夜咲きすみれ



 あと数日で片が付く――その主張を疑う事はしないとルクスは決めていた。だが、どうしてアサヒは頑なに多くの事を隠すのか。彼は己に「自分はそんなに信用に値しない人間か」と言い放ったが、寧ろルクスこそ口にはせずともそう思っていた。
 帝都から民衆が姿を消した事、そして彼らは何故か魔導城に向かい、声を掛けても譫言しか返さない、まるで生きた屍になっている事。それを説明したところで理解して貰えるわけがないと、アサヒが早々に諦めた気持ちは否定しない。ルクスとて逆の立場なら説明に困るのは想像に容易いからだ。
 だからといって、何もかも隠す事が正しいと言えるのか。言葉で分かって貰えないなら、共にその場へ向かって現状を目の当たりにすれば、否が応でもこの非現実を認識せざるを得なくなる。ルクスは彼にそうして欲しかったのだ。すべてを分かち合い、背負いたい。己たちにはそれが出来る筈だと思っていた。
 それとも、軍へ復帰すると勝手に連絡した事が気に食わなかったのか。ルクスとしては帝都がこんな滅茶苦茶な状態になっている時点で、戻れるうちに軍に戻った方が安全だという危機回避能力が働いての言動であった。それを強引に通信を切ってまで邪魔するのは、アサヒはまさか軍にとって後ろめたい事でもしているのか――ルクスはそこまで考えて、彼を疑うのは良くないと邪念を振り払った。

 ルクスは既に答えに辿り着いていたというのに、恋慕が邪魔をしてその答えを否定してしまった。尤も、その疑念を彼にぶつけたところで、結末が変わる事などないのだが。



「ルクスって料理も得意なんですね。まさか用意して頂けると思いませんでした」
「食材も豊富でしたので、大した事は何も……」
「いえいえ、使用人も突然いなくなってしまったので本当に助かります」

 夕食を共にしながら、アサヒ――ファダニエルは称賛の言葉をつらつらと述べたが、ルクスは力なく笑みを零すだけであった。
 ファダニエルとてこのまま彼女を騙し続けるのは不可能であると分かっていた。ルクスが余計な事さえしなければ、この『器』が望んでいたであろう退屈で幸せな日々を少しでも長く続ける事が出来たのだが、最早その必要はなくなった。
 これ以上取り繕ったところで、余計彼女の疑心を買うだけである。その場凌ぎの言葉では納得出来ていないからこそ、ルクスは浮かない顔をしているのだから。

「……ええと、ルクス。先程は本当に申し訳ありません。あなたが俺を差別する事などないと、頭では分かっているというのに、つい感情的になってしまって……」
「え!? い、いえ、別に、もう気にしていません……」
「隠そうとしても分かっていますよ。俺の行動に不信感を抱いている事くらい」

 思わずフォークを落としそうになったルクスに、ファダニエルは口角を上げて淡々と言葉を続けた。

「まず、帝都の民衆が取り憑かれたように魔導城に向かっている件ですが、あれは恐らく……いえ、確実に『暁の血盟』の仕業です」
「暁の血盟が……!?」
「彼らが魔法だけでなく『超える力』――人ならざる力を以て第XIV軍団を壊滅させ、そしてアラミゴでゼノス様を殺害寸前まで追い詰めたのは、ルクスも記憶に新しいと思います」

 ファダニエルはこの件については慎重に話を進める事とした。果たして幕僚レベルがどこまで真実を把握しているのか、この器の記憶だけでは確証が持てないからである。帝国がエオルゼア同盟軍に対抗する為に、人工的に『超える力』の研究を行っていた事、そして我らアシエンについても基礎知識は持ち合わせているようではあるが、逆に『その程度の知識しかない』と考えた方が良いとファダニエルは判断した。
 ゼノスがアラミゴにおける光の戦士との戦いで命を落とした――正しくは自決したのは、紛れもない事実である。だが、人工的な『超える力』にて、どういう運命の悪戯か、ゼノスはアシエンと同様に別の人間の肉体に憑依する力を得て、最終的にアシエン・エリディブスが憑依していた自身の肉体を取り戻す事に成功している。
 その事実をルクスが知っていれば、実はアサヒという男もとうに死んでいて、別人の魂が憑依しているという可能性に辿り着く事は出来なくもない。
 だが、数日共に過ごした結果、ルクスは完全にこの器をアサヒ本人だと思い込んでいるとファダニエルは断言出来た。自分から正体を明かさない限り、彼女が真実に辿り着く事は不可能である。
 だからこそ、極力真実を伏せて話すべきである。ファダニエルはそう判断したのだった。

