Pulling Our Weight



 ついにDDD当日の朝が来た。実感や感慨深さはまるでないのだけれど、決して私が冷めているわけではない。忙しすぎて感傷に浸る暇なんてなかったからだ。昨日も夜遅くまで設営準備や音響、照明の確認を手伝って、生徒会の人手不足を身をもって実感した。
 今日は実際にライブの運営を手伝う。不安はないと言ったら嘘になるけれど、もうこの際どうにでもなれという気持ちの方が強かった。忙しすぎて、いちいち細かいことを気にする余裕もないのだ。




「えっと、次の会場は……あ、ここか」
 いくつもの野外ステージで、あちこちでライブが行われている。お客さまの入りも上々だ。皆が楽しんでくれれば、昨日までの私たちの努力も報われるというものだ。
 そして、私が次に関わるライブは――

「あっ、樹里だ! 俺たちのこと応援しに来てくれたんだね!」
「えっ!?」
「何も出来ないなんて言ってたけど、そんな事ないよ! こうして来てくれただけでも、充分俺たちの力になるから!」
「いや、ちょっと待って!?」

 ステージの上に立っているのは明星くんだ。マイクを使って大きな声で話し掛けてきて、観客の視線が一気に私の方に向いた。勘弁してよ、こっちは仕事で来たのであって、余計な注目なんて浴びたくないのに。

 予定表では、これから行われるのはKnightsとTrickstarの対決だ。Trickstarは正式に解散手続きが取られたわけではない。でも、氷鷹くんも衣更くんも遊木くんも、それぞれ違うユニットへ移籍になったと聞いているから、明星くんひとりでステージに立つなんて出来ない筈だ。それなのに、どうして。
 ふと、明星くんの隣に、覆面姿のメンバーがいることに気付いた。後ろに隠れていてすぐに気付けなかったけど、どうして覆面を被っているんだろう? 一応誰なのか確認しておかないと。

「ちょっと、そこの人!」
 ステージに一直線に走って行ってすぐ傍まで行けば、覆面姿の生徒を見上げて声を掛けた。
「なんで顔隠してるのか知らないけど、一体誰? 氷鷹くん? 衣更くん? 遊木くん?」
「え〜、いいじゃん樹里、そんな細かいことは気にしなくてもさ!」
「良くない! ていうか! 気安く下の名前で呼び捨てにしないでよ!」

 覆面姿の生徒の代わりに明星くんが答えて、その言い方はまるで相手を庇っているように見えた。
 顔を隠しているのは、素顔がバレたら困るからだ。考えられる可能性は、Trickstarの三人のうち誰かが移籍先のユニットから抜け出して戻ることにしたのか、それか他のユニットの誰かが助太刀に来たかだ。

「明星くんも知ってるだろうけど、ドリフェスは他のユニットの助太刀は禁止だよ。ルール違反してるなら、私は今すぐあなたを失格にしないといけない」
「え!? そんなの絶対にダメだ! 折角ここまで頑張って来たっていうのに!」

 覆面姿の生徒が、狼狽する明星くんの袖をきゅっと握った。なんだかまるで、女の子みたいな仕草だ。さすがに良心が痛むけど、こっちも仕事だ。心を鬼にしないと。


「本質を見失ってはならんぞ、嬢ちゃん」

 突然肩を叩かれて、思わず身体を震わせてしまった。全く気配がなかったものだから、心臓が飛び出るかと思った。恐る恐る声の主を見遣れば、そこには同じクラスの男子と良く似た雰囲気の、色白の肌に紅色の双眸を光らせた、どことなく浮世離れした人が佇んでいる。
『三奇人』のひとり、朔間零だ。

「朔間先輩」
「こうして会うのは初めてじゃのう、日々樹くんとこの妖精さん」
「は、はい?」
「ルールの順守も大事じゃが、おぬしが今一番気にしなければならぬことは何かの?」

 朔間先輩はそう言って、視線を私から周囲へと移した。辺りを見回す先輩を見て、何を言いたいのかすぐに悟った。馬鹿だ、私は。朔間先輩の言う通り、一番大切なことを無視していた。

