たとえ口にできずとも構わない

 シド・ガーロンドに協力を仰いだ後、彼の観測技術によって一気に光明が差した。防衛機構と同じ属性のクリスタルで攻撃を反射する事が可能だと判明したのだ。ただ、不純物のない超高純度クリスタルでなければならず、早速グ・ラハとフィオナは物を調達しようとラムブルースに申し出たのだが、返って来た言葉は想定外のものであった。

「いえ、この件は手練れの冒険者に任せております」

 既に先手を打っているとは思わず、意気揚々としていたフィオナは一気に肩を落としたが、グ・ラハは納得いかないのか眉間に皺を寄せた。

「オレたちじゃ力不足って事かよ」
「超高純度クリスタルは、エオルゼア各地の蛮族の拠点にしかないのです。蛮神召喚の可能性もある以上、土地勘があり戦闘に慣れている冒険者に依頼するのが得策でしょう」

 ラムブルースの至極真っ当な説明に、グ・ラハは何も返せなかった。ある程度戦闘の嗜みがあり、エオルゼアの地図も頭に叩き込んでいるとはいえ、実際にこの地に住まう冒険者に後れを取るのは否めないのも事実であった。





「納得いかねぇ」
「仕方ないよ、ラムブルースさんの言っている事は何も間違ってないし」

 不貞腐れるグ・ラハにフィオナは冷静な意見を伝えたが、内心落ち込んでいるのもまた事実であった。本来シャーレアンの人間は、人の歴史には介入しない。あくまで歴史を記録する事に留めている。ゆえに、ガレマール帝国のエオルゼア侵攻についても不干渉を徹底している。
 とはいえ、皆が皆同じ価値観で生きているわけではない。救世詩盟を立ち上げたルイゾワ・ルヴェユール、そして彼と共に世界を救わんと活動した賢人たちもまた、紛れもないシャーレアンの人間である。
 フィオナは決して彼らを異端者だと思ってはおらず、革新的な思考を持つ彼らに尊敬の意を抱いていた。救世詩盟から形を変えた暁の血盟に至っては、エオルゼア三国と同盟を組み帝国の侵略を退けている。まさに歴史介入そのものではあるが、もう古臭い体制に縛られる時代ではないのだろう、とフィオナは好意的に捉えていた。
 そして、それはグ・ラハ・ティアも同様であり、寧ろフィオナ以上に彼らへの憧れは強かった。だからこそ、物資調達すら出来ない現状がもどかしく、悔しくて堪らないのだ。

「……オレは絶対引き下がらねぇからな」
「もう、気持ちは分かるけど……」

 未だ不機嫌なグ・ラハを宥めようとしたフィオナであったが、ふと、ラムブルースの言う『手練れの冒険者』が気に掛かった。

「その手練れの冒険者って、相当強いのかな。私たちより遥かに」

 いくら冒険者といっても、蛮神召喚の可能性があるような危険な地へ意気揚々と向かえる者はどの程度いるのだろう。蛮神はそれこそ専ら『暁の血盟』が、『超える力』を持つ冒険者を集めて対応しているとフィオナは認識していた。
 グ・ラハもフィオナと同じ疑問が浮かんだらしく、一気に表情を明るくさせた。

「その冒険者、もしかして『暁の血盟』の一員じゃないのか?」
「さすがにそれは飛躍し過ぎじゃないかなあ。私も一瞬思いはしたけど」
「例え一瞬でもお前も同じ事を考えたなら、その可能性は高いだろ」

 それはさすがに買い被り過ぎではないかとフィオナは言い掛けたが、すっかり機嫌が良くなったグ・ラハが早速何やら思案しており、もう何を言っても耳に入らなさそうだと軽く溜息を吐いた。と言っても、いつの間にかフィオナも気が紛れていたあたり、グ・ラハの影響を多く受けているのだが。



 それから幾日が経過したある日、グ・ラハとフィオナはラムブルースから思い掛けない依頼を受けた。

「無事超高純度クリスタルが手に入りました。ただ、クリスタルと同じ属性を持った研磨剤がなければ成形が出来ません。ゆえに、研磨剤となる『霊砂』の調達に、あなた方も協力頂きたいのです」