「まさか『暁の血盟』が帝都の民衆を洗脳しているとでも……?」
「さすが、ルクスは全てを言わずとも察しが良いですね。そもそも、アラミゴとドマの独立も、遡ればイシュガルドがエオルゼアと同盟関係を結んだ事も、軍事介入だけでそんなに事が上手く進む筈がないと思いませんか?」
「それは……偶々各国と『暁の血盟』の利害が一致したのかと……」
「俺はそうは思いませんね」

 ファダニエルはルクスの手料理をゆっくりと堪能しながら、一呼吸置いて真剣な眼差しできっぱりと言い放った。

「『暁の血盟』が人を操る異能の力を持っていると考えれば、すべての説明が付きます。今帝都で起こっている、この不可解な現象も」
「確かに……。ですが、それが出来るなら、ギムリトでの停戦交渉の際にヴァリス帝にその能力を使っているのでは?」
「俺も彼らの能力について詳しくは分からないのですが、力を持たない民衆であれば洗脳が容易いのかも知れません」

 ルクスはいまいち腑に落ちないと思いつつも、それ以上問いを投げ掛ける事はしなかった。決して敵国の肩を持つわけではないが、『暁の血盟』が民衆を洗脳する手段を取るとはどうしても思えなかった。かといって、この奇怪な現象の原因は何なのか、憶測を立てる事すらも出来ず、ルクスはただ黙って否定も肯定もしなかった。

「それと、軍への復帰ですが……もう少し待っていただけませんか? 内戦も終わっていないのに、さすがに時期尚早です」
「はい、その事は……本当に申し訳ないと思っています」
「帝都の惨状を目の当たりにして、気が動転していたのは分かりますが……前も言いましたが、ゼノス様が不在の今、敗残兵である俺が戻ったところで反感を買うだけです」
「……そうでしょうか。我が第XII軍団は大幅に戦力を失っていますし、復帰を拒否するような余裕などないと思いますが。仮に否定的な意見があったとしても、私が責任を持って対処します」

 ルクスの言葉に、ファダニエルは思わず失笑し掛けてしまった。つい数時間前に軍の拠点へ乗り込んだ際、まさに彼女の部下がこの器への罵倒を散々述べていた事をこの耳でしかと聞いただけに、あまりにも甘過ぎると呆れざるを得なかった。
 そんな彼女の甘さ、良く言えば優しさが、この器の歪んだ愛憎を更に増長させたのだろうと察するほどに。

「……本当に、ルクスは優しいですね。世界が皆あなたのような人ばかりなら、争いなど起こらないでしょうね」

 ――五千年前のあの時も、皆が彼女のような心を持った人間であれば。
 ファダニエルは一瞬だけ、ふとそんな思いを抱いたが、馬鹿らしいとすぐに脳内から払拭した。
 一部の人間が綺麗事を宣ったところで、最早この世界はどうにもならない。人は皆争い、平和が訪れたところで退屈を貪って残酷な娯楽に興じる生き物だと、五千年前のあの時にこの身を以て痛感している。そして、アシエン・エメトセルクに拾い上げられてから始まった五千年もの長い時間を経ても、その結論に変わりはなく、世界ごと滅ぼすしかないと決めたのだから。