「申し訳ありません、朔間先輩。今ここにいるお客さまに楽しんで頂くことが、最優先です」

 私も同じように周囲を見回して、心から反省した。私と明星くんのやりとりを聞いて、観客がざわざわしている。当たり前だ、失格だ何だと口にしてしまったのだから。よりによって、お客さまの前で。勿論ルールの順守だって大事だけど、何かやらかした時の責任追及は後でいくらでも出来る。

「うむ、理解が早くて何よりじゃ。おぬしは決して生徒会の操り人形などではない。やはり日々樹くんの目に狂いはなかったようじゃの」

 一体私が私の与り知らないところで何を言われているのか知らないけれど、とりあえず朔間先輩のお陰で目が覚めた。仮とはいえ生徒会の一員、そしてこのDDDという大舞台の運営を手伝うのだから、私の行動でこの夢ノ咲学院の評判も左右されると言っても過言ではない。私の行動が絶賛されるのではなく、逆だ。何かへまをしたら更にこの学院の評判を下げてしまうのだ。それだけは避けなくては。

「明星くん! と、そこにいる誰だか知らないけど!」

 再びステージに向き直って、叫んだ。

「どういう経緯か知らないけど、後でじっくり話を聞かせて貰うから! 今はお客さまを楽しませるために、最高のパフォーマンスをすることだけを考えて!」
「樹里…!!」

 明星くんの顔色が一気に明るくなって、隣にいる覆面姿の生徒もほっと息を撫で下ろしている。なんだか、本当に仕草が女の子みたいに見える。まさか……とは思うけど、今は余計なことを考えてはいけない。アイドルはお客さまに夢を見させることが第一で、私はそのお手伝いに徹するのだから。自分の役割を忘れてはいけない。


「あらあら、樹里ちゃんじゃない!」

 聞き慣れた声が耳に入り視線を移すと、そこには今ステージに来たばかりの鳴上くん、朔間くん、朱桜くんがいた。やっぱりこうしてユニット衣装の姿を舞台で見ると、オーラがまるで違う。明星くんも輝くものを持っているけれど、彼らは……言葉で説明するのは難しいけれど、場慣れしているというか、絶対に素晴らしいパフォーマンスを見せてくれるという自信を感じるのだ。

 私は鳴上くんに笑顔で手を振れば、舞台上の三人に声を掛けた。

「みんな、頑張ってね!」
「ええ! 樹里ちゃんの応援があれば緒戦は楽勝ね」
「ナッちゃん、そいつさっきTrickstarのことも応援してたけど」

 満面の笑みでガッツポーズをしてみせた鳴上くんの横で、朔間くんが気だるげに欠伸をしながら突っ込みを入れる。更にその横で、Knights唯一の一年生、朱桜くんが至って冷静に反論を始めた。

「凛月先輩。遠矢先輩はプロデュース科なのですから、平等にSupportするのは普通のことだと思いますが」
「へえ、ス〜ちゃんそいつの肩持つんだ」
「ええっ、何故そんな解釈になるのですか!? 寧ろ凛月先輩が遠矢先輩に厳しすぎなのでは……」
「はいはい、そこまで! もう、観客の前で仲間割れみたいな態度取ってどうするのよ〜」

 鳴上くんが会話をリセットしてくれたお陰で、なんとかドリフェスが始められそうだ。


 ……と思いきや、ここに来て大問題が発生してしまった。
 TrickstarとKnights、そして私の傍にいる朔間先輩。彼らの会話から、なんと遊木くんがKnightsの瀬名先輩に監禁されていることが発覚したのだ。
 監禁って、それ犯罪じゃないの!? 勘弁してよ、よりによって一般客を大勢呼び込んだこの大舞台で、そんなトラブルが発生しているなんて。正直言ってDDDのルール違反より余程問題じゃないか。