 フィオナはグ・ラハと互いに顔を見合わせ、どちらともなく笑みを浮かべた。シドの調査の進捗確認やモードゥナの探検だけでは手持ち無沙汰であった為、やっと満足に役に立てる時が来たのだから、喜ぶのは当然の事であった。
 ただ、超高純度クリスタルは冒険者だけに依頼していたというのに、どうして今回は己たちに依頼が舞い込んで来たのか気に掛かり、フィオナはそれとなく訊ねた。

「ラムブルースさん、冒険者の力だけでは霊砂の調達は困難なのでしょうか?」
「おい、フィオナ! 余計な事言うなって!」
「だって、それだけ難しいって事じゃないの?」
「下手な事言って、『やっぱり冒険者に任せる』って言われたらどーすんだよ!」

 割って入って来たグ・ラハと言い合いになってしまったフィオナであったが、ラムブルースは微笑を湛えながら質問に答えた。

「いえ、冒険者にはまだ。ザナラーンの首都ウルダハにある彫金師ギルドへ依頼はしているのですが、連絡がないものですから、是非あなた方の力を借りたいと……」
「『まだ』って、これから依頼するって事か?」
「それはあなた方の働き次第ですよ、グ・ラハ・ティア」

 まるで試すような言い方に、フィオナは思わず背筋が伸びてしまったが、グ・ラハは面白そうに口角を上げてみせた。

「オレたちがうかうかしてたら冒険者に手柄を取られるって訳か。その話、乗った!」

 得意気に笑みを浮かべながらそう言い放ったグ・ラハであったが、まさに言葉通り、うかうかしているうちに例の『手練れの冒険者』によって、先にふたつの霊砂を調達されてしまう事など知る由もなかった。





 早速グ・ラハとフィオナはモードゥナより東、黒衣森のグリダニアへと向かった。ラムブルース曰く、ウルダハの彫金師ギルドからの連絡はもう少し待つとの事で、代わりにグリダニアの商店街で情報を仕入れるよう助言を貰った為である。
 クリスタルに覆われたモードゥナから一転、黒衣森へと足を踏み入れたフィオナは、思わず感嘆の溜息を吐いた。美しい自然はシャーレアンにもあるが、モードゥナが殺風景なだけに、どことなく安心感を覚えたのだ。

「おい、別に珍しいもんでもないだろ。オレたちは物資調達に来たんだぞ」
「そうだけど……あっ、この花文献で見た!」
「言ってる傍から道草食ってんじゃねえっ! 置いてくからな!」
「えっ、待って! ちょっとだけなのに……!」

 首都グリダニアに到着するまで、案の定道草が続いたのは言うまでもない。



 グリダニアに到着した二人は早速商店街で情報収集を始めた。この商店街の顔役であるパルセモントレへの聞き込みはグ・ラハが担当し、フィオナは宝石や鉱物を扱っている店を回った。四属性の霊砂を所持している店はなかったものの、うち一つの『薫風の霊砂』の情報は得る事が出来た。黒衣森、北部森林にて、イクサル族が薫風の霊砂を使ってクリスタルを清めているのだという。
 蛮族が絡んでいるとなると、まさに例の『手練れの冒険者』向けではないかとフィオナは一瞬思ったものの、この程度の事で力を発揮出来なくてどうするのかと、心の中で自分を鼓舞した。グ・ラハに伝えたら意気揚々と乗り込みそうだ――などと思いながら合流地点に行くと、見慣れた赤い猫耳と尻尾の後姿が視界に入った。

「グ・ラハ! 収穫はあった?」

 後ろから肩を叩いて訊ねるフィオナに、グ・ラハは振り向いて得意気な笑みを浮かべてみせた。

「この黒衣森の『ウルズの恵み』で『清水の霊砂』が採れるって話だ」
「本当!? 一つ目は私たちでなんとかなりそうだね」
「……フィオナは?」

 グ・ラハは既に気付いていた。フィオナは特に落ち込んでいる様子はなく、何の収穫もないわけではない事。そして、己の情報提供に対し『私たちでなんとかなりそう』という言葉が出て来たという事は――彼女の得た情報は、己たちだけの力では難しいという意味だ。それが具体的に何なのか、聞かずとも察するのは容易かった。

