私は誰にでも言う



 帝都ガレマルドより遥か東方、オサード小大陸にある属州ドマ。代理総督ヨツユとの面会を目的に、ルクスは部下を引き連れてドマへと向かった。
 アサヒに多くは語らなかったが、ルクスとて決して綺麗事しか頭にないわけではなかった。
 仲間たちがドマへの異動を勧めたのは事実ではあるが、左遷は建前である。ルクスの真の目的は、ドマにいるであろう反乱軍、そして彼らと『暁の血盟』が繋がっていないか調査し、制圧するというものであった。



 属州アラミゴについては、主にフォルドラ率いる髑髏連帯が前線に立ち、ルクスのかつての仲間たちは『超越技術研究所』へ配属となった。ルクス自身、ゼノスと共に居る事は苦ではなく、周囲の蔑む視線もさして気に留める事ではなかった。
 だが、ルクスにはひとつの懸念があった。
 ゼノスは『暁の血盟』を皆殺しにはせず、一時的に戦闘不能状態にしただけであった。彼にとって、かの英雄は獲物には相応しくなかったのだろう。
 ルクスは納得いかなかったが、相手は軍団長、ましてや皇太子である。楯突くわけにはいかなかったが、ゼノスとて彼女の胸中――苛立ちは見抜いていた。

「そんなに腹を立てているのなら、あの獲物は貴様にくれてやろうぞ」

 ある日ゼノスにあっさりそんな事を言われ、ルクスは呆然としてしまった。なにせこちらからは決して侵攻してはならぬという皇帝陛下の指示があるだけに、己が個人的にあの蛮族の英雄を追い掛け、ガイウスの敵を討ちにいくなど、命令違反も良いところである。
 だが、以前ゼノスが言ったように、相手を己たちの箱庭におびき寄せるのなら。
 合法的に戦う事が可能となる。

「……ゼノス様。実は、ラールガーズリーチでの一戦以降、危惧している事があるのです」

 ルクスは決して希望的観測で言うのではない。情報収集は事欠かさず、特に属州についてはこのアラミゴ以外――ドマについてもある程度の情勢は把握していた。

「アラミゴと同様、ドマにも反乱軍が潜んでいると思われます。『暁の血盟』が彼らと手を組もうものなら、我々が援軍に向かう前に全滅する恐れも――」
「まるで『そうなる』事を望んでいるような言い方だな……?」
「い、いえ! そのような事は……」

 慌てふためくルクスであったが、ゼノスはあっさりとルクスに命令を下した。

「では、獲物に飢えている貴様に任務を与えよう。ドマの視察に向かい、反乱軍と『暁の血盟』が潜んでいれば始末せよ」
「はっ! ありがとうございます……!」
「だが、仮に反乱軍を見つけられなかった場合、ルクス、貴様は無駄足を運んだ上に、何の成果も出せなかった事になるが……」
「う……」

 つまり、実際ドマに行ったところで何もなければ、ルクスの『失態』という事になる。だからこそ、「そうなる事を望んでいる」とゼノスも捉えたのだろう。ルクスはこの申し出は時期尚早だったか、実際に反乱が起こってから制圧に向かっても間に合うのではないか、等と思考を巡らせていたが、ゼノスは思いもしなかった事を口にした。

「そうならない為に、極秘任務を与えよう」
「極秘……?」
「現代理総督が無能だと判断すれば、始末せよ」

 ルクスは肯定も否定も出来ず、呆けたように口を半開きにしてただただゼノスを見つめていたが、当のゼノスはお前に拒否する権利はないとでも言いたげに、それ以上何も言わなかった。
 かくして、誰にも言えない任務が始まってしまったのだった。代理総督ヨツユを手に掛ける事態にならないよう、いっそ反乱が起こってくれれば良いのに――ルクスは戦闘狂ではないはずだが、そんな事を密かに願ってしまった。





 長い空路であったが、飛空艇は無事ドマ城へと着陸した。かつて援軍として戦った地を再び訪れる事に、ルクスは不思議な感覚を覚えつつ、出迎えに来たドマ駐在の兵士に案内されて城内へと歩を進めた。
 そして、辿り着いた玉座にて。

 玉座から立ち上がり、来訪者を品定めするように見つめる、ドマの着物を身に纏う黒髪の女性。
 ヨツユ・ゴー・ブルトゥス――属州ドマの代理総督であり、帝国のスパイとして生きて来た女である。

