Reconnect



 秀越学園で共にステージに立った女生徒からのメッセージを元に、私は人の波をかき分けて、指定の場所へと向かった。大混乱に陥る会場をやっとの思いで出ると、外はもう夜の帳が下りていた。人通りは多いものの、歩くのに不自由はない。大規模なライブゆえに至る所に煌々と外灯が輝いているから、人を探すのに苦慮する事もないだろう。会場から少し離れた場所にあるモニュメントの傍まで来れば、スマートフォンを取り出しあの子へ連絡を取ろうとした。その瞬間、こちらに近付く人の気配を感じて顔を上げると、見慣れた女子の姿が目の前にあった。

「樹里さん、お久し振り! ……って、悠長に話してる場合じゃないけど」
「こんな状況じゃなければゆっくりお茶でも……って感じだけどね」

 最初はお詫びの手紙から、そしてSNSへと移行して、時々連絡を取り合うようになったものの、こうして対面するのはオータムライブ以来だ。互いにぎこちない笑みを浮かべあった後、秀越学園の女生徒は早速本題を切り出した。

「樹里さん、『あれ』がコズプロの仕業だと察してると思うけど……」
「あなたもコズプロ所属なのに、そんな事言っちゃっていいの?」
「茨さまの為です。あの人があんな真似をするわけないんです。『Eden』が関与していない事を証明する為には、例え樹里さんが敵であっても真実を打ち明ける必要があると思ったんです」

 彼女の勇気ある告発に、私は疑う事なく素直に頷いた。
 明星くんを陥れる映像――あれでは勘の良い人間なら、Edenを勝たせるためにコズプロが仕組んだと察する事など容易いだろう。例え真実ではないでっち上げだとしても、年に一度の大規模なステージであんな映像が流れてしまうのは、それだけで大打撃だ。Trickstarは勿論、Edenにとっても後味の悪い勝利となる。

 ふと、私と弓弦を隠し撮りした写真を脅しに使われた時の事を思い出した。例え男女の関係ではなかったとしても、あんな写真が世に出回るだけで、アイドルとしての弓弦の価値に傷が付いてしまう――あの時はそう思って、私は秀越学園側の言いなりになるしかなかったのだ。
 今起こっている事は、あの時と手口が一緒だ。
 つまり――もう考える必要すらなかった。

「……首謀者は、オータムライブで私を脅すよう指示を出した上層部……そういう事かな」
「断定は出来ません。ですが、私たちに指示を出した人間が誰なのか、樹里さんに情報を横流しする事は出来ます」
「つまり、私になんとかしろって言いたいわけ?」
「樹里さんには強力なバックが付いていると認識しています。例の写真を流出させず抹消し、オータムライブでの一連の出来事を全て、強制的に美談にして円満に解決させるなんて、普通は出来ない事ですから」
「……そういう事」

 随分と遠回しな言い方をするけれど、要するに英智さまの力を借りたいのだ。
 ただ、今回に限っては、きっと私たちの利害は一致している。どうしてこの子がここまでするのか最初は不思議に思ったけれど、話を聞いていて徐々に分かって来た。

 Edenはこんな卑怯な手なんて使わなくても、Trickstarに勝利しSSを制する事が出来る――この子はそう信じているのだ。だからこそ憤り、敵である夢ノ咲学院にこうして協力を求めようとしている。そして、彼女ひとりが独断で動いているわけではない気もしていた。七種くんが指示して動いているのかは判断が付かないけれど、きっと、七種くん自身もこんな手段で勝ちたいとは思わないのではないか。例の写真だって、七種くんは結局関与していなかったのだから。

「分かった。あなたを信じる。出来る限りの事はするから」
「……樹里さん、ありがとう! ごめんね、利用するような形になって」
「いいよ、利害は一致してるわけだし。私だって当然、夢ノ咲の生徒としてあんなやり方でTrickstarが陥れられるのは見ていられないし、何も出来ない自分が歯痒かったから」

