Secret Emotions



 我が校ではユニット同士で歌やダンスを披露して競う『ドリフェス』というイベントを、校内で連日開催しているのですが、一般の方にも公開する大規模なドリフェスも、校内だけでなく校外でも今後積極的に開催していく予定です。先日急遽開催された『DDD』、毎年行われている我が校伝統の『桜フェス』に続き、次は『サーカス』を予定しています。サーカスに出演するユニットは『fine』と『2wink』です。学院最強のユニット『fine』と、新入生ながらもアクロバティックなパフォーマンスを魅せる双子のユニット『2wink』のコラボレーションを、是非お楽しみ頂ければと思います。小さいお子さまからご年配の方まで、どなたでも楽しめるイベントです。アイドルといっても、歌と踊りだけでなく曲芸もやりますよ。このイベントをきっかけに、アイドルに更に興味を持って頂けたり、夢ノ咲学院に入りたいと思う子が増えてくれるといいなと思います。――えっ、私の話ですか? はい、今年仮新設されたプロデュース科の生徒です。私ともう一人の子でプロデュース業をしています。まだ手探り状態なので、アイドル科の皆と協力しながら、ライブの企画・運営などを行っています。来年には正式にプロデュース科の生徒募集を行うと聞いているので、これから皆で様々なライブやイベントを行って、皆様の目に留まることで、アイドルだけでなく、プロデュース業にも興味を持つ子が増えて、進路のひとつに考えて頂けると嬉しいです。後輩が出来るのが今からとても楽しみです――



「って、伏見!! 教室で人のインタビューを流すな〜っ!!」

 先生が体調不良で休み、急遽自習となったある日の授業中。私がちょっと所用で席を外していた隙に、あの男はなんと、視聴覚室から持ってきたらしいスクリーンとOHPで私の映像の上映会を行っていた。
 内容は、つい先日サーカスの宣伝で地元のテレビ局のインタビューに答えたものである。簡単なインタビューに答えるだけだから、と会長命令でテレビ局に赴いたら、まさかのカメラが回っていたのだ。
 私には拒否権すら与えられないのかと思ったけれど、外部に赴くということは、すなわち夢ノ咲学院の看板を背負うということである。ここで嫌だと駄々をこねようものなら、学院の評価にダイレクトに関わってしまう。もう当たって砕けろとなんとかこなしたは良いものの、まさか後日こうして教室で公開処刑をされるとは。

 そしてその公開処刑を行った張本人は、いたく上機嫌である。

「我が校の生徒のメディア出演映像は全て保管されているとはいえ、プロデューサーの活動における映像をわざわざ見たいと申し出る人はいないでしょう。ですからこうして」
「『ですから』って、話繋がってないし! わざわざ見たいと思わないものを、どうして公開処刑する流れになるの!?」
「公開処刑だなんて、謙遜も行き過ぎると卑下になりますよ。素晴らしい受け答えではないですか。目的であるS1の宣伝だけでなく、自己紹介を交えながらプロデュース科の説明をし、来年度の学科新設に向けた宣伝もさりげなくされています。先生がたも褒めていらっしゃいましたよ」

 いや、それは分かってる。実際、先生がたには褒められたし。あの時は頭が真っ白だったけど、案外なんとかなって良かったとほっとした。だからと言って、それを今ここで流すことに何の意味があるのか。私に対する嫌がらせとしか思えない。謙遜とか卑下とかそういう問題じゃない。

「だからって本人の許可なく教室で流すことないでしょ!? 伏見の馬鹿〜!!」
「まあまあ、落ち着けって」

 衣更くんが間に入って私を宥めてきた。というか、私を宥める前にどうして伏見の暴挙を止めてくれなかったのか。

「遠矢が実際どんなことをやっているのか、俺たちも知っておくべきだと前々から思ってたんだ。俺たちが認識していないこともたくさんあるだろ? このインタビューがまさにそれだ」
「別に、私が何やってるか知らなくても、皆のアイドル活動に支障はないと思うけど」
「こらっ、樹里ちゃん! またそうやって皆と壁を作ったらダメよ!」
「な、鳴上くん」

