Afterschool



「これは七夕祭の準備期間に痛感した事ですが、衣装制作をあんずと鬼龍先輩だけで行うのはかなりの負担です」
「本来は自分で衣装を調達するか自作するのが道理なんだがな……全く、鬼龍は人が好過ぎる」
「あの二人はきっと、負担だとは感じていないと思います。ですが、私や、他の皆が同じクオリティで同じ量を作れと言われたら、出来ないと思うんです。来年プロデュース科が発足するにしても、人海戦術で量は補えても質は補えません」

 夏休みが終わり、暦の上では秋の訪れを感じさせる月になってもまだまだ残暑は続く頃。
 私は蓮巳先輩から出された夏休みの宿題――プロデュース科における改善点をまとめ、視聴覚室でちょっとした報告会を行っているところだ。

「量は補えても質は補えない、か……遠矢の中で何か改善案は浮かんだか?」
「いっそのこと衣装制作はすべて外部に委託するのも考えたのですが、『Valkyrie』のように独自の世界観と拘りがあり、敢えて自作する生徒もいますし、没個性化してしまうので却下しました」
「うむ。型にはめてしまうと他校の後追いになってしまうからな」
「そうですね、夢ノ咲の『個』を活かすスタンスは賛成です。ただ、自作する技術や購入する資金がない生徒が多いからこそ、鬼龍先輩やあんずに依頼が行ってしまうのが現状の課題です」

 私も彼らの手伝いはする。けれど、背後に生徒会がいる事と、一度倒れた経験があるという事で、遠慮しているのか役に立たないからかは分からないけれど、私に直接衣装作りを依頼してくる生徒はほぼいない。せいぜい、本番までに間に合わない生徒を見つけ次第、私のほうから率先してヘルプに入るぐらいだ。

「来年、鬼龍が卒業すれば実質衣装制作のサポートはプロデュース科が担うことになる。個々の技術差があれば、当然技術の高い者に依頼が殺到し、バランスが崩壊してしまう、か……」
「技術の底上げをするにしても、誰が教えるのかという問題があります。まさかあんず一人で新入生全員を教えるわけにはいきませんし」
「いっそ衣装制作をカリキュラムのひとつに追加するのも悪くないかも知れんな。尤も、俺にそこまでの権限はないがな」

 副会長はそうは言っているけれど、きっと先生がたに提言してくれる。実質この学院を仕切っているのは生徒会だし、英智さまが卒業したからといって、何もかもが一気に変わるわけではないだろう。

「あと、プロデュース科の定員にもよりますが、各ユニットのスケジュール、進捗状況などが確認できて、プロデュース科全員で情報共有できるシステムの導入が必要だと思います」
「そうだな。今は貴様達ふたりだけだからこそ、アナログな手段でも共有出来ているが……」
「それと、機械に疎い子もいますので、操作は複雑ではない方が良いと考えています」

 話している途中で、扉が開かれた。副会長と私が使用中の視聴覚室に入って来れるような生徒は限られている。

「樹里〜! 差し入れに来たよ! あっ、副会長の分もありまーす」
「静かにしろ、姫宮。……と言いたいところだが、そろそろ休憩しても良い頃合いか」
「ふふっ、樹里さんが副会長さまに虐められていないか心配で、つい」
「おい伏見、人聞きの悪いことを言うな」

 扉を開けたのは桃李くんで、その後ろに弓弦がティーセットとお茶菓子を持って佇んでいる。更に、紅髪の少年が奥から顔を出して片手を上げてみせた。

「よっ、遠矢。頑張ってるな」
「衣更くん? 珍しいね、桃李くんはともかく伏見と一緒に行動するなんて」
「ああ、ちょっと遠矢に相談したいことがあって……」

 衣更くんとは別に仲が悪いわけではないし、寧ろ良くして貰っているけれど、基本的にTrickstarの悩み相談といえばほぼ全部あんずに行きがちだ。それが敢えて私を指名となると、相談内容はひとつしかない。あんずの事だ。

「いいよ、報告が終わったら話聞く」
「悪いな」

 話もほどほどに、三人とも視聴覚室に入って来て、弓弦が副会長と私の席にティーカップと茶菓子を置く。

「お邪魔でしたら、わたくしたちはすぐに退散いたしますが……」
「構わん。それにそろそろ切り上げるつもりだったからな。遠矢も疲れただろう」
「はい……普通に話すのと報告を行うのではまるで違いますね」

 正直言って喉はからからだ。弓弦は本当はこうなる事を見越して差し入れに来たんじゃないかと思った。ふと香った良い匂いは、お茶菓子からではないように感じる。多分これは、紅茶に何か仕込んでいるのだろう。ティーカップを取り、湯気に鼻を近付かせた。

「これは……キャラメル?」
「大正解〜! ボクがお手製のキャラメルソースを入れたんだよ」
「そのキャラメルソースを作ったのはわたくしで、坊ちゃまは紅茶を淹れただけですが……」
「こらー! 余計なこと言うな弓弦!」

