革命の転校生


 真暦71年。人類総人口の7割が地球から離れた宇宙都市『ダイソンスフィア』へ移住しているこの世界は、『ドルシア軍事盟約連邦』通称『ドルシア』、『環大西洋合衆国』通称『ARUS』が対立し、冷戦を行っている。両国が争う中、小国『ジオール』は中立を保ち、国民は平和な生活を送っていた。

 そのジオールが月のL2点に唯一保有するスフィア、その第77番モジュールに向かうシャトルがあった。
 乗船しているのは、モジュール77に存在する学校『咲森学園』の制服を身に纏った、男子五人と女子一人である。
 その女子一人が、口を開く。

「ねえ、似合ってる? まさか女装とか言わないよね?」
「ははっ、大丈夫だって。エルゼはちゃんと可愛い女の子だから」
「ハーノは相手が生物学上女だったら、誰に対しても可愛いって言うから信用出来ない」
「それは大袈裟過ぎだろ! 流石に俺だってそれなりに選り好みはしてるっつーの!」

『エルゼ』と呼ばれた少女と『ハーノ』と呼ばれた少年が互いに軽口を叩くなか、眼鏡をかけた長身の男子が口を挟んだ。

「エルゼ。似合ってはいるが……その、少々スカートの丈が短いのではないかと思う」
「イ、イクス。こっこれは、その……」

 あらぬ方向から指摘され、エルゼは頬を一気に紅潮させれば、思わず後手でスカートを押さえる仕草をした。

「恥ずかしがるならそんな短いスカートにしなきゃ良かったのに。エールゼクスは馬鹿だねぇ〜」
「うるさい、クーフィア。サイズを間違えて記入して、こんな短いスカートが支給されちゃったんだからしょうがないでしょ」
「自分の体のサイズ間違えたんだ? やっぱり馬鹿じゃん!」

 紅一点の女子は、ハーノとイクスと呼ばれる二人にはエルゼと呼ばれていたが、茶々を入れてきたクーフィアと呼ばれるまだ幼い少年からは、『エールゼクス』と呼ばれた。クーフィアの方が明らかに年下だが、この会話から、どうやら上下関係はエルゼエールゼクスの方が下のようである。

「いい加減黙れ。任務前だというのに能天気過ぎるぞ」

 銀髪の少年がぴしゃりと言い放ち、四人は押し黙った。彼の一声で、シャトル内の空気が張り詰める。

「特にエールゼクス」
「は?」
「外見の評価を気にする暇があったら、生存確率を上げる為の脳内シミュレーションでもしていろ。この面子で行動するのも随分と長いが、一番死亡する確率が高いのはお前だと断言できる」
「エ……エルエルフ〜!!」

 銀髪の少年――エルエルフに向かって、エールゼクスは声を荒げた。とはいえ、誰もフォローに入らない。恐らくは事実なのだろう。

「死亡する確率の高さの計算について知りたいなら、任務が終わった後にいくらでもデータを出して説明してやろう。……何か文句でもあるのか?」
「……ありません〜!!」

 エルゼも反論できないあたり、自分自身でも分かってはいるようだ。不貞腐れたように唇を尖らせてぷいと横を向けば、隅へ移動して男子たちから距離を置いた。
 その時、今まで会話に参加しなかった男子が、漸く口を開いた。

「エールゼクス」

 その名の少女に顔を向ければ、肩にかからない位の長さで切り揃えられた薄紫色の髪がわずかに靡く。右側だけ三つ編みが結われており、その独特の髪形は、ドルシア皇族の証だという話だ。尤も、今は『元』皇族なのだが。

「何? アードライ」
「よく似合っているぞ」
「えっ」
「どうした、エールゼクス。制服が似合っているかどうかの話ではなかったのか?」

 元皇族の青年の名はアードライという。彼に制服姿を褒められたエールゼクスは、スカートが短いという指摘をされた時とは比べ物にならない程、一気に顔を真っ赤に染めて、俯いてしまった。

「……役得だよなあ、王子様は」
「出自は無関係だと思うけどな。ハーノの場合は自業自得だ。エルゼに男として見て欲しいなら、アードライを見習ったらどうだ?」
「イクス、お前それ本気で言ってんのか? あれは相手がアードライだから照れてんだよ。初めから俺の出る幕はないっての」

 エルゼに聞こえない程度の小声でこそこそと話す二人。どうやらこの二人は随分と仲が良いようだ。

「アードライ、あまりエールゼクスを甘やかすな」
「どうした、エルエルフ。別に彼女を甘やかしいるつもりなどないが」
「浮ついた状態で失敗でもされたらどうする。連帯責任で尻拭いをするのは俺達だ」
「よく分からないが、そのような事態が起こらないよう、エールゼクスのフォローは私がしよう」
「だから甘やかすなと何度も……はあ、もういい」