 更に鳴上くんが話に加わって来た。この流れ、どう考えてもなあなあで終わってしまいそうだ。というか、既に私が悪いみたいな流れになっている気がするけれど。

「樹里ちゃんがアタシたちの為にどんな事をしているのか。それをちゃんと把握することで、更に信頼関係が築けるし、キャパオーバーしそうな時は協力することだって出来るわ。寧ろ弓弦ちゃんには感謝しないとね?」
「うう……」

 女神の微笑を浮かべる鳴上くんにそう言われては、折れるしかない。確かに、鳴上くんの言うことは正しい。自分ではそんなつもりはなくても、壁を作っているように見えたのであれば、少しずつその壁を自分で壊していかなければならない。

「分かった……。伏見、怒ってごめんね。でもこういう事をするなら、事前に本人に許可を取って欲しいかな」
「事前にお伺いを立てたら、樹里さん絶対反対するじゃないですか」
「へえ、私が嫌がるって分かっててやったんだ。へえ」
「まあまあ、そう不貞腐れないでくださいまし。樹里さんの頑張りを皆様が知らないままでいるのは、些か勿体ないと思いまして。差し出がましいですが、少々お節介を焼かせて頂きました」

 やっぱり、よく分からない。勿体ないって何。やっぱり適当に良いことを言いながら私の嫌がることをしているとしか思えないのだけど。





 昼休み、たまには気分転換に外で食べてみようと、購買で総菜パンのサンドイッチと紙パックの飲み物を買って、意気揚々とガーデンテラスに出たら、思いがけない人物、というか組み合わせに出くわした。

「姫宮くん、と、あんずちゃん?」

 一体どういう経緯でこんな状態なのかさっぱり分からないけれど、目の前の光景をそのまま言うと、姫宮くんはあんずちゃんの膝に座っている。正直びっくりしたけれど、まあ、姫宮くんは可愛いし……

「あっ、樹里〜!」
「樹里ちゃん、お疲れ様!」

 私の声に気付いた二人が、同じタイミングで振り向いてこちらに笑顔を向けた。微笑ましい光景に、つい私も自然と頬が弛んだ。二人が座っているテーブルに行くと、どうやら姫宮くんはあんずちゃんにカツ丼を食べさせて貰っていたみたいだ。

「樹里、どうしたの? ドン引きするような顔してるけど」
「一学年しか違わないのに、抱っこして食べさせて貰うのはちょっとどうかなあって……」
「は? ボク、いつも弓弦にこうして貰ってるけど」
「嘘……」

 正直引いてしまった。引き攣り笑いを浮かべている私の態度に、姫宮くんが非常に気を悪くしたなど、この時の私は知る由もなかった。そんな中、すかさずあんずちゃんがフォローに入る。

「桃李くん、私と交友を深める為にこうしてるだけだと思うんだ。ほら、私は樹里ちゃんと違って、云わば生徒会の敵だったようなものだし」
「『敵だった』って、言っとくけどまだボクは信用したわけじゃないからな」

 姫宮くんは口を尖らせてそう言いつつも、あんずちゃんに身を任せている。
 ふと気付いた。

 姫宮くんが私にこんな風に甘えてきたことなど、一度もない。

 それに気付いた瞬間、なんだか無性に悲しくなってしまって、挨拶も適当に、逃げるようにガーデンテラスを後にしてしまった。

 プロデューサーは誰に対しても分け隔てなく接しなければならないということは、逆にアイドルの皆も、どちらのプロデューサーに対しても分け隔てなく接するのが筋だ。だから、姫宮くんがあんずちゃんと仲良くするのもごく当たり前のことだ。それなのに、頭では分かっているはずなのに、ただただ『寂しい』という感情が心を支配していた。





