先にトレイの顔が思い浮かんでしまった。初めて出逢った時にユリヤを助けてくれた姿でも、魔導院で再会した時に見せてくれた微笑でもなく、白虎の魔導院侵攻後にユリヤに説教をしに来た時の姿である。

「余計な事するなって事なのかな」
「は?」
「トレイさんが、私が勝手な行動しないように、敢えてこういう配置にしたんじゃ……」
「いやいや、いくら0組だからってそんな権限ないでしょ。これは戦争なんだから、一人の候補生を贔屓なんてしてる場合じゃないと思うけどな」

 冷静にそう言い切る友人に、ユリヤの不安はすぐに消えて行った。確かに、いくらなんでもそんな私情を挟めば他の皆が黙っていないだろう。己の考え過ぎで単なる偶然なのだと思う事にした。

 アルテマ弾の破壊実行日まで、あと数日。それまでに完全にあらゆる兵器を弱体化させ、少しでも戦闘を有利に進めなければならない。
 今頃トレイは、0組の皆はこの工場内でもっと困難な任務に当たっているのだろうと思うと、弱音を吐いてはいけないと自責するというよりも、自分ももっと頑張らなくては――そう、ユリヤは不思議と前向きな気持ちになれるのだった。

2019/10/22

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