 そんなわけで、明星くんと一緒にいる覆面姿の生徒が果たして他ユニットの助太刀なのか否か、追究する機会を完全に失ってしまった。
 ここで強引に舞台に上がってあの覆面を剥いでいたら、間違いなくDDDの勝利者は変わっていた。尤も、そうすることが果たして本当に正しいのかどうかは、全てが終わった後でも答えは出なかったのだけれど。


 最初に監禁の可能性を口にしたのは朔間先輩で、それに乗って情報を提供したのは弟の朔間くんだった。黙っていれば良かったものの、何故朔間くんは自分たちのユニットの首を絞めるような行為をしたのか。
 答えは簡単だ。不戦勝を狙っているのだ。
 彼らの情報を聞いた明星くんは、遊木くんを助けにこの場を後にした。舞台に立つTrickstarのメンバーは、覆面の謎の生徒ひとり。原則、ひとりではユニットと見做されずドリフェスは失格になる。

「ほら、運営係。ぼけっとしてないで仕事してよね」
「え、ええっと……」

 朔間くんに促されたけれど、私の仕事はドリフェスの運営だ。つまり、今出来る仕事は『Trickstarを失格させる』ことだ。

「ま、待って! 明星くんが戻ってくるまで、もう少し待って貰っていい?」
「情でも移った? この世界はそんなに甘くないって、あんたなら痛いほど分かってると思うけど」

 やけに手厳しい朔間くんの言葉。転入初日の出来事といい、その引っ掛かる口ぶりは、まるで過去の私を知っているかのようだった。いや、まさか、そんな事は。でも、そう仮定すれば朔間くんが私に対してやけに当たりが強いのも納得出来る。

 私は、嫌なことから逃げるために夢を諦めたのだから。



「ちょっと待った!!」

 会場に突然響いたひとりの男の子の声。
 その声の主は、いま舞台上にいる誰でもない。

「衣更くん!?」

 衣更くんは息を切らしながら走って来て、すぐ傍に来た瞬間、私の両肩を掴んで、満面の笑みを浮かべながら言い放った。

「遠矢! ちょうど良かった! 俺、Trickstarに戻ることにした」
「ええっ!?」
「大丈夫、副会長にちゃんと許可は貰ってる。遠矢には迷惑掛けないから」

 迷惑とかそういう問題じゃなくて。
 衣更くんがTrickstarに戻って来たことよりも、副会長が許可したことの方が信じられなかった。
 戻って来たこと自体は、衣更くん自身現状に心の迷いがあることにこないだ気付いたから、不思議ではない。それこそ生徒会から離反して、Trickstarに戻る可能性がゼロではないことぐらいは分かっていた。

 でも、副会長から許可が下りたということは、離反だとか裏切りだとかそういうゴタゴタした経緯ではなくて、平和的に事が進んだということだ。
 副会長は衣更くんのことを信頼しているからこそ、自分のユニットの『紅月』に入れたのだと思っていたけれど……一体私の与り知らないところで何が起こっているんだろう。

「お願いだ、遠矢! Trickstarを失格にはしないでくれ!」

 衣更くんの声で我に返った。目の前では衣更くんが深々と頭を下げている。
 駄目だ、しっかりしないと。考え事をしている場合じゃない。このDDDを成功させる為には、余計なトラブルなどあってはならないのだ。

「失格も何も、副会長から許可取ってるなら問題ないけど」

 そう言うと、今にも土下座しそうな勢いだった衣更くんは顔を上げて、そこには満面の笑みが広がっていた。
 ――ああ、前にTrickstarの一員としてステージに立っていた時の表情と同じだ。
 きっと、こうなる運命だったのだ。副会長がどういう考えなのかは分からないけれど、もしかして、冷徹に見えて情に脆いのかもしれない。

「ほら、早くステージに上がって! これ以上お客さまを待たせるわけにはいかないから」
「ありがとう、遠矢!」

 衣更くんがステージに上がり、二人になったTrickstarにもう枷はない。あとはどちらが勝とうと、私は淡々と為すべきことをするまでだ。単純に実績を考えればKnightsが有利だけれど、紅月を破ったTrickstarは間違いなく侮れない存在だ。それどころか、もしかしたら……いや、考え過ぎだ。さすがにfineに勝つなんてことはないに決まっている。
 この時の私は、自分にそう言い聞かせていた。まるで現実から目を背けるみたいに。




