愚か人の行方


 クライヴとジルの姿を目の当たりにしたユニスは、ふたりに黙ってシドたちと行動している現状に対して、絶対に叱責されると思っていた。ジルは一緒にロザリアに行こうと言ってくれたのに、頑なに断ったのは紛れもないユニスである。更に、クライヴとジルには同行出来ないと言っておきながら、こうしてシドたちと共に外の世界に出ているのだから、ジルたちにしてみればユニスの行動は矛盾している。
 何を言われても仕方ない。ユニスは覚悟を決めて、作り笑いを浮かべてジルに顔を向けた。

「ジ、ジル様。奇遇ですね……」

 いっそ呆れ果てて突き放してくれれば良いと思ったのも束の間。ジルはすぐさまユニスの傍に駆け寄れば、思い切り平手打ちした。
 一瞬のことで、ユニスは呆気に取られたものの、反応するよりも先にジルに強く抱きしめられて、身動きが取れなくなってしまった。

「ユニス! あなたはいつも……大事な事はいつもひとりで勝手に決めて!」
「…………」
「隠れ家に残りたいなら残ればいい。けれど、私たちに黙って勝手に何処かへ行かないで……!」

 ジルの声は涙交じりで、怒っているというよりも心配していたと称するほうが正しかった。
 その言葉を聞いていたシドが、クライヴと目が合うや否や「来てたのか」と呟き、肩を竦めてみせた。当然、何も聞いていないクライヴはシドを睨み付ける。

「シド、何故ユニスを外に連れ出した」
「婆さんのお使いついでに、そろそろ戦闘が可能か腕試しがてら同行させたんだが……あの様子じゃ、ご主人様に内緒で抜け出したか」

 どうやらシドは嘘を吐いているわけではなさそうだと判断し、クライヴもジルの元へ歩を進めた。そして、ジルに抱き締められているユニスの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。

「クライヴ……」

 ジルは漸くユニスから手を放し、クライヴを見遣った。クライヴの視線は当然、ユニスへと向けられている。無視するわけにもいかず、ユニスはばつの悪そうな顔で呟いた。

「……ごめんなさい」
「ユニス。何故ジルが怒っているか分かるか?」
「それは……ジル様に何も言わずに、隠れ家から出て行ったからです」
「どうして俺たちに言わなかった?」

 クライヴは感情を露わにはしていないが、怒っているのが雰囲気から見て取れる。ただ、別にユニスを非難したいわけではなく、単に理由を知りたいだけなのだ。それは、ジルも同じである。
 だが、なんと説明すれば良いのか。
 ふたりにとって自分は邪魔な存在だと思ったから、なんてユニスが馬鹿正直に言えば、余計ふたりに気を遣わせることになる。

「ユニス。お前が俺たちよりもシドと一緒に居たいのなら、反対はしない。だが、俺たちと一緒に居られない理由はなんだ?」

 クライヴに問われても、ユニスは説明しようがなかった。ドミナントであるふたりの足手纏いになりたくないのもあるが、そうなるとシドと一緒に行動している理由に説明が付かない。

 とどの詰まり、ユニスはいずれ男女の関係に発展するであろうジルとクライヴの邪魔になりたくないのだ。
 そんな事を、この場で言えるわけがない。
 黙り込むユニスに、今度はジルが言葉を紡ぐ。

「気付いたらユニスが居なくなっていて……隠れ家の人たちから、シドたちとイーストプールに行ったと聞いたの。ちょうどロザリアへの道の途中だから、待つよりも直接捕まえたほうが早いと、クライヴとここに来たのよ」

 まさに四面楚歌と言っても過言ではないユニスの元に、次いでシドが歩み寄る。クライヴとジルを邪魔したくないから気を遣ったのだろう、等とフォローしてくれる事をユニスは願ったが、残念ながら真逆であった。

「ユニス。嘘を吐くような奴は隠れ家には置いておけん」
「え……!?」
「話が違う。主人の許可を得ろと言った筈だ」

 まさかこうもあっさり突き放されるとは思わず、ユニスは呆然としてしまった。けれど、シドは特段怒っているようには見えない。呆れていると言うべきか、あるいは「そんな事だろうと思った」と半ば察していたのか。
 どちらにせよ、強制的に隠れ家から追い出される形となったユニスは、瞬く間に居場所を失ってしまった。自らの身勝手な行動のせいで。

「もう……ユニス、行きましょう」

 項垂れるユニスにそう声を掛けたのは、他でもないジルであった。ユニスが顔を上げると、目の前でジルは苦笑を浮かべながら、手を差し出していた。仕方のない子だ、とでも言いたげに。