 まさかオータムライブでの出来事が、今になってまるで点と点が線で繋がるように、こうして活かされるなんて思ってもいなかった。人生とはかくも不思議なものだ。

「アナログだけど……端末は全部コズプロに管理されてるから、普段SNSでは無難な遣り取りしか出来ないんだ」

 彼女はそう言って一枚の名刺を取り出し、私の手を取って握らせた。いくら外灯のお陰で夜でも明るいと言っても、文字を読むのは難しい。けれど、彼女が嘘の情報を教えるとは思えなかった。ここは素直に信じよう。

「……後は任せて。なんとしても英智さまに掛け合うから」

 ドラマや映画で、主人公とライバルが手を組む時はこんな感覚なのだろうか。果たして私が彼女のライバルに相応しいかはさておき、私たちはお互いに不敵な笑みを浮かべて、固く握手したのだった。





「――秀越学園の生徒が情報を横流ししてくれた、だって? 樹里ちゃん、そうあっさり人を信用し過ぎるとまた痛い目を見てしまうよ」

 向こうも慌ただしい事を承知の上で、私は英智さまに連絡を取り、無理を言って二人きりで話せる場所と時間を作って貰った。既に騒ぎはだいぶ落ち着いて、ライブの続きが始まったところだ。その隙に、空き部屋になった楽屋を拝借させて貰っている。
 英智さまの鋭い発言に私は一瞬押し黙ってしまったけれど、あの子の勇気を無駄にしてはならない。一呼吸置いて英智さまを改めて見つめて、はっきりと口にした。

「……今回は、大丈夫です。確証があります」
「珍しいね。樹里ちゃんが自信満々に言うなんて」
「恐らく、今回に限っては我々と『Eden』は利害が一致しています。こんな卑怯な手を使わないと勝てないと思われるような真似をするとは考え難いです」

 そう言って、私はあの子から受け取った名刺を英智さまへと差し出した。

「私と弓弦の写真を隠し撮りして、脅しに使うよう命じた上層部がこの人だそうです。ここからは憶測ですが、今回もこの人物が関わっているかと」
「証拠としては少々弱いけれど……そもそも、その横流しした秀越学園の生徒が真実を言っているとも限らないからね」
「確かに、そこを突かれると何も言えないですが……ただ、コズプロも内紛があるようです。これも私の憶測ですが……七種くんはこういう汚い手を使う上層部を煩わしい、それこそ一掃したいと思っているような気がするんです」

 本当にこれは単なる憶測でしかない。ただ、私の引き抜きに関して躍起になっていたのはあくまでその上層部とやらであり、七種くんは終始一貫して、私とステージに立った女生徒たちの仲介役に徹していただけのように見えた。正直、七種くんが全て仕掛けているかのようにミスリードされていたようにも感じたし、私が七種くんの立場なら腹立たしい事この上ない。私が彼のようにアイドルとしての能力にもプロデュース能力にも長け、会社をも動かす力を持っていたとしたら、無駄に年を取っただけの人間に従うより自分が支配したいと思うかも知れない。

 私の憶測が正しければ、絶対に七種くん、ひいては『Eden』の皆もこの状況を由とはしていないどころか、まるでEdenが卑怯な手を使わないと勝てないかのような印象操作をするなと憤っているだろう。

「樹里ちゃん、そこまで分析できるほど、彼らと仲が良いのかい?」
「分析ではなく憶測です。というのも、この情報をくれた子は随分と七種くんを慕っているようで……それこそ私と会長――英智さまの関係に近しいものを感じたんです」
「それは褒め言葉と受け取って良いのかな」
「そうじゃなかったら何なんですか」

 私は当たり前の事を言ったつもりだったけれど、英智さまにとってはそうじゃなかったらしい。まるで鳩が豆鉄砲を食ったように目を見開いて、信じられないとでも言いたげに私を凝視している。

「あの、英智さま。私は英智さまの事を心から尊敬していますし、DDDの頃からそれはずっと変わってないですからね」
「つい前に、樹里ちゃんにあんな意地悪な事を言ったのに?」
「意地悪? ああ、弓弦との事なら……全面的に私に非がありますから、英智さまは夢ノ咲学院の生徒会長として、fineのリーダーとして、当然の事を言ったまでだと解釈してますが」
「……それに、僕は君に偉そうな事を言える程、ご立派な人間ではないのだけれど。それこそ今の地位を手に入れるのに、散々この手を汚して来た。コズプロの事を悪く言えない程にね」