「北部森林に『薫風の霊砂』があるみたい。ただ、イクサル族の拠点で……」
「蛮神召喚の恐れがあるって事だな」

 先日ラムブルースに超高純度クリスタル調達の申し出を断られた事が思い返され、グ・ラハはフィオナが説明するより先に要点を口にした。ただ、意外にもフィオナは落ち込んだり困惑している様子はなく、ごく普通に微笑を湛えていた。
 何か変なものでも食べたのか、あるいは寄り道し過ぎて疲れたのか、などとグ・ラハが考えを巡らせていると、先にフィオナが口を開いた。

「……まあ、最悪蛮神が召喚されても、私たちでなんとか……なるわけないか。『超える力』がないからテンパードにされちゃう」
「クリスタルがあるからって、そう易々と召喚出来るもんじゃねーだろ。何事もなければオレたちだけで十分だ。冒険者の力を借りなくてもな」

 そう言って口角を上げるグ・ラハに、フィオナはやはり思った通りの反応だと安堵した。最悪の事態は勿論覚悟しなくてはならないが、まずは自分たちで出来る事をする。そう決意を新たにし、ふたりは簡単に作戦会議をしようと旧市街を後にした。



 グリダニア新市街、カーラインカフェにて。グ・ラハとフィオナは温かなお茶で長距離移動の疲れを取りながら、今後の計画を立てた。ひとまず薫風の霊砂は後回しにして、先に確実に手に入るであろう清水の霊砂を採りに行く。ふたりの意見は一致したものの、問題はイクサル族の元にある薫風の霊砂である。

「オレたちだけでも十分だとは思うものの……フィオナの言う通り、万が一蛮神を召喚されたらまずいな」
「いざとなれば、私たちは不干渉を貫いて、あとはグリダニアの方々に任せる事も出来なくはないけど……」
「そんな事をシャーレアンの賢人がやらかしたって知れ渡ったら恥ずかしすぎるだろ。散々偉ぶっておいて、イディルシャイアの時みたいに『大撤収』するのか、なんて言われても仕方ねぇ」

 つい本音を漏らしたグ・ラハに、フィオナは慌てて周囲を見回した。ここがオールド・シャーレアンであれば、こんな発言を誰かに聞かれたら面倒な事になりかねないからだ。

「フィオナ、お前……ここはシャーレアンじゃないっての」
「そうだけど、癖でつい」
「オレも考えなしで言ってるわけじゃねーからな」

 グ・ラハはそう言うと、呆れ顔でお茶を啜った。確かに彼は口調とは裏腹に非常に聡明であり、シャーレアンでも目を付けられたりした事はなかったようにフィオナは記憶していた。
 そういえば、グ・ラハは魔法大学に通っているわけではないにも関わらず、知り合った頃には既にバルデシオン委員会に所属していた。他所の土地から来た事、家族と一緒にシャーレアンに来たわけではない事、アラグ文明の研究をしている事、そして、何故か片目が紅い事。まるで、アラグ皇族のように。
 フィオナがグ・ラハの事で知っているのはそれぐらいだ。寧ろ知らない事の方が多いものの、友人として付き合う上で根掘り葉掘り聞く必要はないと思い、これまでずっと適切な距離感を保ってきていた。
 私はグ・ラハの事を何も知らない。ふとそんな感情が胸を襲ったフィオナであったが、グ・ラハに頬をつつかれて我に返った。

「やっぱり疲れてんじゃねーのか? 今日は宿に泊まって、ウルズの恵みに行くのは明日にするか」
「え? ううん、大丈夫」
「いや、つーかオレも疲れたし」

 グ・ラハのその言葉は本音ではなく己への気遣いであると、フィオナは察していた。遊びに来たわけではなく、クリスタルタワーの調査の一貫で物資調達をしている最中だというのに、余計な事を考えてしまった。どうして突然グ・ラハの事をもっと知りたいと思ったのか、フィオナは自分自身に困惑していたが、きっとこのカフェで過ごす穏やかな時間が、かつてシャーレアンで過ごした時間と同じように錯覚してしまったから、一瞬昔の自分に戻ってしまったのかも知れない。フィオナはそう結論付けた。

 シャーレアンでの日々はこれからも続き、このクリスタルタワーの調査が終われば、また元の日常に戻る。フィオナは当たり前のようにそう思っており、それはグ・ラハ・ティア本人も同じであった。待ち構えている運命を知る者など、この時はまだ誰もいなかった。

2022/01/03

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