 結果はTrickstarの圧勝だった。

 途中から明星くんと遊木くんが参戦して、それを追うように瀬名先輩もKnightsに合流し、4対4でようやく安心して見れるようになった。やっぱりTrickstarが2人しかいないのは、見ていてハラハラしたし。
 でも、事態は思わぬ展開へと転がった。瀬名先輩が遊木くんを監禁していたと、衣更くんが観客に向かって暴露したのだ。
 当然、会場は騒然となり、瞬く間にTrickstarは観客の関心を奪い、Knightsは悪役へと仕立てられてしまった。Knightsのメンバーが誰も否定しなかったから、監禁は事実のようだった。

 それにしても出来過ぎている展開だった。事実は小説より奇なり、まさにそれを目の当たりにした。
 勧善懲悪はいつの時代も求められる物語だ。このDDDはもしかしたら、生徒会を打ち破るTrickstarこそが『善』になるのかも知れない。

 そうなると、まるでfineは倒すべき悪役みたいなポジションじゃないか。



 居ても立っても居られなかった。Trickstarの勝利に大歓声の会場に背を向けて、私は走り出した。Trickstarの皆に名前を呼ばれたけど、構っていられなかった。「じっくり話聞くんじゃなかったの〜!?」という明星くんの声を背に、私はがむしゃらに走った。目的地まで、長い。走っている間は気にならなかったけど、着いた瞬間、息苦しさで心臓が破裂しそうになった。

 辿り着いた場所は、fineの控室だ。予定では流星隊との対決を終えているところだ。負けるとは思わないし、負けていたら今頃学院中は大騒ぎで自然と耳に入る。それについて心配はしていないけれど、この先の展開を思うと、どうしても不安になってしまう。

 トラブルを事前に防ぐためか、控室の外には生徒会の人が警備として立っていた。もう私はすっかり顔を知られているみたいで、特に警戒はされず、寧ろ大丈夫かと心配してくれた。荒い呼吸が徐々に落ち着いて来て、少しだけ冷静になって、そういえば何も考えずにここまで来てしまったことに気付いた。

「えっと、会長に会いたくて来たんだけど……何を言いたいのか全然まとまってなくて……ごめん……」

 相手はぽかんとしたけれど、「私、さっきまでTrickstarのドリフェスを見てて」と言った瞬間、全てを察したように急に顔付きが変わって、すぐに控室に入って中にいる会長に話し掛けた後、私に入るよう促してくれた。

「失礼します」

 私が控室に足を踏み入れると、生徒会の人は外に出て静かに扉を閉めた。本当に徹底している。密室に閉じ込められたような閉塞感を覚えて、無意識に呼吸が浅くなる。

「いらっしゃい、樹里ちゃん」

 椅子に腰掛ける会長と、彼を取り巻くように他メンバーが立っている。皆ユニット専用の衣装を身に纏っているけれど、唯一、氷鷹くんだけは制服姿で少し離れたところから様子を窺っていた。こちらへ向ける瞳は見開かれていて、少し驚いているように見える。

「走って来たようだけど、僕たちの勝利をお祝いしに来てくれたのかな?」
「あ、えっと、は、はい」
「嘘はいけないよ。真面目な君がドリフェスの運営を途中で放ってここに来るなんて、余程のことがない限り有り得ないからね」
「うっ……」

 耳が痛い。そう、会長の言う通りだ。進行だけでなく、お客さまを見送るまでがセットだ。それを私は、大歓声のなか背を向けて考えなしにここに来てしまった。

「申し訳ありません、すぐに戻ります!」
「大丈夫だよ。不慮の事態に備えて、樹里ちゃんがいなくなって場が混乱するようなら、代わりに生徒会か教師が対応するように連携は取れているから」

 最悪だ。こうなることを会長は見越していて、私は試されていたんだ。ちゃんと仕事をこなせるどうかって。早速失敗してしまった。
 とにかく謝らないと。皆の顔を直視することも出来ず、私は深々と頭を下げた。