「ジル様……よろしいのですか?」
「一緒に行こうと言ったでしょう? ユニス、あなたも真実を知る権利がある」
「ですが、私がいたらふたりの足手纏いに……」

 ユニスに帰る場所はない。だが、クライヴとジルの枷になるわけにもいかない。ジルの手を取りつつも、煮え切らないユニスであったが、シドが思い掛けない事を言い放った。

「筋は良い。後は仲間を信頼し、ひとりで突っ走らない事だ」

 そう告げると、シドは手持ちのクリスタルを用いて煙草に火を付けた。ユニスは今まで気付かなかったが、シドの腕は酷く変色していた。随分と痛そうに見えると思っていると、クライヴも同じ事を考えていたらしく、シドに直接訊ねた。

「その腕は……」
「ああ、これか? 長い事戦って来たからな。お陰で近頃は無茶も出来ん。……まあこいつは、歴戦の勇者の証ってやつだ。気にしなくていい」

 ベアラーが力を酷使し続けると、体が石化していくとユニスは聞いていたが、ドミナントも同様なのか。詳しくは聞けなかったが、もしそうだとしたら、いずれクライヴとジルの身体にも同じ事が起こるのだろう。
 今のユニスに真実は分からないものの、あまりシドを頼り過ぎると、彼の身体に負担を掛ける事になる。だとしたら、一人前に戦えるようになるまで、隠れ家を離れて腕を磨こうと密かに誓った。
 ユニスは先程のシドの助言から、彼は己を完全に拒否したわけではないのだと分かっていた。旅が終わり、隠れ家に戻ったら、きっと受け入れてくれる。そんな気がしていた。

 シドは、これまでの遣り取りから、クライヴとジルはユニスを連れて旅に出ようとしたが、ユニスがそれを拒んで己について来たのだと察した。
 ユニスがふたりに黙って来たのも、隠れ家を離れたくないという強い想いがあるのだとしたら。
 クライヴとジルとしっかり話し合い、どうするか決めれば良い。嘘を吐く奴は置いてはおけないとは言ったが、逆に言えば、ジルと話し合った上で隠れ家に居たいと決めたのなら、シドはいつでもユニスを迎え入れるつもりでいた。

「……旅に出るんだな」

 シドが本題を切り出すと、クライヴとジルは共に頷いて、礼を述べた。

「世話になった」
「よくして頂いて……感謝しています」
「自分たちで決めた事だ。俺たちの邪魔さえしなけりゃそれでいい。どこへでも行っちまえ」

 シドはまるで邪険にするような素振りを見せたが、それは本心ではないと皆分かっていた。クライヴを無理に仲間に引き入れるのではなく、彼の意志を尊重する。その想いはクライヴもジルも、そしてユニスも分かっていた。

「俺が昔、好いてた女が――難儀な生き方をしていた。お前のように。……救ってやりたかったよ。一度は、救えたつもりだったが、それも所詮は俺の独りよがりだった」
「シド……」
「傲慢なんだろうな。『他人を救う』なんてのは」

 まさかシドからそんな言葉が出て来るとは思わず、ユニスは驚いてしまった。ベアラーが人として暮らしていけるよう保護をするなど、世界情勢を鑑みれば茨の道である。それを傲慢などと誰が思おうか。
 だが、シドは恐らく、かつて愛した女性と様々な事があり、自責の念を抱いているのだろう。ユニスはシドの弱音を否定したかったが、彼が納得できる言葉など持ち合わせていないため、口を閉ざすしかなかった。

「なんだかんだと言葉を重ねても、結局は、こっちの思いを押し付けたに過ぎない。伝わらない言葉っていうのは、どんだけ発しても、発していないのと同じだったって事さ」

 シドはユニスたちに告げるというよりも、まるで自戒のように言葉を紡ぐ。
 だが、今度はクライヴの胸を叩いて、笑みを浮かべてみせた。

「けどな、これだけは言わせてくれ。過去のお前を、なかった事にするなよ。受け入れろ、自分を受け入れてやるんだ」
「自分を……」
「きっと、お前の生き方は――これからも難儀なんだろう。だから、自分くらいは救ってやれ。お前を救えるのは、お前だけなんだから」
「……やってみるよ」

 シドの激励をクライヴは素直に受け入れた。つい前は考えられなかったとユニスは内心驚いたが、ジョシュアを殺したドミナントを探すために共闘し、ふたりの間には見えない絆が生まれているのだと感じた。
 旅が終われば、自分だけではなく、クライヴとジルも隠れ家に帰るかも知れない。そう思うと、ユニスは漸く前向きになれた。

