Kaleidoscope



 スーパーノヴァは無事大成功を収めた。この舞台をもし桃李くんも一緒に見ていたら、闘争心に火が付いてより一層レッスンを頑張りそうだ、なんて思える程の大盛況で、夢ノ咲学院の評価は更に上がることは想像に容易かった。会長が最初の企画書を却下したり、敢えて守沢先輩に辛く当たった理由も、何となくだけれど理解出来た。獅子が我が子を深い谷に落とす諺のように、生徒会長としてこの夢ノ咲学院を愛しているからこそ、生徒たちに試練を与えているのだ。学院の生徒たちが花開き、更なる高みへ羽ばたけるように。



「遠矢さん、お疲れ〜」
「遠矢先輩、お疲れ様です!」

 生徒会の人達に次々に挨拶され、もう今日やるべき事はほぼほぼ終わって撤収する時間であることに気付いた。
 会長には休むよう命じられていたけれど、それはあくまでスーパーノヴァが始まるまでのフリーの時間帯の話だ。つまり、本番直前の最終確認や、本番中のトラブルに対処できるよう見守ることや、終了後の後片付けに介入することは可能なのである。そう解釈した私は、頃合いを見計らって会長と伏見から離脱して、生徒会の皆に紛れ込むことに成功したのだった。

「みんな、お疲れ様。ごめんね、あまり役に立てなくて」
「何言ってるんですか、逆に大助かりでしたよ」
「気を遣ってくれてありがとう。あ、あと差し入れのスポーツドリンクとお弁当、あっちのクーラーボックスにまとめて置いてるから、各自持って帰ってね」
「至れり尽くせりじゃないですか! いつもありがとうございます、遠矢さん」

 生徒会の皆には気を遣って貰ってばっかりだ。感謝の言葉をそのまま素直に受け容れることが出来れば良いのだけれど、あくまで会長の目があるから無理に優しく接しているんだろうか、なんてふと思ったりもして、それならかえって辛く当たられる方が気が楽かも、なんて自虐的なことを考えてしまうくらいだった。
 それ位、全ては順調に上手くいっていた。プロデュース業も、学院生活も。そう思い込んでいた。





 早々に撤収して会場の外に出ると、当然だけれど外はもう真っ暗で、遊園地を後にするカップルの姿が何組か目に入った。家族連れはとうに帰路についているだろう。やっと落ち着いて気が抜けたせいだろうか、少しだけ漂う夜風が心地良いと思えた。もうすぐで夏が訪れるけれど、今の時期は夜だとまだ若干肌寒さを感じる。と言っても、上着が必要なほどではなく、夏はもうすぐ傍まで迫っていることを実感した。

「樹里さん」

 つい、びくっと肩を震わせてしまった。
 その声の主が誰なのか。散々聞き慣れたその声は、顔を見なくても誰なのか分かる。しかも今日は結構長い時間一緒にいた相手だ。尤も、本当はもっと長い時間一緒にいる筈だったから、あまり合わせる顔がないのだけれど。

「やはり、随分とお疲れみたいですね」
「ひっ」

 私が何も答えずにいると、彼は間髪入れずに私の頬に何かを押し当ててきた。突然の刺激に変な声を出してしまったけれど、無理もない。彼はすぐにそれを私の頬から離せば、何事もなかったかのように差し出してきた。缶の紅茶だ。それも冷たい。

「本当は温かい紅茶にしたかったのですが、生憎冷たいものしかなく……」
「まあ、もう夏だしね。温かいのは珈琲ぐらいしか無いんじゃない?」

 顔を上げると、肩を竦めて困ったように笑う彼がいた。その表情は、温かい紅茶を用意出来なかったことに対してなのか、それとも私の驚き方が大袈裟だったからなのか。その真意は分からないけれど、とりあえず今ので一気に目が覚めたし、疲れも吹き飛んだ気がした。