 英智さまは笑みを湛えながら、まるで誰かに懺悔するようにそんな事を言ってのけた。それが、前に仁兎先輩から聞いた過去の革命の話なのだと察するのは容易かった。

「樹里ちゃん、君はもう真実に辿り着いている筈だ。僕が夢ノ咲に革命を起こそうとした事で、多くの人の血が流されたと」
「…………」
「僕が君をアイドルとして復帰させると宣言した時点で、君に密告する輩がいるだろう事は覚悟していたよ。それだけ、僕は恨みを買われる事をしてきたからね。今更、誰が言ったのか追及する事はしないけれど」

 英智さまの発言にどう言葉を返せばいいのか。頭が真っ白になった、というよりも、私自身英智さまの過去の行いに対する意見を持ち合わせていない。その場にいなかったから。転入前の事なんて分からない。人伝に聞いたって、この目で見ていない事に下手に言及しても良いものか。色々と理由付けは出来るけれど、結局のところは言い訳でしかない。

「……英智さま。私、確かに英智さまの行いで苦しんだ人が多くいる事は、頭では理解しています。でも、だからといって英智さまを嫌いになる事が出来ないんです」
「それはどうしてかな? いっそ『自分の夢を叶える為に僕を利用したいから、慕う振りをし続ける』という方が、行動原理としては納得がいくけれど」

 確かに、そういう邪な感情が一切ないとは言い切れない。現に、『長い物には巻かれよ』という言葉に従って、生徒会と有効な関係を築き続けて来た部分もある。
 けれど、そんな損得勘定だけでは片付けられない感情もある。

「英智さまの行いに関して言及する事は、答えを持ち合わせていないので出来ません。ですが、英智さまを慕う理由なら説明できます」

 これでは逃げているだけだ。それは分かっているのだけれど、人と人の繋がりは理屈じゃない。少なくとも私にとって英智さまは、決して悪い人間ではない。行動原理に損得勘定があろうとなかろうと、それは初めて出逢った時も今も変わらない。

「英智さまと初めて出会ってから――いえ、夢ノ咲に来て、英智さまの存在を知った時からの事を思い返して、気付いたんです。私、天祥院英智というアイドルの事を心から尊敬しているんだって、初心を思い出したんです」

 この学院に転入して、ひとりぼっちで辛かった時。私は英智さまのステージでのパフォーマンスを映像で繰り返し見ていた。それがきっかけで、桃李くんとも比較的すぐに打ち解けられた事も覚えている。

「……樹里ちゃんも、桃李みたいな事言うんだね」
「えっ!? ……桃李くんの二番煎じですか? 私……自分なりに答えを出したつもりでいたんですが……」
「ふふっ、落ち込まなくていいんだよ。寧ろ嬉しいよ、僕というアイドルを愛してくれる可愛い後輩が、身近に二人もいるなんてね」
「桃李くんには敵わないですけどね。桃李くんが英智さまを目指して血の滲む努力をしているのは、私も見たり聞いたりしていますから」

 桃李くんの事を口にしただけで、自然とお互いに気持ちが和らぎ、頬も緩まるから不思議だ。桃李くんがそんな不思議な力を持った子だと、私だけでなく英智さまも、幼い頃から身近にいる弓弦も、厳しい指導を続けている日々樹先輩も、皆分かっている事だ。

「樹里ちゃん、君を信じよう。この男の情報を元に裏で探ってみるよ。ESを立ち上げるにも、ある程度膿は出しておかないといけないからね」
「……ありがとうございます!」
「さすがに今すぐにどう、という簡単な話ではないけれど。如何せん証拠がないに等しい状態ではね」
「やっぱり……そうですよね」

 これで明星くんの汚名を晴らす事は、確実に出来ると言っていいだろう。ただ、今すぐにTrickstarの皆を救う事は出来ない。冷静になって考えれば当たり前だ。首謀者らしき人間の名前だけで今すぐに何が出来るというのか。そもそもライブはとうに再開されているというのに。