「おや? 珍しいですね、樹里さんが日替わりランチではなくサンドイッチで済ませるとは」
「……」
「もしかして、外で食べようとしたんですか? 随分と暖かくなりましたし、今日はお天気も良いですしね。普通の定食をガーデンテラスに運ぶことも出来ますけれど、樹里さんのことですから、外でうっかり転んで食器を割ってしまう可能性も無きにしも非ずですし、賢明な判断かと存じます」
「……」
「樹里さん?」

 食堂に戻って一人寂しくサンドイッチを頬張る私に、いつの間にか彼が傍に来て何やら話し掛けていることには気付いている。けれど、自分でもどうしたものか、言葉を返す気力がない。不躾なことを言われているのも分かっているのに、まるで頭が働かない。

「熱……は無いですね」
「勝手に触らないで」

 さすがに額を触られては拒否の意を示すしかないので、なんとか口答えした。

「聴覚は失われていても、触覚はあるみたいですね」
「失われてないし。言っとくけど私、言うほど転んでないからね」
「おや、聞こえてたんじゃないですか」

 彼の手が私の額から離れて、とりあえずほっとした。しかしどうしてこう、放っておいて欲しい時に限って構って来るのか。いつもは姫宮くんの後を追い掛けているのに。

「伏見、あのさ、私のことはいいから姫宮くんを……」

 そう言い掛けて気が付いた。
 私の向かいに座った彼のテーブルに、二人分のお弁当が置かれていることに。

「坊ちゃまが今どこで何をされているか、樹里さんは既にご存知かと思いますけれど」
「あ」

 その口ぶりから、姫宮くんがガーデンテラスであんずちゃんと一緒に昼食を取っているのを、私と同じかそれに近いタイミングで彼も見たのだと推察出来た。

 私でさえ寂しい、というか正直ショックを受けているから、彼は尚更だろう。姫宮くんが言うには、いつも膝に乗って食事しているようだけれど、あんずちゃんがその役目を担っているのを見たら、あまり良い気分はしないかも知れない。

「そのお弁当って、伏見の分と姫宮くんの分?」
「それ以外に何があるというんですか」

 あまり良い気分はしないどころの話ではない。今の彼は、出会ってから過去最大級に機嫌が悪い。顔はいつもの作り笑顔なのか何なのか分からない表情だけど、分かる。雰囲気で。なんとなく。
 出来れば関わりたくないけれど、何故か食事を共にしている状況なので、致し方ない。

「……姫宮くんの分、私が食べてあげようか」
「結構です。これはわたくしが坊ちゃまの為に作ったものですので、坊ちゃま本人に食べて頂きます」
「だって姫宮くんが食べてたカツ丼、結構ボリュームあったよ? 無理に食べさせるのもどうかと思うけど」
「お構いなく。帰宅してから食べさせます」
「今日も帰り遅くなるんじゃないの? それだとお弁当だめになっちゃうよ。勿体ないし、食べていい?」

 引かない私に、さすがに彼も驚いたのか目を丸くしてこちらを見ている。

「……樹里さん、どうしてそこまで拘るんですか?」
「誰かの為に作ったお弁当が手付かずなのは、可哀想だよ」
「可哀想とは、誰のことですか?」
「お弁当が」
「はい?」

 話の流れだと「伏見が可哀想」と言うのが道理なのだろうけど、彼に対して下手に出るのはちょっと嫌だし、それ以前に同情されるのは向こうも余計気を悪くするような気がした。とはいえ、お弁当が可哀想と表現するのは、さすがに自分でもおかしいと気付いた。可哀想なのは伏見でもお弁当でもなく遠矢樹里の頭だと、仮にこの会話を誰かが聞いていたらそう思うだろう。

 未だぽかんとしている彼をよそに、私は桃色の可愛らしい風呂敷に包まれたほうに手を伸ばして、勝手に自分の元に引き寄せた。結びを解いて、お弁当箱の蓋を開けた瞬間、今度は私が唖然とした。