「本当に申し訳ありません……」
「会長さま。お言葉ですが、樹里さんが運営を放棄したところで混乱が発生するとは考えにくいのですが」

 まさかこの状況で彼が会長に口答えするなんて。一体何なんだ……と訝しく思いつつ、恐る恐る顔を上げた。彼は至って淡々としていて、その横で姫宮くんは、憧れの会長に口答えする従者に対して苛立ちの表情を見せていた。

「Trickstarには生徒会の正式な役員の衣更さまがおりますし、Knightsも新入生徒は朱桜さまのみで、他の御三方は非常に手慣れていると見受けられます。どちらが勝利しようと、運営のサポートなしでファンサービス等もあっさりこなしてしまうのではないですか?」
「ふふっ、見事な指摘だね、弓弦」
「全く。あまり樹里さんを苛めないでくださいまし」
「おや、弓弦がそれを言うのかい?」

 会長は実に楽しそうだ。もしかして私、からかわれてた? どっと疲れが押し寄せて来そうになったけれど、姫宮くんの不満そうな声がしてすぐに背筋が伸びた。

「おい奴隷、いちいち会長に突っ掛かるな!」

 奴隷ではありません、と呟く彼のお決まりの返答を無視して、姫宮くんはつかつかと私に歩み寄れば、いつもの愛らしい笑顔とはまた違った真剣な表情で見つめてきた。

「それで、用は何? ボクたちはともかく、会長は疲れてるんだから早くしてよね」

 姫宮くんは少し苛立っているみたいだ。従者が口答えしたことが原因ではない気がする。流星隊とのドリフェスで何かあったのだろうか。会長が疲れている、というのも気懸かりだ。

「樹里!」
「は、はいっ」
「おまえはさっきまでTrickstarのドリフェスを見てたんだから、その事だよね? まさか、ボクたちが負けるかも知れないと思って来たなんて言わないよね?」

 ……図星だ。なんて答えればいいんだろう。
 いや、冷静になれ。あのドリフェスは不自然だった。覆面で出て来た謎のメンバー。最終的にTrickstarは四人でステージに立った。明星くん、衣更くん、遊木くん、謎の生徒。
 明らかに助っ人だ。だって、氷鷹くんは今、fineと共に目の前にいるのだから。
 私が走っている間に彼も覆面を捨てて急いでここに来た? それにしては、汗一つかいていないし、やっぱりこの考えは強引だ。
 だとしたら、一体誰が――

「樹里の馬鹿! おまえなんて奴隷から庶民へ格下げだ〜!」
「え、ええっ!?」

 ぽかぽかと肩を叩かれて困惑してしまった。姫宮くんは怒っているというより、少し泣きそうになっている。
 しまった、私が姫宮くんの言葉を否定しなかったからだ。

「あの、違うから! そうじゃなくて!」
「いいよ、樹里ちゃん。僕たちが負けるかどうかは置いといて、Trickstarのパフォーマンスに危機感を覚えて、知らせに来てくれたんだよね」

 会長のフォローに救われたものの、その瞳は決して笑っていなくて、まるで私の胸を貫くように鋭く、冷たい。口答えなんて、出来なかった。弱々しくこくりと頷く私を見て、会長はいつもの穏やかな笑みに戻った。

「Trickstarはどうだった?」
「観客全員を味方に付ける術に長けていて、完全に圧勝でした。Knightsが不利になる状況だったので、致し方ない部分もありますが」
「ああ、瀬名くんは結局失敗しちゃったのか」
「は?」
「ううん、こっちの話。それで、感想はそれだけかい?」
「あの……上手く表現出来ないのですが、何というか、波に乗っている気がするんです。誰もが魅了されて、何もかもが上手くいって、どんなシナリオも覆してしまうような……」

 自分でも何を言っているんだろうって、口にしながら思ってしまったけれど、私が感じたのは口にした通りだ。どんな妨害も跳ね除けて、ステージ上で輝く彼らは、まさに無敵だった。番狂わせを起こしてしまいそうな……それこそ、以前の紅月とのドリフェスの時のように。