「差し入れありがと、伏見。ちょうど喉乾いてたんだ」

 そう言って笑顔を作ってみせると、彼はいつもと変わらない笑みを浮かべていた。
 その表情を見て、少し安心した。無理に抜け出して勝手に生徒会の手伝いなんかしたりして、てっきり怒られると思っていたからだ。……もしかしたら、この後お説教が待っているかもしれないけれど。



 遊園地のアトラクションは、まだ明かりはついているものもあるけれど、大半は一日の役目を終えて停止している。こんな時間に夜の遊園地を歩く経験なんてなかったから、なんだか不思議な気持ちだ。
 テーブルと椅子のある簡易的な休憩所まで行って腰を下ろし一息吐けば、私は彼から貰った缶のプルタブを開けて、一気飲みした。喧噪は少し聞こえるものの、日中の賑やかさとは相反して静かなせいか、ごくごくと飲み干す私の喉の音が彼にも聞こえていたらしい。飲み切って、ふう、とまた一息吐いた私を、向かいに座る彼は一瞥すればくすりと笑ってみせた。

「伏見、今私の事女らしさの欠片もないって思ったでしょ」
「いえいえ。というか、そこまで喉が渇いていたならスポーツドリンクにすれば良かったですね。申し訳ありません、気が利かず……」
「ううん。好きなものの方が疲れも取れそうな気がするし」
「そこまで紅茶がお好きなら、無理に弓道部に引き入れず、紅茶部に入部された方が良かったかもしれませんね」

 少し引っかかる言い方で、私はふと彼の顔を見遣った。別に嫌味だとか悪い感情は無さそうだけれど、眉を下げて少し困ったように微笑んでいて、そういえばさっきもこんな表情をしていたな、と気付いた。きっと彼こそ私以上に疲れているんじゃないだろうか。桃李くんと離れて、ずっと会長と一緒だったわけだし。気疲れしないわけがない。

「会長とずっと一緒だとやっぱり気疲れしちゃうから、紅茶部の方が良かったとは思わないけど……あ、いや、会長が嫌ってわけじゃなくて! 心から尊敬してるし、私なんかを気に掛けてくれて本当に有難いことだと思ってる。思ってるんだけど」
「分かってますよ、樹里さん」

 うっかり失言をしてしまって、必死に弁解する私を見て、彼は優しい笑みを浮かべた。少し元気を取り戻したらしい。

「ていうかさ、伏見の方が疲れてるでしょ。早く帰った方がいいんじゃない? 桃李くんも待ってるし」
「ええ、このあと迎えが来る予定です」
「そっか、良かった。……そういえば、会長は?」
「流星隊の皆さまを車でお送りされるそうです。あんずさんも一緒だそうですよ」

 ――『あんず』さん。
 その呼び方を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
 彼は別におかしいことなんて、何一つ言っていないのに。



「――さん、樹里さん」

 はっとして顔を上げると、彼はいつの間にか私の隣に移動していて、きょとんとした顔で私の顔を覗き込んでいた。

「失礼しますね」

 私の許可なんて得る気もない癖に、彼は形だけそう言うと、私の額に手を当てた。ひんやりと感じたのは、夜風に当たって彼の手が冷えたからだろうか。

「熱っぽいですね。やはり相当疲労が溜まっているのではないですか?」
「別に、なんともないけど。伏見の手が冷たいだけだよ」

 そう言うと、自分の額から彼の手を払うために、彼の手の甲に触れた。このまま引き剥がす為にはその手を掴まなければならず、不可抗力でぎゅうと握ることになってしまった。
 日中、観覧車で変な事を口走ってしまったせいか、妙に意識してしまって胸の鼓動が早くなる。明らかに同性とは異なる骨張った甲に触れ、尚更、相手が異性であるということを今更になって意識してしまう。

「申し訳ありません。やはり触られるのは嫌でしたよね」

 彼は苦笑混じりにそう言えば、私から手を離そうとした。けれど、私が握ったままでいるせいで上手く動かせず、今度は不思議そうに私を見遣った。距離だけで言えば、観覧車に乗っていた時と同じくらい、近い。けれど、あの時よりはだいぶ平常心を保つことは出来ている。その筈だった。なのに、今日の私は本当にどうかしている。