 ファダニエルが改めてルクスを見ると、彼女はまるで困惑するように目を逸らした。

「……ルクス? 俺、何かおかしな事を言いましたか?」
「いえ、私の優しさ……というより甘さは、軍人として相応しくないのではないかと」
「否定的に考え過ぎですよ。我々はガレマール帝国の為、そしてこの世界を蛮神から救う為に戦っている。俺たちは世界平和の為に剣を振るっているんです。優しさを忘れては、殺戮を娯楽とする蛮族と変わりません。違いますか?」
「いえ……」
「戦わずに済めばそれが一番です。戦争が終わった後、世界に必要なのはあなたのような存在ですよ、ルクス」

 微笑を湛えてきっぱりと言い放つファダニエルに、ルクスは徐々に違和感を覚え始めていた。果たしてアサヒはここまで己を褒め称えるような男であっただろうか。実はずっと好きだったと告白されたのだから、今のこの言葉が彼の本心だと解釈するのが自然であろう。だが、それでもルクスの中で一度生まれた違和感は消える事はなかった。

 ルクスの心境の変化に気付いたのか否か、ファダニエルは突然話題を変えた。

「ああ、それと。寧ろこちらが本題ですが……ゼノス様の居場所が分かりました」
「ゼノス様が!? 本当ですか……!?」
「ええ。ですので、第XII軍団への復帰より、ゼノス様との合流を優先すべきだと考えています」
「良かった……」

 ルクスは漸く安堵の表情を浮かべ、何故アサヒが軍への復帰を頑なに拒むのかを理解した。そんな大事なことをどうしてもっと早く言ってくれなかったのかと思いはしたが、もしかしたらそれこそ今日ゼノスの居場所が分かったからこそ、話すのが今になってしまったのだろうと考え直した。

「それで、ゼノス様はお体は大丈夫なのでしょうか……表舞台に出て来ないのは、何か理由があるんですよね……?」
「ご無事ですよ。身分が身分だけに、今は『隠れ家』にいらっしゃいますが……」
「隠れ家?」

 あれだけ戦う事に飢えていたゼノスが身を隠すこと自体が不自然だと、ルクスは早くも不信感を抱いてしまった。怪我をして静養している等、物理的に動けない理由があるほうが余程納得出来た。
 だが、ファダニエルとて何も考えずに言っているわけではない。ルクスの疑念を払う為、即座に問いを投げ掛けた。

「ルクスさえ良ければ、明日にでもゼノス様の元へ行きますか?」
「えっ……!? そ、そんな事が出来るのですか?」
「はい。その為に今日まで色々と準備をしていたので。内戦が終わり次第合流出来ればと考えていましたが、前倒ししたところで不都合もないでしょうし」

 信じられない、とルクスは目を見開いたが、アサヒ――ファダニエルは嘘を吐いているようには見えず、今までの違和感や不信感はこの時ばかりは拭われていた。

「アサヒ様、本当にありがとうございます……! ゼノス様とお会い出来るなんて夢のようです。何とお礼を言えば良いか……」
「当然の事をしたまでですよ。俺が軍に戻るにしても、ゼノス様がいらっしゃれば誰も文句を言えませんからね」
「私、本当に余計な事をしてしまったのですね。もう、勝手な行動は慎みます」
「構いませんよ。さて、明日からルクスも忙しくなりますからね」

 ルクスはその言葉を『軍団長ゼノスの帰還により、第XII軍団が復活する』という意味で捉え、漸く己の世界が元に戻りつつあると心の底から嬉しく思っていたが、そんな彼女をファダニエルは可笑しそうに眺めていた。なにせ、彼は逆にこの帝国そのものを崩壊させる為に動いていたのだから。





 ルクスは与えられた部屋に戻ったは良いものの、明日を迎えるのが楽しみで眠れなくなっていた。まるで子どもではないかと自嘲してしまったが、ゼノスと合流するという事は、アサヒと二人きりになれる時間が失われるという事でもあると気付き、ルクスの顔から笑みが消えた。一緒にいられなくなるわけではないが、軍に戻れば、二人の時間は更に失われるだろう。
 ふと、軍に戻れば元の関係に戻ってしまうのではないかと、ルクスは一気に不安に襲われた。元の関係とは、恋人でもなければ友人ですらない、単なる同じ軍団に所属しているだけでしかない関係である。アサヒの告白を忘れたわけではないが、帝都で再会してからの日々が夢のようで、本当に夢ではないかと錯覚するほど、ルクスにとっては実に幸福な時間で、それゆえに無意識に彼に依存しつつあった。