 エルエルフは諦めて大きな溜息を吐けば、会話を強制終了させた。アードライは本当にわけがわからないとばかりに小首を傾げてみせたが、この一連の会話を聞いていたエールゼクスは、平常心を取り戻すどころかますますエルエルフが称するところの『浮ついた状態』に陥るのだった。だが、そんなほんの僅かな平和な時間は、間もなく終わりを告げようとしていた。





 エールゼクス達を乗せたシャトルが、モジュール77の宇宙港のドッグへ到着した。咲森学園への転入生の送迎という業務を任されたモジュール77の入国管理官たちが、シャトルの昇降口に接続された舷梯を進む。

「珍しいですね、転入生なんて」
「そうだな……訳ありか、それともよほど適性の高い生徒でも見つかったのか……おっと」

 昇降口が開くと同時に管理官は口を閉ざし、笑顔を作って出迎えた。

「ようこそ、ジオールモジュール77へ。本日のモジュールは天候も良く……あれ? 転入生は二人って……」

 管理官たちは事前の情報では転入生は二人と聞いていたため、シャトルから六人もの少年少女が現れたことで、明らかに困惑している。一体何故、そんな簡単な疑問の答えを知ることもなく、一瞬にして管理官たちは息絶えた。

 先頭を進むエルエルフが、到着するや否や、袖口からナイフを出して管理官たちの首を切り裂いたのだ。
 その間、僅か数秒。既に屍と化した者たちは、己が死んだことにも気づかないまま息絶えたに違いない。鮮血が宙を舞い、それを避けるように他の五人も進んで行く。
 人が死にゆくことに対し、彼らは顔色ひとつ変えない。それが当たり前の日常であるからだ。

 彼らはただの学生ではない。その正体は、軍事盟約連邦ドルシアの特務部隊であり、『パーフェクツォン・アミー』と呼ばれる、まだ10代ながらも、過酷な訓練を乗り越えた優秀な兵士である。





 エールゼクス達が咲森学園に着いた頃には、空は紅い夕暮れに染まりつつあった。ただ、このモジュール77は地球ではなく宇宙都市のため、これは本物の空ではなくガラスの天蓋に投影された紛い物である。

 目的地へ向かって歩を進めていると、この咲森学園の生徒と思わしき男女ふたりが仲睦まじく歩いているのが視界に入った。エールゼクスたちは任務でここに来ている。民間人との接触は極力避けたいところだ。全員共通の認識でいるはずが、どうやら一部は違ったようだ。

「お嬢さん、よろしいですか」
「よければ、道案内をお願いしたいのですが」

 仲の良い男二人が、揃いも揃って女生徒へ話し掛けたのだ。

「え……っと、あの……」
「そのスカート、かわいいね」
「ハーノ、邪魔をするな。私が話をしている」
「おいイクス、固いんだよお前は。舞踏会にでも誘うのか」
「どんな時でも礼儀は忘れない主義だ」

 明らかに戸惑っている女生徒をよそに、男二人は口喧嘩まではじめた始末である。

「いくら人に道を聞いた方が早いからって、何やってんの……」
「エールゼクス、ハーノインとイクスアインが構ってくれないから不貞腐れてんの?」
「馬鹿なこと言わないで、クーフィア」

 そういう問題ではない。というか、エールゼクスは別に彼らにちやほやされたいわけではない。それよりも、自分たちがこの学園の生徒ではないと気付かれてしまったら終わりである。
 エールゼクスの嫌な予感が的中し、さすがに不自然だと感じたのか、男子生徒が口を開いた。

「おい、お前たち……」

 だが、それを遮るようにアードライがきっぱりと言い放った。

「住民との接触は最低限にするべきだ」

 そう言い放てば、まるで行き先が初めから分かっているかのように、迷いなく歩を進めていく。同じようエルエルフも同じ方向へ歩いていき、どうやら道を尋ねる行為は無意味なものであったようだ。

「待てよ。道、分かんのか」

 黙々と進むアードライの背中に向かって、ハーノインが訊ねると、代わりにエルエルフが答えた。

「スプリンクラーだ」
「え? なんだって?」
「13メートル単位で並べられたスプリンクラーが、あの建造物の手前だけ12.5メートル単位に変わっている。窓から見える教室の座席数は40。収容できる生徒数は480名」

 まるで設計書を読み上げるかのような語りだが、資料を基にした発言ではない。目視だけでそれを把握し答えているのだ。

「しかし、建造物は一般的な積層工法で建てられている。加重の問題から、余剰の施設人員が入る余地はない。導き出される結論は、建造物の地下」
「……さすがだな」

 エルエルフの言葉にアードライが感心するように頷く。もうイクスアインは生徒二人には興味がないらしく、エールゼクス、クーフィアと共に何も言わずにエルエルフ達の後を追いかける。唯一、ハーノインだけは女生徒に手を振って、遅れて後を追いかけて行った。