 二人の遣り取りに苦笑してしまったけれど、甘い香りだけで疲れが取れたような気がした。でも、ほっとしてもいられない。いつも皆の相談役である衣更くんが逆に私に相談するなんて、余程の事なのだから。





「悪いな、遠矢」
「ううん、寧ろ普段力になれていない分、これくらいはさせて」

 空き教室で衣更くんと二人きりになって、周りに誰もいない事を改めて確認すれば、私は真っ先に話を切り出した。

「あんずに何かあったの?」

 私の言葉が意外だったのか、衣更くんは目を大きく見開いて驚きの表情を浮かべた。けれどそれも一瞬のことで、すぐに安堵の溜息を吐いた。

「やっぱり遠矢は分かってたか」
「分かってるっていうより、Trickstar絡みはそれこそあんずに相談するし、衣更くん本人の悩みは朔間くんとか相談相手がたくさんいるでしょ? 私にしか言えない事って言ったら、まあ、あんずのことかなって」
「ご名答。それなら話が早い」

 衣更くんはそう言って笑みを浮かべた後、表情を曇らせた。気付いてはいたけど、良い話ではなさそうだ。

「最近、あんずの体調が良くない気がするんだ」
「やっぱり……」
「遠矢もそう思うのか?」
「見た目では分からないけどね。でも、どう考えても常人がこなす業務量じゃないから。寧ろ今まであんずが倒れずにいることがイレギュラーだと思ったほうがいい」

 過去に倒れた自分を正当化するわけじゃないけれど、毎日朝から晩まで、休みなくプロデュース業をこなすなんて、常人離れしているし常人なら倒れている。ひとえにあんずの能力の高さと健康体によって維持されているものの、永続的にこの状況のままなら、どうなるか分からない。
 あんずは弱みを見せない子だから、大丈夫だって言い張っているし表には出さないけれど、衣更くんが察するということは相当無理が祟っているのかも知れない。

「遠矢も相談されても困るのは分かってるんだ。でも、一応知っておいて欲しくてさ」
「根本的な解決策がないのが歯痒いけど、困りはしないよ。共有してくれてありがとう」
「そう言って貰えると助かる。遠矢もさ、無理するなよ」
「私は一回倒れてるから、周りも気遣ってくれてるし……だからこそ、尚更あんずに負担が行っちゃってるのかな……」

 どちらともなく溜息が零れ、静かな教室に響く。あんずが私以上に大変なのは分かり切っている事なのに、どこか心の中で「あんずなら大丈夫だ」と思っていたのかも知れない。
 このままじゃ駄目だ。報告書を作ったくらいで満足していてはいけない。手遅れになる前に、何か策を講じないと。





 衣更くんとの話が終わって(解決策がない以上終わったわけではないのだけれど)色々と思うところがありつつも、ひとまず本日のプロデュース業を全てこなし、帰路につこうと玄関口を出た時。

「樹里、お疲れ様〜!」
「お疲れ様です、樹里さん」

 後ろから声を掛けられて、振り向くとそこには桃李くんと弓弦が少し離れた場所で、私に向かって手を振っていた。

「二人こそお疲れ様。今帰り?」
「うん。樹里の後姿が見えたから、折角だし送っていこうと思って」
「え、大丈夫だよ。近いから歩いて帰れるし」
「こら〜! 主人が送っていくって言ってるんだから、奴隷ならちゃんと言う事を聞けっ!」

 そういえば桃李くんの中で私は『そういうこと』になっていたんだっけ。確かに、折角の好意を無下にしてしまうのも心苦しい。でも本当に家は近いし送って貰う必要なんてないのだけれど。

「たまには良いではないですか。あんずさんは毎日Trickstarの皆さんが交代で送っていらっしゃるようですし」
「それは、あんずの家が学校から近いわけじゃないからでしょ」
「まあまあ。坊ちゃまの我儘を聞いてやるつもりで了承してくださいまし」

 弓弦がそんなことを言うなんて珍しいこともあるものだ、と思ったけれど、何の理由もなく言うとは思えない。何か意図があるはずだ。
 そこで、きっと衣更くんのように、何か私に話したいことがあるから送ると言っているのだと漸く察した。桃李くんもいるから、徒歩ではなく姫宮家の車で送ってくれるのだと思う。となれば、他の皆に聞かれることはない。

「じゃあお言葉に甘えて送って貰おうかな」
「そうそう、おまえは主人の言うことを黙って聞いていれば良い!」
「坊ちゃま、奴隷扱いは訂正してくださいね」

 かくして、初めて三人で帰ることになったのだった。
 弓弦には『スーパーノヴァ』の時に車で送って貰ったことがあったけれど、あの時はあんなことを言ったりしたりしてしまったせいで、実は記憶がおぼろげだ。
 だから、今こうして一緒に帰ることになって、正直嬉しい。アイドルとプロデューサーという関係上、どうしてもごく普通の恋愛が出来ないことを考えると、一緒に帰るというごく当たり前の出来事も、私にとっては特別なことだ。