 ルクスは居ても立っても居られず、部屋を飛び出してアサヒの元へと走った。この先も己たちの関係は変わらないのだと、確信を得るために。



「まあ、ゼノス様に会うとなれば、やっぱり眠れないですよね……さすがに明日は急過ぎでしたね」
「いえ、そんな事は……! こんな事で眠れなくなる私が子ども過ぎるというか……」
「俺も同じですよ。いよいよ明日にはこの屋敷を捨てて、ゼノス様の元に向かうわけですから」
「捨てる……?」

 アサヒ――ファダニエルが自室として使っている部屋を訪れたルクスは、促されるままに共にベッドに腰を下ろし、隣り合わせで雑談に興じていた。だが、ファダニエルの不可解な言葉にルクスは首を傾げる。

「暁の血盟がこの帝都で何かを起こそうと企てているのは明白です。我々が再びガレマルドで平和に暮らせる日が来るとも限りませんから」
「そ、そんな……」

 ルクスはふと、己の家族の事を思ったが、もうあの人たちとは縁を切ったのだと心の中で言い聞かせた。己を厄介払いしたかった事はまだしも、アサヒの事を属州人だと差別した事は同じ家族として許せず、今後も交流出来るとは思えなかった。もうあの人たちの事は忘れよう、例えあの後『暁の血盟』に洗脳されていたとしても――そうは思いつつも、心のどこかで心配せずにはいられなかった。例え向こうが己の事を嫌っていても、ルクスにとっては魔導院卒業まで面倒を見てくれた家族である事に変わりはなく、その経歴があってこそ今の自分があるとも言えるのだから。

「ルクスもこの帝都で多くの想い出があると思いますが……いつかまた皆が平和に暮らせる日が来るよう、今は耐える時です」
「はい、本当にその通りです……駄目ですね、どうしても不安になってしまって」
「不安?」
「帝国の未来は勿論ですが、その……アサヒ様と私は、本当に恋人になれたんですよね……?」

 今にも泣きそうな表情で見つめるルクスに、ファダニエルは呆れて言葉を失い掛けたが、日中きつく言った事がまだ尾を引いているのだと思う事にした。無論、彼女が徐々にこの奇怪な状況を疑い始めていて、この綻びは早いうちに解けてしまう事も分かっている。だからこそ予定を前倒しして、明日にでもゼノスと合流――もとい、根城へ彼女を連れ去る事にしたのだから。
 とはいえ、『今』己に疑心を抱かれては面倒であると、ファダニエルは仕方なしにルクスの信頼を得るため、行動を起こす事にした。

「まさか、ルクスは俺が別れるなんて言い出すと思ってるんですか?」
「え!? ええと、そうなってしまったらどうしようと……」
「そんな訳ないじゃないですか。生きて帝都に戻って、密かに好きだった人と再会出来て、勇気を出して告白して……それを自ら放り出すなんて、有り得ません」

 真剣な眼差しで見つめ返すファダニエルに、ルクスは自分がまた彼を疑っていた事を恥じ、俯けば、徐々に双眸に涙を滲ませた。

「アサヒ様、ごめんなさい……不安になる事自体、とても失礼な事なのに……私、どうして……」
「日中、俺も感情的になってしまいましたからね。寧ろ不安な思いをさせてしまい、申し訳ありません」

 ファダニエルはルクスの目許を指でなぞって涙を拭えば、愛おしむように優しく髪を撫でてみせた。それでもルクスの表情は晴れず、適当に接するだけでは駄目だとファダニエルは面倒に思いつつも、溜息を吐きたいのを堪えながら言葉を紡いだ。