「ううん、嫌じゃない」

 私は一体どんな顔して言ったんだろうか。彼の口許から笑みが消えた。何も言わず、ただ、私と視線を合わせている。
 アメジストの双眸が私を真っ直ぐと見つめる。穏やかで、優しく、でも迷いのない瞳。右側にだけある泣きぼくろ。そういえばあったな、なんて今頃になって気付いたけれど――ううん、違う。初めて彼に会った時も、同じような事を思ったんだった。

 夜の世界を淡く彩る、アトラクションの色とりどりの光が、私たちをも少しだけ照らしている。そんな幻想的な雰囲気が、私を不思議な気持ちにさせるのだろうか。開放的で、積極的な、いつもとは違う、素直な私に。

「ねえ、伏見」

 私は彼の手を一度放した後、今度は優しく手を取って、言った。

「これからちょっとだけ、私とデートしてよ」





 別に本当にしたくて言ったわけじゃない。ただの冗談だ。大体、朝からずっと歩き回ってお互いに疲れている上、これから彼には迎えが来るのだ。どう考えてもデートなんて出来るわけがない事は、彼ならば初めから分かっている。そう思っていたのだけれど。

「あの、樹里さん」

 彼の手を取って、夜の遊園地をゆっくりと歩いていく私を、流石に訝しく思ったらしい。彼は私の手を解くこともなく付いて来てくれているけれど、困惑しているのが見て取れた。

「お気持ちは嬉しいのですけれど、流石に急過ぎではないですか?」
「うん」
「もうすぐ迎えも来ますし、あまり長居は出来ないのです。出来れば、日を改め――」
「何言ってんの、デートなんて冗談だよ」

 笑顔を作りながらそう言って、彼へ顔を向けると、流石にいつものような穏やかな笑みを湛えてはいなかった。当然だ、彼だって疲れているのだから。好きでもない女に振り回されるなんて、災難も良いところだ。

「ほんの少しだけ、夜の散歩でもしようと思ってさ」
「何も時間が差し迫っている今する必要は無いと思うのですが」
「でも、夜の遊園地を歩く機会なんてもう二度とないでしょ?」
「そうでしょうか? 樹里さんはこれから、お友達と来る機会もあると思いますよ」
「ううん、そうじゃなくて、伏見と、私が」

 彼の足が、ぴたりと止まる。手を繋いでいるから、私も引っ張られるように歩くのを止めざるを得なくなった。

「伏見、どうしたの?」
「いえ、樹里さんが『もう二度とない』なんて言うものですから」
「そうだよ。だって、伏見はこれからもっとアイドルとして大成していくんだから。今だけ、ううん、今日この時だけだよ、こうやって二人きりでこんな所を歩けるなんて、きっと」

 別におかしな事は言っていない。アイドルが堂々と恋愛するなんて、相手が余程の子でなければ、ファン心理を考えれば許されないことだ。ましてや私はプロデューサーという立場で、アイドルを陰で支える存在でいなければならず、『手を出す』なんて以ての外だ。それは絶対に彼も分かっている。愛する主の為にこの学院に来た、彼ならば。

「……わたくしは、そうは思いません」

 分かってる筈なのに。
 彼の顔を改めて見遣ると、どこまでも真っ直ぐな瞳で、まるで私の言葉を否定するように、はっきりと口にした。

「前にも言いましたけれど、疚しい気持ちさえなければ、別に堂々と二人きりでいても――」
「じゃあその、疚しい気持ちが……あったら?」
「あるんですか?」
「どうかな、分かんない」

 どんな顔をしていいか分からなくて、とりあえずなんとか口角を上げて適当にはぐらかすと、ほんの少しだけ空気が悪くなった気がした。彼は少し苛立っている。そんな感じがした。どうしてか分からないけれど、こんな雰囲気で別れたくはないと思った。別に空気が悪くたって構わない筈なのに。