 目的地はまだ先だ。あくまで学園の生徒のふりをして学園内の廊下を歩いているが、今のところ不審者として見つかってはいない。平和呆けしている国の施設への侵入がこんなにも容易いとは、とエールゼクスは少しだけ呆れてしまった。

 ふと、男女の話し声が聞こえてきた。エールゼクス達が視線を移すと、倉庫から掃除用具を出しながら話す男子生徒と女子生徒ふたりの姿があった。

「ハルトはさ、気持ちが足りないんだよ」
「何が?」
「昼休みの対決。本気で勝とうって思ってなかったでしょ」
「そんな事、ないよ。ただ……僕は、勝ったり負けたり、そういうのがない世界がいいな。グラウンドだって、みんな半分こで使えばいいのに」

 ハルトと呼ばれた男子生徒の言葉に、唯一、エルエルフだけが反応し、険しい目付きで男子生徒を見つめた。その変化に気付いた者は、この時点では誰もいなかった。

「みんながほしいものは、みんなで分ければいいんだよ。そうすれば……」
「おい」

 突然、エルエルフがハルトと呼ばれた少年に話し掛けた。男子生徒は勿論のこと、エールゼクス達もその行動に驚愕した。この少年に話し掛けることは、明らかに任務とは関係ない。そんな事を、普通ならエルエルフがするとは思えないからだ。

「エルエルフ、どうした?」

 アードライが声を掛けるも、エルエルフは男子生徒を睨みつけて言い放った。

「その女を俺によこせ」
「え?」
「聞こえなかったか? その女を、俺によこせ」

 エールゼクスは絶句した。それは彼女だけでなく、エルエルフ以外のここにいる全員が同じだった。一体任務中に何を考えているのか。民間人との接触は極力控えなければならないのに、おまけに向こうはこちらの存在に気付いていなかったのに、あえてこちらから話し掛けるなんて。それも一体どういう意図でそんな台詞を吐いているのか。エールゼクスの頭の中はただただ真っ白だった。

 困惑しているのは相手の学生たちも同様で、女生徒がエルエルフに向かって口を開いた。

「ちょっと……」

 だが、男子生徒が女生徒の前に手を伸ばして、言葉は途切れた。そして、彼女の代わりとばかりにエルエルフに向かって告げた。

「い……いやだ」

 エルエルフが何を考えているのか、エールゼクス達には見当もつかなかった。そんな周囲の混乱をよそに、エルエルフは淡々と言葉を続ける。

「なら、半分こにするか?」
「………」
「ハムエッグの黄身も、愛した女も、お前はナイフで半分に切り分けるのか?」
「………」

 男子生徒は質問に答えず黙り込む。すると、エルエルフは女生徒に向かって手を伸ばした。

「っ!」

 それを阻止しようと、男子生徒はエルエルフに歯向かった。だが、民間人が軍人に勝てるわけもなく、エルエルフは軽く身を捻って、男子生徒が突き出した手を避けて、彼の足を引っ掛けて転ばせた。
 倒れた男子生徒が身を起こそうとするも、エルエルフは彼の体を蹴飛ばした。

「ちょっと! 何やって、」
「ダメだ! 来るな、ショーコ」

 堪らず声を上げた女子生徒に向かって、廊下に倒れたままの男子生徒は叫んだ。エルエルフが軍人ということには気づいていないとは思うが、身の危険を察したのだろう。

「本当に大事なものは、半分こになんて出来ない」

 エルエルフが、男子生徒を睨みつけながらぽつりと呟く。

「子供の理想など、この世界には通じない。お前が戦いたくなくても、向こうから殴ってきたらどうする。ヘラヘラ笑って、大事なものを譲るのか。譲れないなら、戦うしかない」





「……住民との接触は、最低限のはずだ」

 エレベーターが到着し、漸く先程の男子生徒に固執するのをやめて任務に戻ったエルエルフに対し、アードライは先程の行為を窘めた。だが、エルエルフは無言を貫いている。
 六人を乗せたエレベーターが、目的地に向けて降下する。言葉で形容しがたい重苦しい雰囲気だが、エルエルフの思考が分からない以上、エールゼクスとしても何も言えなかった。