「ルクス。どうすれば俺を信じて貰えますか?」
「それは……」

 いくら口で信じていると言っても、今までの己の言動を思い返せば到底納得して貰えない。ルクスは改めて今の自分はどうかしていると困惑していた。信じて欲しいと言いたいのは寧ろルクスの方なのだが、そもそも彼はアサヒ本人ではなく、彼の肉体に憑依した異形の存在などと知る由もない以上、彼女の願いは叶わず、何をしても無駄であった。ふたりは初めから、分かり合える運命になどないのだから。
 そしてここで、ルクスは一番言ってはならない言葉を口にしてしまった。
 ルクスにとっては最悪の展開となり、ファダニエルにとっては喜ばしい言葉を。

「……アサヒ様。私にも、あなたの重荷を背負わせて欲しいのです」

 涙を浮かべながらそう訴えるルクスに、ファダニエルは目を見開いた。

「様々な事を隠しているのは分かっています。ここに帰るまでに、誰かを殺めて来たであろう事も。私は民間人ではなく軍人です、綺麗事だけでは世界は平和にならないと分かっています。ですから……どうか……」

 もうそれ以上は言わなくて良いと、ファダニエルはルクスの身体を抱き寄せ、逃がさないとばかりにきつく力を込めた。

「……良いんですか? 何も知らないままでいれば……ルクス、あなたは綺麗なままでいられるのに」
「嫌です、隠し事をされる方がずっと辛いです……! アサヒ様だけにすべてを背負わせるなんて出来ません……」

 ファダニエルはほくそ笑み、ならばお前も道連れにしてやろう――そう心の中で宣いながら、ルクスの耳元で優しく囁いた。

「ありがとうございます、では……明日、すべてを話します。俺が何をして来たのか、何を成し遂げようとしているのか、すべてを」

 ルクスはその言葉に疑念も持たず、ただただ『すべてを打ち明ける』という言葉だけを受け止めて、満足気に笑みを浮かべた。安堵からか漸く涙も止まり、このまま気を遣わせてはならないと、アサヒから離れようと身体を動かすも、彼は腕を緩めるつもりはないらしい。

「あ、あの、アサヒ様……」
「まだ話は終わっていませんよ」
「え? で、でも、すべてを話すのは明日だと……」
「それだけでは、俺を『恋人』としてはまだ信用出来ませんよね?」

 その言葉の意味が理解できず混乱するルクスに、ファダニエルは内心失笑しつつも表には出さず、腕の力を緩めて拘束を解いた。そして、ルクスの手に己の手を絡め、顔を近付ける。さすがに何をしようとしているのか、ルクスも漸く理解して一気に頬を赤らめた。

「ま、待ってください……」
「嫌ですか?」
「嫌じゃないです、けど、まるで私が強請ったみたいで――」

 今更何を呆けた事を言っているのかと苛立ちながら、ファダニエルはルクスの口許に唇を近付け、咥内へと舌を這わせた。くぐもった声と吐息がルクスから漏れ、抵抗の意思がない事を感じ取れば、ファダニエルはゆっくりと唇を離した。ルクスは荒い呼吸で、頬を紅潮させながらうっすらと涙を浮かべている。

「義姉が『ああ』でしたし、こういう事は籍を入れてから、と慎重に考えていたんですけど……かえってルクスに不安な思いをさせてしまうのなら、順番なんて関係ありませんよね」
「あの、アサヒ様……本当に良いんですか? 私なんかが……」
「その言葉は肯定と受け取っても?」

 念には念をと、儀式として合意を得ようとするファダニエルに、ルクスは当然拒否する意思などなく、恍惚とした眼差しで頷いた。
 ファダニエルは目を細めて口角を上げると、ルクスを優しく押し倒して、彼女の細い両腕を拘束するように掴み、力を込めた。

「逃がしませんよ。ルクス、あなたは『私』と共に罪を背負うのですから」

 何も知らないルクスは、その言葉の意図など理解出来るわけもなく、異形の存在を愛する男だと信じて疑わず、その身体を捧げたのだった。幸せだった偽りの日々が終わりを迎える事も知らず、何も知らない方が幸せだったと気付ける筈もなく。

2022/04/17
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