「御目通りの許可をくださり、誠にありがとうございます。我々は第XII軍団――」

 部下を背後に立たせ、ヨツユに向かい敬礼をして名乗ろうとするルクスであったが、相手の言葉によって続きは遮られた。

「『役立たずの首を取って来い』とでも言われたのかい?」

 その言葉に、ルクスは己の胸中が顔に出ていないか咄嗟に心配するほど、内心動揺した。
 ヨツユは顔色ひとつ変えず、緩慢な足取りで歩を進め、ルクスの前で立ち止まる。
 馬鹿だと思われるかも知れないが、ルクスはヨツユの眼差しを見た瞬間、本当に生きているのかと一瞬疑ってしまった。それほど彼女の双眸は、恐ろしく深く黒い色をしていたのだ。人種による特徴を言っているのではなく、一体どれだけの修羅を潜って来たら、こんなに恐ろしい眼差しが出来るのか――彼女の事を何も知らないのに、そう感じてしまうほど、ルクスは本能でこの女性を「恐ろしい」と感じていた。
 だが、誤解があってはならない。決してルクスは彼女と争いに来たわけではないのだ。ヨツユを始末するのは、ルクスが彼女を『無能』と判断した場合である。それもルクスが何の成果も挙げられなかった際の云わば保険であり、反乱軍が実在し、それを制圧すれば何も問題はない。寧ろその為に来たのだから。

「御冗談を。我々は反乱軍の制圧に来たのです」
「反乱軍? そんな話は聞いちゃいないねぇ……」
「アラミゴで反勢力が多く潜んでいる事が判明し、先日大規模な戦闘が発生しました。ゼノス様がその場を収めましたが、恐らく他の属州も同様であろうと判断し、表向きには調査で参りました。ですが、反乱が起こる前に手を打つべきかと」

 きっぱりとそう言い切るルクスに、ヨツユは愉快そうに口角を上げた。

「……つまり、あたしだけじゃ頼りないって事だね?」
「そうではありません! 『暁の血盟』に勝てるのはゼノス様しかいないんです。ゼノス様がアラミゴの総督でいる以上、そう易々とドマに来るわけにもいきませんから」

 ルクスは肩を竦めながら説明したが、ヨツユは納得出来ず、更に質問を続ける。

「ゼノス様でしか倒せないような相手を前に、あんたは一体何が出来るって言うんだい?」
「暁の血盟には太刀打ち出来なくても、ただの反乱軍なら仕留めてみせます。暁の介入が確認でき次第ゼノス様へ報告し、状況に応じてドマに来て頂きます。その際は勿論、我々だけでなくヨツユ殿の部隊と協力体制を組み、共に成果を挙げる事が出来ればと」
「成果?」

 余計な事を言ってしまった、とルクスは後悔したが、恐らくこの人の前では誤魔化しなど一切きかないだろう。ならば、事実を述べるまでだ。そう決めて、ルクスはわざとらしく溜息を吐いて、白状するように告げた。

「個人的な事情で恐縮ですが……私は元敗残兵、本来は処刑される立場の人間です。それを偶々ゼノス様が『気まぐれ』で救ってくださり、運良く幕僚になる事が出来ました。ですが、それを快く思っていない人も多くいます」

 ルクスはその先を口にしようか迷ったが、言ったところで彼女の信頼を得られるかどうかには関係ない――そう思い直し、一呼吸置いて言葉を続けた。

「私だけではありませんが、『身体を使ってゼノス様に取り入った』と何度言われたか分かりません。そういった雑音をなくす為にも、私はなんとしても戦場で結果を出したいのです」
「それは、身体を使ってのし上がったあたしに対する嫌味かい?」

 平然とそう言ってのけるヨツユに、ルクスはすぐさま首を横に振った。娼婦を装い、帝国のスパイとして生きるという事は、肉体関係を持つ事もあるだろう。ルクスは決してヨツユの生き方を否定しているのではない。あくまで、女というだけで幹部に選ばれたのは身体を使ったからだと決め付けられたくない、ただそれだけなのだ。

「私はヨツユ殿が身体を使って代理総督になったとは思っていません。ゼノス様もさすがに、一時の快楽で決める事はないでしょう。ヨツユ殿、あなたに利用価値があると判断しての采配に違いありません」
「利用価値、ねぇ。言ってくれるじゃないか」
「取り繕ったところで、ヨツユ殿の信頼を得られるとは思えませんから。私自身も利用価値があるとゼノス様が思われたからこそ、今の地位がありますので」

 互いに微笑を湛え、見つめ合う事数秒。
 先に口を開いたのは、ヨツユであった。

「面白いじゃないか、あんたの企みに乗ってやろうかね。あんたは成り上がりたい為、あたしはドマ人を苦しめる為……利害は一致しているって事だ」
「そういう事です。我々の事はあなたの部下と同様か、ボディガードとでも思って頂ければと」