「うわっ、茶色い」
「坊ちゃまの健康を考えた上です。見映えばかり気にして栄養が偏っては本末転倒ですからね」

 確か私が彼と初めて会った時、ちょうどこの食堂で見た彼のお弁当は、もっと色のバランスが良かったと記憶している。彼のお弁当と姫宮くん専用のお弁当は中身が違うのか。

「無理して食べなくて結構ですよ。この可哀想なお弁当は、わたくしが責任を持って坊ちゃまに食べさせますので」
「無理じゃないよ。食べる」

 姫宮くんが何故、彼の作ったお弁当を放棄して食堂のカツ丼に手を出したのか、なんとなく分かった気がした。私のような一般家庭で育った子ならまだしも、お金持ちの御曹司の食べる昼食が毎日これでは、折角のランチタイムも気が滅入るというものだ。食堂のメニューは庶民的で、姫宮くんにとっては普段口にしないものだからこそ、一層興味が沸くのだろう。

 というか、このお弁当は彼が作っていたのか。朝早く起きて毎日お弁当を作る彼の気持ちを思うと複雑だけれど、とりあえず今日は私が食い意地の張った女を演じて「なんて奴だ」と思わせることで、少しでも彼の姫宮くんに対する憤りが落ち着くと良い。

「いただきまーす……ん、美味しい! お母さんが作ったって感じするけど、これ伏見が作ったんだよね? 本当に凄いなあ」
「お褒めに与り恐縮です」
「私も初日は自分で作ってみたんだけど、伏見のお弁当と比べたら恥ずかしくて作らなくなっちゃってさ。でも、やっぱり見た目より味だよね。私もお弁当作り再開しようかな。お母さんは作ってあげるって言ってくれるんだけど、あまり負担かけたくなくてさ」

 彼は黙っている。きっと食い意地の張った女だと呆れているのだろう。おまけにどうでもいい自分語りまで入ってるし。私も喋るのはやめにして、食べることに専念した。
 それにしても美味しい。とてもじゃないけど男子高校生が作ったものとは思えない。さすが執事。いや、執事と料理の腕が関係しているかは分からないけれど……とりあえず転入初日の私に言いたい。彼は完璧な人間で、比べて落ち込むこと自体が烏滸がましいので、自分は自分と割り切って、マイペースに出来ることを淡々とやれば良いだけの話なのだと。





 授業が終わって、放課後のレッスンに行こうとした矢先、突然誰かに腕を掴まれて、引き摺られるように教室の外へ出させられた。許可を取らずに強引にこういう事をしそうな生徒は限られているけれど、珍しいこともあるものだ。

「朔間くん、レッスンの時間までまだ少し時間があるけど、前倒しでやるの?」
「は? レッスンなんてやるわけないでしょ」
「えっ、待って、ええ? 今日この後Knightsのレッスンの予定だよね?」

 朔間くんは私の腕を捕獲とばかりに掴んだまま廊下を闊歩する。一応これでもスケジュール管理はしっかりしているつもりだ。しかも強豪ユニット『Knights』ともなれば尚更忘れるわけがない。自分を肯定して相手を否定したくはないけれど、「レッスンなんてやるわけない」って、もしかして、

「私、騙された?」
「人聞きの悪いこと言わないで。あんた働きづめみたいだし、表向きにはレッスンってことにして息抜きさせてあげようと思っただけ」
「えっ、嘘」
「あんたとは一度ゆっくり話したいと思ってたしね」

 正直、朔間くんのことは転入初日の出来事があるので、苦手意識があるというか、今でも身構えてしまいがちだ。ゆっくり話したいというのも、良い話ではない気がする。かと言って、意味もなく人を陥れるようなことはしないだろうし、巡り巡って最終的に私の為になる忠告などであれば、心して聞き入れることにしよう。





「着いたよ」
「あ、ここって……」

 辿り着いた先はガーデンテラスだった。お昼ぶりだ。もやもやする事があったせいか、複雑な気持ちになってしまったのが顔に出ていたらしい。朔間くんはすぐに察したのか、不満そうに呟いた。