「ジル。あんたも色々あるようだが、こいつのことをよろしく頼む」
「ええ、分かったわ」

 ジルが快く頷くと、シドはカローンのお使いを済ませて積荷を終えたグツに声を掛けた。

「それで最後か?」
「うん」
「婆さんのお使いは終いだ。どやされる前に帰るぞ」

 本来ならばユニスも一緒に帰るはずだったのだが、まさかこんなに急に別れが来るとは思いもしなかった。尤も、遅かれ早かれこうなる運命であり、ユニスの自業自得なのだが。
 ユニスはグツの元へ駆け寄れば、深々と頭を下げた。

「グツさん。私、ジル様とクライヴ様と一緒に、ロザリアへ旅をする事になりました」
「そ、そうなんだ……寂しくなるね……」

 ユニスが顔を上げると、グツは悲しそうに笑みを浮かべていた。
 離れたくない。ユニスは今になって、双眸から涙が込み上げて来た。

「グツさん……私、絶対強くなって帰ってきます……! シドさんもグツさんも、私にとって命の恩人です。それに、隠れ家はもう私にとって、大切な家なんです……」

 涙交じりの声で言いながら、耐え切れず涙を流すユニスの背中を、シドが軽く叩いた。

「『強くなったら』と言わず、旅が終わったらいつでも帰って来い」
「シドさん……!」
「ただし、今後は必ずジルと話し合って決めろ。ジルもクライヴも、お前の大切な仲間だろう」

 仲間に嘘を吐くな。相談もなしに勝手な行動を取るな。だが、仲間を信頼し、話し合って決めた道ならば、いつでも迎え入れよう。そんなシドの叱咤激励に、ユニスは更に涙を零し、しゃくりあげて泣いていた。

 クライヴとジルは、ユニスを複雑な心境で見守っていた。ロザリアへの旅の同行がユニスの意思に反しているのなら、酷い事をしてしまった事になる。ジルも、ユニスが隠れ家に残りたいと言っていたにも関わらず、同行して欲しいという想いをぶつけたのだ。冷静になって考えてみれば、話し合いにならなかったのは目に見えて分かっている。ユニスを責める資格など自分にあるだろうか。
 だが、そんなジルの不安は杞憂に終わった。

「ジル様! クライヴ様! お待たせしました。行きましょう」

 泣き止んだユニスがジルの前に立っていて、迷いのない笑みを湛えている。
 よく見れば、ユニスの腰には剣が携えられていた。どうやらシドが「腕試し」と言ったのは事実で、隠れ家の人々がユニスに装備を用意したのだろう。
 彼らの想いを無下にしてはならないと、クライヴはユニスの肩に手を置いて、口角を上げてみせた。

「ユニス、足手纏いなんて思うな。戦場は、仲間との協力が必要不可欠だ。マードック将軍も、騎士の皆もそう言っていたはずだ」
「……はい!」
「シドも筋が良いと言っていただろう。頼りにしてるぞ、ユニス」

 それが気を遣っての言葉であっても、今のユニスを鼓舞するには充分すぎる激励であった。
 すると、今度はジルが申し訳なさそうな表情でユニスの頬を撫でた。

「ユニス、さっきは叩いてしまってごめんなさい」
「ジル様? 謝るのは寧ろ私ですが……」
「ユニスの気持ちを考えず、一緒に旅に行くものだと決め付けていたわ。それこそ、シドの言う『傲慢』だったかも知れない」
「そんな事は、決して……!」

 まさかジルからそんな事を言われるとは思わず、ユニスは首を横に振った。なにせ、隠れ家の居心地があまりにも良かったばかりに、ユニスは肝心な事を忘れていたのだから。
 自分はジルのために生き、ジルを護るために傍にいるという事を。

 クライヴが傍にいても、その気持ちを曲げてはいけない。いずれジルがクライヴと結ばれるとして、少なくとも今はクライヴと一緒にジルを護れるよう、鍛錬を積めば良いのだ。
 簡単な道ではないと分かっているが、今の自分がやるべき事を、ユニスは漸く理解した。

「今の私はジル様のナイト失格です。クライヴ様を見習って、初心に帰って頑張ります」

 そう意気込むユニスであったが、ジョシュアを殺したのが自分自身だと分かってしまった今のクライヴにとっては複雑な言葉であった。ジョシュアのナイトであるにも関わらず、護れないどころかこの手で殺めてしまったのだから。

 ユニスはジョシュアを殺したのがクライヴだとまだ信じてはいないと言っていたが、信じざるを得ない事が起こったとしたら。その時は、如何なる言葉も受け止めよう――覚悟を新たにしたクライヴを筆頭に、この地から三人の旅が始まったのだった。

2024/02/04
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