 ただ、ひとつだけ確実なのは、あんなエルエルフは長い訓練生活で一度も見たことがない。あのジオール人とエルエルフに何らかの繋がりがあるとは思えないが、彼の発言が余程エルエルフの気に障ったのだろう。それを知ったところで、エールゼクスにとっては何の得にもならないので、考え込む理由もないのだが。
 対するアードライは、エルエルフとは親しい間柄のせいか、やけに気にしているように見え、エールゼクスとしてはそちらの方に苛立っていた。アードライにとっての特別な存在はエルエルフであり、自分はただの仲間に過ぎない。彼女はこれまでに、エルエルフに対して嫉妬したことが何度もあったが、大半はアードライ絡みであった。

「――通った」

 エレベーター内でハッキングを試みていたイクスアインが口を開いた。成功したという事である。エールゼクスは余計なことを考えるのをやめ、目の前の任務に思考を戻した。

「開くぞ」

 イクスアインのハッキングによって、一般人は止まることすら出来ない階層にエレベーターが止まった。扉が開いた先に広がった光景は、学校の施設内とは到底思えない、軍事施設である。
 道を進んだ先にいた、警備部隊と思われるジオールの兵士たちが、エルエルフが振りかざしたナイフによって一瞬にして肉塊と化す。

「ランメルスベルグへ通信を送れ。『コウモリ ハ クモリゾラヲ トブ』

 エルエルフが無線に向かってそう告げる。最後の言葉の意味は『侵攻を開始せよ』。
 中立国ジオールの秘匿施設への侵入が成功したことにより、今この瞬間、戦争の火蓋が切られたのだ。





 ドルシア軍の砲撃により、モジュールの天蓋が砕け散る。その隙間から、ドルシア軍の量産戦闘機『バッフェ』が次々となだれ込む。それらを迎え撃つために、ジオール軍の戦闘機が海面から現れた。
 だが、ジオール軍の攻撃も虚しく、バッフェの連射を浴びてジオール軍の戦闘機は爆散した。

 ジオール軍は成す術もなく、更に宇宙から来たドルシア艦隊による、侵略と攻撃が一方的に続いている。
 そして、ドルシア艦隊の主砲が、咲森学園の地下にあるジオール軍作戦司令室に直撃する。その司令部より更に奥にある格納庫で、研究者と思わしき者たちが頭を抱えていた。

「どうしてドルシア軍が!?」
「本国とは連絡が取れないのか!?」
「爆撃されてるって……」
「なんで……ジオールは中立国なのに!」

 パニックになる中、一人の男が意を決して口を開いた。

「――ヴァルヴレイヴを、使いましょう」
「しかし、あれはまだ」
「RM-011ならまだいけるでしょう。ちょうど出力テストが終わったところです」
「『火人』か……だが、パイロットはどうする?」
「そんなの、上にいくらでもいるじゃないですか!」
「お前……」

 瞬間、言いかけた男の胸に銃弾が放たれた。続いて二人目も撃たれ、次々に血を流して倒れていく。研究者達は襲撃に気付くも時既に遅く、僅か数秒で銃弾で呆気なく皆、屍と化した。

 瞬く間に複数の人間を殺めたのは、先行して侵入したエルエルフ、ただ一人である。
 彼を追って、他の仲間も続々と室内に足を踏み入れた。

「さすがだねぇ」
「また独り占め……」
 エルエルフの手際を褒めるハーノインと、自分が撃ちたかったのに、と不貞腐れるクーフィア。

 エールゼクスは、アードライとイクスアインと共に室内を入念に確認し、エルエルフは単独で格納庫の奥へと向かった。
 その最奥に、目的の機体があった。
『霊長兵器』と呼ばれる人型兵器、ヴァルヴレイヴ。
 目的は、この機体を出撃させない事である。

 しかし、室内の研究員は全員エルエルフが始末した――その油断が仇となった。突然、足元から煙が噴き出した。

「しまった!」

 機体を格納しているゲージが上昇し、天上に開いた射出口から打ち出された。すぐにハッチが閉じられ、機体の確保をみすみす逃してしまった。辛うじて一命を取り留めた研究員が、機体の緊急射出スイッチを押したのだ。

「生きてた……!」

 それを目ざとく見つけたクーフィアが、目を見開いて嬉しそうに、獲物の近くへ駆けよれば、銃弾を撃ち込んでいく。それを横目に、エールゼクス達は格納庫の奥へ向かった。

 その先にいたエルエルフは、歯を食いしばりながら、機体が射出されたハッチを見上げていた。
 ミスを犯してしまったことが余程悔しいのだろう。エールゼクスは触らぬ神に祟りなし、とばかりに黙り込んでいたが、エルエルフは己たちパーフェクツォン・アミーの中でもとりわけ優秀な軍人である。この失敗を取り返すために、何としてでも任務を遂行するだろう。

 まさかこれが六人で過ごす最後の時になろうとは、この時のエールゼクスは微塵にも思っていなかった。

2018/06/20

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