「おい樹里、いい加減にしろ! ボクらを妨害しに来たのか! やっぱりおまえ、あいつらに絆されたんじゃないか〜!!」

 今度は本気で怒っている。姫宮くんは怒りのあまり顔を赤くして、今にも殴り掛からんと腕を振り被った。頭が真っ白になった。けれど、彼の従者がそれを見過ごすわけがない。

「坊ちゃま。冷静になってください。樹里さんはあくまで忠告をしに来たのです。決して驕ることなかれ、と」

 姫宮くんの腕を掴んで制止させると、彼はこちらを見てにこりと微笑んでみせた。
 初めは何を考えているのか分からない作り笑顔みたいで警戒していたけど、見慣れた今となっては、むしろ落ち着くくらいだ。この状況下だから、今だけそう錯覚しているのかもしれないけれど。

「樹里さん。ご忠告、感謝します。これまでに様々な経験をされた貴女だからこそ、今こうして俯瞰して見えてくるものもあるのでしょう、きっと」

 よく分からないけれど、褒め言葉と受け取っていいんだろうか。様々な経験って、ここに来てから何も出来てないんだけど。やっぱり嫌味なのかな。

「ふん、忠告なんてされる筋合いないからな」

 姫宮くんは彼の手を思い切り振り払って解くと、訝し気な視線を私に向けてきた。たぶん、これは試されている。生徒会への忠誠心を。挽回のチャンスは今しかない。

「変なこと言ってごめんね。でも、私、どうしてもfineに勝って欲しいから」

 そう言った瞬間、姫宮くんの顔が一気に明るくなった。
 私のこの発言は媚びているだけなのかもしれない。でも、彼らのお陰でわたしはなんとか腐らずに済んだのだ。恩を仇で返すなんてしたくない。

「特別扱いは駄目だって分かってる。でも、ひとりぼっちでどうしていいか分からなかった時に、私を受け入れてくれたのは、姫宮くん、日々樹先輩、伏見……その縁があって、会長が生徒会に携わることを勧めてくれて。それから、少しずつ色んなことが上手くいってる。皆のお陰で。だから、やっぱり私、fineに勝ってもらいたい」

 私の言葉に、姫宮くんと会長は笑顔を見せたけれど、意外にも彼は表情を曇らせた。どうしてだろう、と思った瞬間、私の心を見抜いたかのように日々樹先輩が横槍を入れた。

「例えそれが、誰かが全て仕組んだことでも、ですか?」



「おまっ、ロン毛! 余計なこと言うな!」
「おや、姫君。私はただの例え話をしただけですよ?」
「折角いい雰囲気だったのにぶち壊すな〜!」
「多少はスパイスがないと陳腐な劇になってしまいますからねぇ〜」

 何やら姫宮くんと日々樹先輩が言い争いを始めたけれど、先輩が言いたいことは分かっている。全部副会長が仕組んだことだって。それでも私は、本心で言ったつもりだ。

「じゃあ、戻ります。運営の手伝いに戻らないと、また皆に迷惑掛けちゃいますし」
「樹里ちゃん」

 退散しようと背を向けたら、会長が声を掛けてきた。振り返ったら、どこか申し訳なさそうな笑みがそこにあった。完全無欠の会長もこんな表情をするんだ。少し意外だ。

「ありがとう」

 その言葉は何に対してなのか。私がここに来たことに対してなのか、私が全てを知った上で受け容れたことに対してなのか。なんだか、後者な気がする。確証はないけれど。


 fineに勝って欲しい。それは事実だけれど、控室を後にして暫くしても、どうしても不安が拭えなかった。
 気懸かりなのは氷鷹くんだ。このDDDという舞台において、Trickstarが正義であるならば、氷鷹くんはfineを抜け出しTrickstarへ戻ることになるだろう。その先の展開は……考えたくなかった。こうやって思考停止する時点で、きっともう、どうしようもなかったのだ。

2017/12/28


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