「……分かんないよ。だって、プロデューサーがアイドルの事を好きになるなんて、駄目だから」
「では、もしわたくしがアイドルでなければ、好きになっていた可能性がある、という事ですか?」

 刺々しい雰囲気が緩和された気がした。彼は純粋に疑問に思っているように見えた。本当のところは何を考えているのかなんて分からないけれど、とりあえず、怒ってはいない。
 別に彼を怒らせたところで、何がどうってわけじゃないのに。
 でも、今この時だけは、素直になりたい。そう思った。

「うん、きっとね」

 この時私はどんな表情をしていたのか、分からない。ちゃんと笑えているだろうか。
 でも、不思議なことに照れることもなく、まるでドラマのワンシーンみたいな、甘い言葉が口をついた。

「伏見がアイドルじゃなかったら、私がプロデューサーじゃなかったら、きっと私、伏見のこと……異性として、好きになってたと思う」

 恥ずかしいという気持ちもなく、何言ってるんだろう私、なんて思うこともなかった。
 やっと気付いた。これが私の本心だ。
 だって、初めて会ったあの日から、私だけが勝手に嫉妬して、勝手に腹を立てて、勝手に嫌いになって……こんな自分勝手な私に対して、例え副会長からの命令だったとしても、親身になって寄り添ってくれたのだ。時には厳しく、そして時には優しく。私がその優しさを無下にしても、なんだかんだで面倒を見てくれて。私が彼を一方的に傷付けたことに対して自己嫌悪に陥らないように、わざと自分も悪者になるように意地悪してきている事だって分かってる。分かっているのに、気付かない振りをして来ただけなんだ。

 伏見弓弦という人を、好きにならないわけがない。





「伏見? おーい、大丈夫?」

 ずっと黙り込んでいるものだから、手を繋いでいない方の手で、彼の顔の前でひらひらと掌を動かした。すると、漸く正気を取り戻したように、瞳を瞬かせた。余程私は爆弾発言をしてしまったのか。別に、普通の事だと思うのだけれど。アイドルとプロデューサーという立場上、そういう感情を抱いてはいけないという自制心が自動的に働いているけれど、それがなければ――好きになったって、おかしいことなんて何もない。

「もしかして本気にした?」
「…………」
「例え話だよ。伏見はアイドルで私はプロデューサーなんだから、そういう間違いは起こらないからさ、安心して」

 そう言ってへらへらと情けない笑みを浮かべてみたけれど、正直、凹んだ。もうちょっとドキドキする素振りをしてみたり、お世辞でも「嬉しい」とか言ってくれたっていいのに。なんてちょっと不貞腐れそうになったけれど、そもそも彼は私の事なんて何とも思っていないどころか、面倒な女だと思っているのだから、冗談でも告白まがいのことをされて嬉しいわけがない。それどころか不快に思っただろう。そう思うと、今頃になって申し訳なさと気恥ずかしさが襲って来た。

「いや、あの、伏見、ごめん」
「樹里さん」
「本当ごめん……」
「おや、どうしたんですか? 突然しおらしくなってしまいましたね」
「だって、嫌な思いさせたかなって、思って……」

 私だって反省する時はする。彼の顔もまともに見れずに俯いていると、ふいに、頭を撫でられて肩がびくりと震えてしまった。こんな事をするのは当然、今私の傍にいる彼しかいない。

「なんで撫でるの。撫でられるの嫌って前に言わなかった?」
「わたくしがアイドルではなかったとしたら、喜んで受け容れていましたか?」
「それとこれとは話が別。触られるの、あまり好きじゃないから」
「手を繋ぐのは良いのに、髪を触られるのは嫌なんですか?」
「うん」
「本当に、樹里さんは我儘ですね」

 さすがにむっとして顔を上げると、そこには目を細めて微笑を湛える彼の優しい姿があった。勝手に触られるのは嫌な筈なのに、もう、何も言えなかった。抵抗出来ないまま、大人しく撫でられるままでいた。彼の指が私の髪を梳く度に、胸が熱くなる。目が潤む。ああ、今日の私は余程疲れているんだろうか。