「文句言わないでよね」
「まだ何も言ってないけど」
「まさかそうやって生徒会でもま〜くんに気を遣わせてないよねえ……?」
「ひっ」

 赤い双眸がぎらりと光って、つい仰け反ってしまった。そもそも私は正式な生徒会役員ではないから、そこまで頻繁に出入りしているわけではないし、したがって衣更くんとも、世間話はしてもそこまで親しい仲ではないので、どうか安心して欲しい。

「お待たせしました、凛月先輩……! と、わわっ、遠矢先輩! すみません、ぼくお邪魔しちゃいました!」
「あっ、紫之くん! 全っ然邪魔じゃないから!」

 息を切らしながら走って来た、天使のような下級生の登場に、救われたような気がしてほっとしたのも束の間、紫之くんは私たちの姿を見るなり踵を返して去ろうとしてしまった。引き留めようと声を掛けたら、朔間くんが私から手を離して紫之くんに向かって行き、そして逃がさないとばかりに抱き締めた。

「ひえっ、凛月先輩やめてください〜!」
「は〜くんが逃げようとするからだよ」

 まるで獲物を掴まえた猫と、抵抗する力のない兎のようだ。弱肉強食……というよりただじゃれ合ってるだけみたいだ。ただ、紫之くんが若干泣きそうになっているので、ここは助けた方がいい。

「あのさ朔間くん。話がないなら帰るけど」
「あんた、自分が構って貰えなくて嫉妬してるんだ」
「いや、断じてそれはない」
「凛月先輩、離してください〜! ぼくも男なので、遠矢先輩にこんな情けない姿を見られるのは恥ずかしいです〜」

 可愛い。ちょっと癒されてしまった。って、こんな事考えたら駄目だって。プロデューサーなんだから。冷静になれ、私。

「確かに話が進まないし……今日の部活はエッちゃんがいないから独り占めし放題だと思ったけど、仕方ないか。ねえ、は〜くん。お客さまに紅茶を淹れてあげて」
「あっ、はい! 用意してきますねっ!」

 朔間くんがそう言って解放すると、紫之くんはほっとする間もなく、お茶の準備に一旦この場を後にした。走る仕草から全てが可愛い。けど、お茶を飲みに来るつもりはなかったから、なんだか申し訳ない。朔間くんがテラスの椅子に腰を下ろしたので、私もそれに倣って同じテーブルの席に座った。

「は〜くんの淹れる紅茶は絶品なんだよ」
「ああ、なんか想像できる……ていうかエッちゃんって誰?」
「生徒会長」

 たぶん、今紅茶を飲んでたら吹き出したに違いない。つい笑ってしまったけど、朔間くんは顔色ひとつ変えなかった。

「エッちゃんには気を付けて」
「はい?」
「あんたは随分と信頼してるみたいだけど、あまり入れ込まない方がいい」
「そういうつもりはないけど……」
「それならいいけど。心を許す相手をちゃんと見極めて」

 口角ひとつ上げない朔間くんの表情から、本心を窺うことは出来なかったけれど、確実に言えるのは、決して私に不利益をもたらしたいのではなく、逆に私の為を思って忠告してくれている。

「ま、あんたにはちゃんと世話を焼いてくれる人もいるし、余計なお世話か」
「え、世話を焼いてくれるって……朔間くんにとっての衣更くんみたいな人、私にはいないけど」
「うわ、あんたって薄情だねえ」
「えっ、待って!? あ、鳴上くんだ!」
「うわ〜、サイテー」
「ちょっと待って!! 考える! 考えるから……」

 世話を焼いてくれる人。誰だろう。ええと、転入初日まで記憶を遡ってみよう。いや、そんなことしなくても、答えはとっくに出ている。自分が素直になれないだけだ。

「確かに、伏見は私のことを小馬鹿にしながらも、なんだかんだで励ましてくれてる……」
「経緯はどうあれ、超絶ネガティブ思考のあんたに付き合ってやれる人なんてなかなかいないんだから、そこんとこ理解した方がいいよ」
「うう……そう言われると頷くしかない……」
「今日だって、あんたのこと『結局生徒会に媚を売ってるだけで何もしてない』とか言う連中に分からせる為に、わざわざあんたの上映会をやったんだよ」