「それで、話って何?」
「え?」

 車の後部座席で、隣に座る桃李くんに話を切り出したものの、当の桃李くんはきょとんと首を傾げながら私を見つめた。

「話って、何の?」
「いや、私に話したい事があるからこうして送ってくれてるんじゃ……」
「ただ樹里を送ろうと思ったからだけど」
「へ?」

 本当に深い意味はなかったのか。本当に? 恐る恐る助手席に座る弓弦に視線を移すと、当然目が合うわけではないものの、全てを察して答えてくれた。

「坊ちゃまもたまには樹里さんと一緒に過ごしたいのですよ。樹里さんもご多忙の身ですし、fineだけが独占するわけにもいきませんからね」
「あんずと違って独占されるほどの存在ではないけどね……」
「またそうやって、あんずさんとご自身を比べてはいけませんよ。すぐマイナス思考になるんですから」
「ちょっと、お母さんみたいなこと言わないでよ」

 そんな馬鹿なことを言っているうちに、あっという間に我が家に着いてしまった。確かに、これではろくに話も出来ないし、本当に深い意味はなかったのだろう。

「ね、本当に近いから……車で送って貰うほどの距離じゃないんだよね……」
「樹里」
「ん?」
「寂しいの?」

 桃李くんが私の顔を覗き込んで、あどけない瞳を向けながら、まるで私の心を見透かすようにそんな事を言うものだから、つい、息を呑んでしまった。

「寂しいのは坊ちゃまのほうではないのですか?」
「うるさい弓弦! ……と言いたいところだけど、正直ボクは寂しいかな。樹里、最近プロデューサーとして一人前に頑張ってるから、どんどん遠くに行っちゃってる気がするし」
「そんな事ないよ、一人前ならこうやってあんずと比べてうじうじしたりしないから。私はまだまだ半人前です」

 桃李くんの正直さに負けて、私はおどけて自虐めいた事を言えば、桃李くんと同じように、同じ胸中を口にした。

「……私だって寂しいよ。今だって一緒に帰って色々話せるかな?って思って、嬉しかったんだけど……学校から家までこう距離が近いと、なかなかね……」

 言いながら、ふと名案が思い付いたのだけれど、さすがにそれを実行してはプロデューサーの枠を超えているし、アイドルとの距離感がおかしくなる。口を開きかけたものの、公私混同は駄目だと心の中で言い聞かせて閉口した。

「樹里さん、どうなされたんですか? 今、何か言おうとして不自然に言い留まりましたけど」
「ちょっと、人の動作をいちいち見ないでよ」

 いつの間にか助手席越しにこちらに顔を向けている弓弦と目が合って、つい文句を言ってしまった。
 まあ、見られていたなら仕方ない。思い付いたことを正直に言って、「それは駄目だ」とはっきり言い返して貰ったほうがすっきりする。

「いや、良かったらちょっとうちでお茶でもどう?って思ったんだけど……」
「構いませんよ」
「さすがに駄目だよね……って、はい?」
「わたくしは構いませんが。恐らく坊ちゃまも伺うまでもないかと」

 もう一度はい?と言いそうになったけれど、弓弦は正気らしい。いつもの余裕綽々の笑みできっぱりそう言ってのけて、嘘?と思いつつ私の隣に座る桃李くんへ視線を戻すと、天使の笑顔がそこにあった。

「ボクも樹里のおうち、見てみたい!」
「え、いや、いいの? だってほら、私、プロデューサーだし……アイドルとの距離ってものが……」
「そもそも樹里さん、夏休みに姫宮家に泊まりに来ているではないですか」
「…………いや、そうなんだけどさぁ……」

 夏休みと新学期が始まった今ではまるで違うだろうと言い返したいけれど、違うというのはあくまで私の価値観であって、傍から見たら同じなのだろう。やっぱり夏休みに桃李くんの家にお邪魔するのは止めた方が良かったのだろうか……今更悩んだところで、過去を変えることは出来ないから無意味だけれど。

「ねえ樹里、樹里が言い出したんだからいいでしょ? ね?」
「……そうだね、私が言い出した事だもんね……」

 桃李くんの屈託のない笑みの眩しさに、私は頷くしかなかった。そう、言い出した私がやっぱり駄目です、なんて言えるわけがない。私がアイドルの家にお邪魔するのは良くて、その逆は駄目っていうのも筋が通っていない。

「ごく普通の一般家庭ですが……粗茶しか出せませんが……」

 本当に自分で言い出しておいて、どうしてこんなに恐縮しているのかという話なのだけれど、本当に姫宮家のような豪邸とは天と地ほどの差がある一般家庭なので、今更ながら恥ずかしくなってきた。
 どちらにせよもう後には引けず、突然、プロデューサー宅の家庭訪問が始まってしまったのだった。

2019/10/11


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