「樹里さん」
「……ん?」
「観覧車に乗っていた時の、質問の答えを言いますね」

 ろくに頭が働いていない私は、最早自分が何の質問をしたのかも忘れていた。どうせろくな事ではない。私が忘れている事なんだから、別に律義に答えなくていいのにと思いつつ、自分がどんな問を投げ掛けたのかを思い出す為にも、彼の言葉を黙って待った。

「もし樹里さんが、わたくしのことを異性として見てくださっているとしたら」

 胸の鼓動が一気に早くなった。私、どんな質問をしたんだっけ。思い出せない。ううん、思い出したくないんだ。答えを聞きたくないから。私が傷付くような、彼の本音を聞きたくなかったから。



「わたくしがアイドルという立場でなければ、わたくしも、樹里さんのことを好きになっていたと思います」



 彼が何を言っているのか、分からなかった。言葉はちゃんと聞こえている。けれど、その意味を脳が認識してくれない。

「ですが、アイドルという職業柄、恋愛は御法度と言われがちですから、坊ちゃまの名誉の為にもわたくしとて一応自制はしております。ですので、ご安心を」

 彼は優しい笑みを浮かべながらそう言うと、漸く私の髪を撫でるのをやめて、手を離した。もう片方の、繋いだ手はそのままだ。何故だか分からないけれど名残惜しくて、もっと撫でて欲しい、なんて言いそうになってしまったけれど、我慢した。私は一体何を考えているんだろう。異性として見ちゃいけないのに。本当はどう思っているかなんて関係ない。駄目なんだ。彼はアイドルで、私はプロデューサーなんだから。彼の言う通り、自制しないといけないのだ。

「おっと。すみません、失礼しますね」

 私の手を繋いだまま、空いた手でスマートフォンを鞄から取り出して何やら話し始めた彼を、私はただぼうっと見ていた。頭が全く働かない。最早何を会話したのかすらも定かでなく、長い夢を見ているようだった。どこまでが夢で、どこからが現実なのか。

「樹里さん」
「…………」
「従業員用の出口に迎えの車が来たようです。先に樹里さんをご自宅まで送りますので、行きましょう」
「えっ」

 彼はごく当たり前のようにさらりとそう言って、呆ける私の手を引いて、出口へ向かって歩いていく。

「いいよ、私、タクシーで帰るから」
「駄目です。樹里さん一人で帰らせるなど、坊ちゃまや会長さまに知られたら、何を言われるか分かりませんから」
「そんな、子供じゃあるまいし」
「『子供』ではなく、『女性』を夜に一人にさせるな、という意味です」
「女である前にプロデューサーだし、アイドルに送って貰うなんて……」
「プロデューサーである前に、樹里さんは女の子ですよ」

 これでは堂々巡りだ。彼には口では勝てないことは重々承知している、というか全てにおいて勝てないから、彼に従うしかないのだけれど。

 心なしか、歩く速度が遅い気がする。私の足が遅くて歩幅を合わせているのか、彼も疲れているからなのか、それとも。

「樹里さんは冗談だと言いましたけれど、なんだか本当にデートみたいですね」
「何して遊ぶでもなく、ただ話してるだけなのに?」
「ええ」

 どこか嬉しそうに、はっきりと言い切る彼の声に、つい私も嬉しくなって、そんな風に感じた事を認識するや否や、ものすごく気恥ずかしくなってしまって、彼の顔を見ることが出来なかった。
 出口に向かうにつれて徐々にアトラクションの明かりも減っていき、色とりどりに照らされた世界はだんだんと暗くなっていって、現実に引き戻された気がした。さっきのは夢なんだ。私が告白まがいのことを口にしたのも、彼がそれに応えてくれたのも、全部。そう思わないと、明日からどうやって彼と顔を合わせればいいのか、分からなくなってしまいそうだった。

2018/10/31


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