「樹里ちゃんはTrickstarの皆が心配?」
「それはもう……夢ノ咲代表として、というより、あんず程ではないですけど、多少は交流がありますし、同級生が貶められる姿は見ていて辛いです」
「そんなにツンツンした態度取らなくていいのに。素直に友達が心配だって言えばいいじゃないか」
「友達……という程仲が良いわけでは……」
「スバルくんは君の事を友達だと言っていたけれど」
「……さすが、初対面から距離感がおかしいだけありますね」

 なんて毒づいてしまったけれど、こんな状況下だというのに英智さまは落ち着いていた。訝しげに思っていたのが顔に出ていたのだろうか。英智さまは私の思考を読み取るかのように、笑顔で応えた。

「Trickstarは大丈夫だよ。彼らだって伊達に修羅場を潜り抜けているわけじゃないからね。さあ、そろそろ彼らの出番だよ。僕らもその勇姿を見届けようじゃないか」
「……はい!」

 英智さまに連れられて、私たちは会場の関係者席へと向かった。
 それ以降の事は、最早説明するまでもない。Trickstarは実力で観客を湧かせてみせて、明星くんもあの映像は嘘だと必死で訴えて――そして、Edenと正々堂々と戦って、見事にTrickstarがSSを制したのだ。
 少し前までは地獄と化していた会場は、彼らの輝かしいステージによって一気に浄化され、お客さまは誰もが皆彼らのパフォーマンスに魅了され、そしてTrickstarの優勝を讃えたのだった。





 時は過ぎ、年も変わり正月を迎え、短い冬休みが終わろうとしていた時。
 私は突然、秀越学園の例の女生徒経由で喫茶店に呼び出され、事もあろうにEdenの皆様とお茶を共にする事になった。事前に「茨さまが樹里さんにお礼を言いたいんだって」と言ってくれただけ、まだ心構え出来たので助かった。いや、別に助かってはいないのだけれど。

「此度の不始末、自分の力が至らないばかりに、大変ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありません。ですがまさか樹里さん経由で夢ノ咲からも協力を得られるとは……自分はどうやら樹里さんの力を侮っていたようです」
「言い過ぎですって、私は単なる英智さまの駒みたいなものですから」
「ご謙遜を! 駒扱いに疲れたらいつでも秀越学園にお越しくださいね。転入の準備はいつでも整えておりますので!」
「うーん、冗談でもそれは無理ですね……」

 喫茶店内で、私の真横で七種くんがお礼を口実に転入の勧誘を始め、どうして私はここにいるのかと記憶喪失を起こし掛けてしまった。この人の話術に嵌ると危険だ。ぼうっとしているといつの間にか口約束で本当に転入する段取りになり兼ねないと思ってしまうくらいだ。

「ふうん、茨が気に掛けてるからどんな子かと思ったけれど……見れば見る程普通だね!」
「は?」
「スタフェスの映像も一応見たけれど……お客さまの前で転ぶなんてプロ失格! アイドルに復帰する前に体幹を鍛えるところから始めないと駄目なレベルだね」
「くっ……本当の事だけに反論出来ない……」

 初対面にも関わらず不躾な言い方をしてくるのは、Edenのひとり、巴日和だ。テーブルを挟んで私の前には、巴日和、漣ジュン、そして七種くんと同じ秀越学園の乱凪砂。Edenの四人が集結しているという、ファンにとっては堪らない光景だろう。そんな彼らと一緒にお茶をするなど、それこそファンに見られたらただでは済まないかも知れない。

「おひいさん、初対面の女の子を苛めるなんて趣味悪いっすよぉ〜」
「人聞きの悪い事を言わないで欲しいねっ! ぼくはトップアイドルとして当然の事を言っているまでだけど!」
「遠矢さん、すみませんね。この人の言う事は無視していいっすから」

 漣くんとはサマーライブ前に偶然ばったり会った事があるし、他の三人と比べたら何となく私に近いというか、少なくとも話し難い印象はまるでないから、少しだけ気が楽になった。転入当初の夢ノ咲の生徒会における衣更くんのような存在に近い、と言った方が正しいだろうか。