 かくして、初の対面は無事終わり、ルクスの部隊はドマへの滞在が正式に認められ、反乱軍の調査を始める事になったのだった。





「いやあ、冷や汗ものでしたよ。ルクス様と代理総督が衝突するのではないかと……」

 ドマ城を後にして、閑散とした城下町を闊歩するルクスに、部下のひとりが声を掛ける。皆を不安がらせてしまったと、ルクスは苦笑いを浮かべてしまった。

「私としても今は穏便に済ませたかったので、なんとか纏まって良かったです」
「『今は』というと……?」

 怪訝そうに首を傾げる部下に、ルクスは荒れ果てた城下町を見渡しながら呟いた。

「このままでは、ドマは再び反乱が起きます」
「えっ!?」
「民衆の不満をひしひしと感じます。このタイミングで『暁の血盟』が殴り込みにでも来たら、正直制圧できる自信がありません」
「はは、まさか……アラミゴでゼノス様が打ちのめしたのですから、奴等も暫くは大人しくしているのでは?」
「だと良いんですけど……ただ、どちらにしても反乱軍が潜んでいる可能性は非常に高い。いつ何が起きても対処出来るよう、準備しておきましょう」

 部下たちは半信半疑の様子である事が見て取れた為、ルクスは補足で説明した。

「ドマの国主カイエンは、ゼノス様がその手で殺めましたが……カイエンの子息、ヒエンが行方不明との話です。どこかに潜伏していると考えるのが自然でしょう」
「成程……奴と『暁』が手を組まれたら厄介、という事ですな」
「ええ。それに、ドマの民衆が難民としてエオルゼアに辿り着き、暁の血盟と協力関係を築いているのを、私はスパイとしてこの目で見ています。今も手を組み、ドマで反乱を起こすタイミングを待っているような気もするのです」

 あくまで仮説に過ぎないが、暁の血盟がゼノスに打ち負かされてそのまま大人しくしているとは、ルクスは思えなかった。そう易々と諦めてくれるなら、第XIV軍団は滅びていないし、イシュガルドの竜詩戦争も終結していないだろう。絶対にこのままでは終わらない、そんな根拠のない確信がルクスにはあった。無論、きな臭い情報も各地に配属させている密偵から受け取ってはいるのだが。

「それにしても……一体ヨツユ殿は一体どれほどの圧政を行っているんでしょうね」

 城下町を抜け、近場の集落へと向かったものの、ドマの民はルクスたちを見るや否や一目散に逃げるか、または地面に座って頭を地に付けて平伏すかのどちらかであった。身に纏う服はぼろぼろで、アラミゴと同じ事が起こっているか、あるいは更に酷いのではないかと、ほんの短時間で把握するのは容易かった。

「一体ゼノス様は属州をどうされたいのでしょうか? 恐怖政治を続けては、反乱を起こせと言っているようなものでは――」

 そこまで言って、ルクスは溜息を吐いた。これ以上本音を口にしては、皇族への反逆罪になりかねない。この場にいる部下たちが密告すれば、ルクスの首など一瞬で飛んでしまうだろう。
 今いるルクスの部下たちは、元第XIV軍団だけではなく、ずっと第XII軍団に配属されている者もいる。余計な事は言えないと、ルクスは首を横に振った。

「ゼノス様にも何かお考えがあっての事。ただ、圧政より民衆に寄り添い、懐柔するほうが我々も楽なのですけどね」
「楽、とは?」

 部下のひとりが訊ねると、ルクスは微笑を湛えてさらりと言ってみせた。

「簡単ですよ。帝国軍は信頼できる存在だと属州民の方々が思ってくだされば、いざ反乱軍が攻め込んで来た時に、我々と共に戦って頂けますから。属州人も同じ帝国人――そう捉え、同じ仲間として共闘した方が、戦況は遥かに有利になります」

 それはガイウスが過去にアラミゴで取った作戦であった。当時の王党に不満を持つ民衆たちをガイウスが懐柔し、帝国軍とアラミゴの民衆が手を組んで、王党を倒し、そして今に至る――。ただ、それを維持するのは難しい。ガイウスが統治していた頃でさえ、実際は属州人差別が蔓延っていたのだから。

 己の言葉など詭弁に過ぎない――ルクスは心の中で自嘲したが、部下たちはそうは思っていなかった。元々第XII軍団に所属し、ルクスたち元第XIV軍団を快く思っていなかった者も、少しずつ影響され始めていた。ルクス本人の知らない間に、彼女の帝国での立場は、真の意味で徐々に変わりつつあったのだった。

2022/10/22
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