 ああ。
 やっぱり。
 そんな風に思う人も、当然いるよね。
 いるだろうなと思ってはいたけれど、こうして直に言われると結構堪える。

「……教えてくれてありがとう」
「聞きたくなかったことかもしれないけど、あれはあんたの為だって分かって欲しいから。って、気にしてたのは俺じゃなくてナッちゃんだけど」
「ううん、本当にどうでも良かったらこうして伝えてくれなかったと思うし。ありがとう。朔間くんも、鳴上くんも」
「『エッちゃん』が誰かは分からないのに、『ナッちゃん』が誰かは分かるんだ」
「話の流れから鳴上くんだって分かるよ」

 聞けて良かった。朔間くん、私に対してかなり冷たいけれど、言っていることは間違っていないし、私が誤った道に進まないように強引に軌道修正してくれている。

「あんたの良いところは、素直に人の話を聞くところだね」
「ありがとう。朔間くんって意外と良い人だよね」
「さあ、それはどうだろ。転入初日は相当きつく当たったし。あれは俺も後々さすがに言い過ぎたと思ったけど……」
「あ、それなんだけど、朔間くんってもしかして、私の経歴知ってる?」

 朔間くんは動じることなく、こくりと頷いた。

「兄者から聞いた。あれ、顔が広いから。俺は別に知りたくもなかったけど、俺のクラスにワケありの元アイドル候補生が転入してくるって」
「やっぱり」
「かなり情報は抹消されたり隠されてたけど、調べれば意外と出てくるもんなんだよね。本当か嘘か分からない噂が色々と」
「そう」
「だから転入初日、あんたを試した。うちの学院を舐めてたり、挙句の果てに男を漁りに来たんだったら、ま〜くんに被害が及ぶ前にあんたを葬ろうと思った」
「ひえっ」
「……でも、あんたの姿を見て来て、噂は嘘だって分かった。あんたはただ、馬鹿みたいに真面目で、馬鹿正直で、ていうか、ただの馬鹿」
「ちょっとそれ酷くない!?」
「あんたいっつも『伏見の馬鹿〜!』って言ってるけど、『馬鹿って言うほうが馬鹿』を体現してるよねえ」
「ひどい……でも何も言い返せない……」

 辛辣な朔間くんの攻撃に項垂れて大きく溜息を吐いて、ふと思い出した。お茶を用意すると言っていた紫之くんは?
 顔を上げて辺りを見回すと、物陰からこっそりとこちらを見ている紫之くんの姿があった。

「紫之くん! ごめん! 気を遣って来れなかったんだよね……」
「わわ、ぼくの方こそごめんなさい……! 立ち聞きしてしまって……」

 気まずそうに、今にも泣きそうな顔をしながら、ティーセットを両手に抱えてこちらに来た紫之くんを見て、たぶんこの子になら今の話は聞かれても大丈夫だろう、そう思った。こう見えて、私の勘は当たる。根拠はないけれど。

「あの、遠矢先輩。ぼく……」
「紫之くん。今の話、ここだけの秘密ね」
「はい! そ、その、上手く言えないんですが、少なくともぼくたちRa*bitsや、ぼくの周りの人たちは、遠矢先輩のことを頼りにしています。なので、これからもよろしくお願いします……!」

 うっかり私まで泣きそうになってしまった。嬉し涙だ。

「じゃあ、俺は話も終わったし寝るから〜」
「結局寝るんだ。まあいいけど……」
「あの、遠矢先輩。会長さんに聞きました。遠矢先輩も紅茶が好きだって」
「うん、そうだよ。紫之くんの淹れた紅茶、楽しみだなあ〜」
「ええっ、そう言われるとプレッシャー感じちゃいます……」
「ふふっ」

 この学院に転入して、本当に良かった。と思うにはまだ時期尚早かもしれないけれど、でも、随分と恵まれている。まさかあいつの行動が本当に好意から来るものだったなんて。彼との接し方も、これから変えていこう。もっと素直に、私も好意を伝えられるように。

2018/05/07


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