「というか、私からもお礼を言わせてください。明星くんの件で、七種くんも汚名を晴らそうと色々と動いてくれているみたいで……本当にありがとうございます」
「いえいえ! Edenがあんな姑息な手を使わないと勝てないなどと思われたら癪ですからな! とはいえ、Trickstarに勝ちを譲ってしまいましたが」
「逆に言うとあんな余計な事をされなければ、Edenが勝っていたかも知れませんしね」

 夢ノ咲の生徒として言わせて貰えば、あんな事がなくてもTrickstarが奇跡を起こしてSSを制していたとも思うのだけれど、Edenの皆様の手前、ここは一先ず相手を立てた。と言っても、本当に何もなければ結果がどうなっていたかは分からない。『if』を言ってもしょうがないけれど、それぐらい接戦した熱いライブだった。

「遠矢さん、夢ノ咲なのにそんな事言っちゃっていいんすか?」
「夢ノ咲でも色々あって、本来fineが出場するはずがTrickstarに譲る形になっちゃいましたからね。fineが出たらfineが優勝してます」
「それこそ有り得ないね! 全く、見る目がなさすぎで先が思いやられるね」
「は?」

 漣くんに聞かれたから私は素直に答えただけなのに、この巴日和という男はまたしても人の神経を逆撫でする事を……さすがに猫かぶりをする気もなく呆けた声を出してしまったけれど、これまで一言も喋らなかった乱凪砂の視線に気付いて、私はふと彼のほうへ顔を向けた。呆れられてるんじゃないかと思ったけれど、ステージ上では見られないような優しい笑みを浮かべていて、正直驚いてしまった。

「……樹里さん、だったかな。確か、春からアイドル活動をすると聞いたけれど……そうだよね、茨?」
「アイ・アイ! 閣下の認識通りです! あ、そういえば遠矢さん。プロデュース業はどうされるんですか?」
「夢ノ咲のアイドル科で女子を入れる話はないですし、男子の中に一人だけ女子、というのも色々と問題があるので……プロデュース科に在籍しながら、校外でアイドル活動をする方向で一応進んでいますね」
「両立は何かと大変ですが、遠矢さんなら乗り越えられると信じていますよ! どうしても辛くなったら、是非我が校への転入をご検討ください! 夢ノ咲と違ってサポート体制には自信がありますので!」

 さすがにこの発言は、夢ノ咲の生徒として、というより英智さまの面目を保つためには頷けなかった。何も言えず黙り込んで、出された紅茶をただただ機械の如く摂取する私に、乱凪砂閣下は思いがけない言葉を掛けてくださった。

「アイドル活動、頑張ってね」
「あ……ありがとうございます! まさかEdenの乱凪砂さんにそんな事を言って頂けるなんて……」
「ちょっと、ぼくたちに対する態度と違い過ぎるよ!?」
「いや、それを言うならおひいさんとおひいさん以外だと思いますけどねえ」
「ふん! ジュンくんだって適当な態度を取られていると思うけどね!」

 漣くんと巴日和さんのやり取りを見るに、Edenの面々も普段はごく普通の学生と変わらないように見える。ステージではそんな様子は一切見せないだけに、トップアイドルはさすがだと言わざるを得ない。私もアイドルに復帰するなら、ライバル校とはいえ様々な事を見習わなくては。

「遠矢さんって権力に弱いタイプなんですか?」
「あの、七種くん。それは悪気があって言ってる?」
「いえいえ! 皇帝や閣下といった存在を讃える傾向にあるのではないか、などと分析してみただけであります!」

 七種くんに変な誤解をされてしまったけれど、弓弦と恋愛関係にある事が知られるよりは、英智さまを慕っていると認識されるほうが、それこそミスリードになってある意味良いのかも知れない。英智さまを慕っているのは事実で、そこに恋愛感情がないのもまた事実だから、何も困る事はない。

「……本当に、逃がした魚は大きかったかもしれません」
「何?」
「いえ! こちらの話です!」

 かくして、慌ただしく日々は過ぎていき――アイドルへと復帰する春は刻一刻と迫りつつあった。弓弦との関係を続けていくか、清算するか。曖昧にしていては、過去に英智さまが言ったように苦しむのは自分自身だ。タイムリミットが近付くなか、私は未だ答えを出せずにいたのだった。

2020/07/09


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